番外編① 海に行きたい
グウェンが初めての映画館を堪能した日の夜中。俺と桜楽とグウェンは、老舗感溢れるラーメン屋で夕食を取ろうと中に入っていた。
「グウェンさんは、どこか行きたい所とかないの?」
麺を啜る動きを止め、桜楽は目の前で美味しそうに醤油ラーメンを食べ進めているグウェンに質問をした。唐突だったので、「ふへ?」と間抜けな言葉が出てくる。口の中に詰め込んだラーメンを喉から胃に流し込み、グウェンはようやく喋れる体勢が整った。
「突然だね」
「いやさ、今日は初めての映画館に来たわけじゃん? もちろん映画は楽しいけど、他に何かやりたいことないの?」
「なんでそんなこと訊くの?」
「単純な興味だよ。せっかく私たちの世界、アース1に来たわけじゃん? だったら色々楽しまないと損じゃない?」
桜楽の提案にグウェンはピンと来ていない様子だった。
「損か……私は今のままでも別に楽しいけど」
「それはもう本当に嬉しいけど、世の中には楽しいことがもっとたくさんあるんだよ。それに私も春喜もいる。私はもっと、グウェンさんと色んなことしたいなあって思ってる。せっかくこうして会えて、友達になれたんだから」
「とも……だち……」
桜楽はもうグウェンを他人として認識してはいない。
既に彼女は友達だった。改めて、桜楽は人との距離を縮めるのがうまいなと思った。
俺の時もそうだった。まだ知り合いだった頃でも、放課後に俺を所構わず連れ回していたし、友達に昇進した後では余計に俺を色々な所へ連れて行ってくれた。最初は気が乗らないこともあったけど、桜楽の向日葵のような笑顔を見ていると、どんどん自分も楽しくなっていった。
何よりすごいのは、桜楽は俺やグウェンと関わっていく上で、それはお節介や余計なお世話の精神ではなく、本気で自分自身も楽しんでいる点にあると思っている。
「え、もしかして友達って思ってるの私だけ? 嘘ぉ! うぅ、私は悲しさのあまり涙と共に溶けてしまいそうだよぉ」
「ち、違うの! 少し戸惑っただけ! サクラとハルキは……友達だわ。この世界で初めての」
桜楽の嘘泣きはグウェンの口を緩ませる。俺も桜楽には賛成だった。グウェンにはもっと楽しんでもらいたい。
「いいじゃないか。夏休みだって後2ヶ月もあればすぐに来る。3人で行こうぜ。財布と相談しながらね」
「おじいちゃんにおねだりしようかな〜」
「まあ無理に思い付かなくてもいいよ。行きたい、遊びたい、やりたいことリストは時間をかけて作ればいい」
「行きたい所…………海……とか?」
「海?」
早速グウェンからの要望が飛んできた。
「うん。海に行きたい……かな。私の、アース2じゃ海なんて見たことないから。行ったとしても多分楽しめない。海には海怪蛸とか海王魔人の魔物が蔓延ってるせいで安全とは呼べないし、海岸は魔王領になってる所が大半。他国が輸送船を出そうにも魔王軍に全て撃沈されて貿易も滞ってるの。だから注意として海には近づくなよりも、魔海には近づくなって言われる方が多い」
「ええ……」
「凶暴領域じゃん」
つまり浅瀬にも鮫がうじゃうじゃいるみたいなことか? 最悪だ。スイカ割りとかビーチフラッグとか絶対できないな。
「でもこっちに来てから、海がある絵とか写真とか見るようになって、すごく綺麗で楽しそうだなって思った。桜楽の部屋に春喜と一緒に映ってた写真もあったし」
「あーあったね」
中学の頃に桜楽と海に行ったときだろう。桜楽に連れ回されて行った場所の1つだ。
「懐かしいな~。あの時の春喜ってば、私の水着じろじろ見てさ~。えっち」
「ぶっ! そ、そんな見てねえよ! そっちだって露出高めの水着選んでただろ!」
「なあ!? あれはそんなだし!」
「ふふふっ……あはははは。私も行くなら、海に合う服を買わなきゃならないね」
グウェンの表情に楽しみが生まれているのがわかる。俺はそれが、漠然と嬉しかった。なんでだろうなと思った時、鬱だった頃の自分を思い出した。
生きる楽しみを見つけるまでに時間がかかったあの頃。死を選ばなくても良いんだって希望を見つけた。そんな希望がまた感じれた気がして……嬉しくなったのだと思う。
希望は紛れもない未来の話だ。最初に会った頃と比べて顔色が良くなっているように見えるのは、グウェンが未来に希望を持てるようになったかもしれない。いいさ。海でもどこでもいっしょに行こうじゃないか。
「じゃあ今度水着買いに行こうよ! 私も中学の時よりサイズ大きくなったから丁度いい! 私とグウェンさんがいれば、ビーチにいる男どもの視線を一網打尽にして従えられる!」
「できれば海を楽しみたいんだけど」
「そしたらプールも一緒に行けるじゃん! 今年は楽しくなりそうだね~。ね、春喜」
「ああ」
願いはゆっくりでいい。暗い思い出より、明るい思い出を増やしていこう。
「俺も楽しみだ」
そのために俺は、ヒーローになると決めたんだ。




