裏切りの後継者
「お久しぶりです柳田先輩」
かつて柳田義一と契約を交わした公園。そこを再会する場に選んだ。先に着いていた彼の容姿は、髪色の変化とガタイが良くなったことを除けば、『唯』の頃の彼と何一つ変わらなかった。
「おお……変わってねえなお前は。主にその仮面のせいで」
久方の再会だからか、訝しげな視線を送る柳田。初対面の頃を思い出す。俺はあの頃と同じ悪魔の仮面を身につけていた。もう顔見せても良くね? と思ったが、せっかくなので同じスタイルで再会することにした。そっちの方が相手も話しやすいだろうし。
「今日はわざわざありがとうございます」
「全然。恩人の頼みならな。相棒も変わらずだな」
「お久しぶりですテッペン様!」
俺の隣に立っている桜楽も同じく幽霊の仮面を被っていた。『黒い悪魔』と『黒い幽霊』がカムバックか、なんか映画のリブートみたいでちょっと楽しい。
「よしてくれよ。それにしても本当に久しぶりだな。で、お前ら2人はわかるんだが、なんか……ギャラリー増えてないか?」
どうやら柳田の意識は、俺たちよりも別の方に持っていかれてるらしい。まあ無理もないか。
「すげえ! 本当に柳田義一だ!」
「マジで本物だ!」
「サ、サインもらおうかな」
「やっぱり間近で見ると迫力が違いますね!」
「マジもんかよ」
「この人そんなに凄いの?」
「俺らは蛇天愚隷羅のファンだからな。こいつらもいつもより興奮してる」
わーわーとバラバラに飛び交うセリフ。もれなく今日は全員の都合がついた。グウェンに大智、友人4人衆に山内と、計9人で柳田と会っている。急に面識のない見知らぬ7人を引き連れて来たら、再会を喜ぶ暇もなくなるのは仕方ない。
「すいませんね。超有名な柳田義一の顔を一目見たいと聞かなくて」
「おいおい、やめろよ。俺はもう引退した老兵だ」
「や、柳田さん! 俺、蛇天愚隷羅のテッペンに登り詰めたあなたのこと尊敬してます!」
4人衆の雄大が熱烈な視線を柳田にぶつける。やっぱり隣町出身の奴らにとって柳田は、ヒーロー的ポジションにいるのか。
「そんな尊敬されるもんじゃねえっての。悪魔と幽霊と一緒にいるなら『シャングリラ事変』のこと聞いてるんだろ? 俺は何もしてないに等しい」
「ご謙遜を。柳田先輩は約束通りトップであり続けてくれた。おかげで中学時代の蛇天愚隷羅の治安悪化は減少傾向だった。感謝してますよ。その代わり別の問題が発生してしまいましたが」
「別の問題?」
「その様子じゃやっぱり知らないんですね」
電話でやり取りした時から思っていた。蛇天愚隷羅について聞きたいことがあると訊いたら、特に動じずに了承してくれた。それはありがたかったのだが、何も動きがないことに違和感を覚えていた。
「柳田先輩。今は東京の大学にいるんですよね」
「ああ。都会を味わってみたくて地元を離れた。将来はスポーツ関係の仕事をしたいと思ってて、今はまだまだ勉強中だ」
「良いですね。それじゃあ最近の蛇天愚隷羅の実状はやはり知らないと?」
「あ、ああ……大学もあるし、1人暮らしも何かと慣れるのに苦労してて。もしかして、別の問題って」
「一から話しますね」
俺は簡潔にあらましを伝えた。まあ事は単純だ。柳田がトップに立った蛇天愚隷羅が、引退してからいつの間にかチームそのものが無くなっていて、贄羅威禍亡威っていう別のチームが誕生していた。そして治安を乱す力は、俺と桜楽が介入する前の蛇天愚隷羅と同等のそれだ。
「ニライ、カナイ? なんだそれ? そんなの知らねえぞ」
「街から離れていたなら、知らないのも無理はありません。柳田先輩は獄冥高校を卒業した後に街を出た。そうすれば蛇天愚隷羅のトップを維持するのは難しくなったでしょう。でも俺はあなたが何も対策をしないでトップの座を降りたとは思ってません」
「それは、後輩に引き継いだんだ。お前の言う通りだよ。世代交代ってやつだ。惜しい気持ちはあったけど、俺もこれから社会人になる。ずっと続けていくわけにはいかねえ。だから信頼できる後輩に蛇天愚隷羅の後を継がせたんだ」
「なるほど。ならその後輩が1番怪しいですね」
後継者。その選択に関しては何も言うことはない。柳田にだって人生がある。都市部の大学で学んでみたい考えは大半の学生が考えることだ。信頼できる後継ぎに任せるのが最良の選択だと思う。信頼できればの話だが。
「どういうことだ?」
「ちなみにその後輩って、元はどこにいました?」
「どこ?」
「柳田先輩が築いた蛇天愚隷羅は、4つの派閥を全て吸収してできたチームです。『唯』、『我』、『独』、『尊』。そのどれにいました?」
「『独』だ。名前は蛭田翔っつうんだが」
「蛭田……」
なんかどっかで聞いたことある気がするが、記憶が薄過ぎて覚えていない。あの時はインパクトの強い記憶が多過ぎたせいだ。とりあえず名前はいいや。問題は『独』出身だってことだ。
「あーそれはまずいかもねえ」
桜楽が代わりに代弁をしてくれた。
「まずいって、何がだ?」
「あのねテッペン様。『唯』以外の他の派閥は言っちゃえばクソなんだよ。私欲を肥やすことしか考えていないカスたち。連合軍の時も如何にもって感じのド腐れ野郎ばっかだったし。脅されてたって人もいるのはわかってるけど、それでも『唯』以外の派閥から後継者選ぶのはどうかと思うわー」
「でもよ、翔は1番側で俺を支えてくれてたんだ。『独』で酷い扱いを受けてて、『唯』に入りたくても抜け出せなかった。自分から手伝わせてくださいって直接来て、だから率先して俺に協力してくれたし、信頼できた」
「うーん……ますます怪しくなってきた」
「なんでだ!?」
「あっちから近づいてきたってのが怪しい。身の上話も本当かどうか嘘くさいし、先輩の側で協力し続けてきたのなら、密かに贄羅威禍亡威の土台を積み上げてきてたとしてもおかしくない。新生蛇天愚隷羅に反発する輩もいたでしょう。その鎮圧に勤しむ傍ら、その蛭田って奴が反発派の勧誘を進めていたとしたら? 先輩に近づいてきたのも後継者に選ばれるための打算的な計画があったから。そうは考えられませんか?」
「そんな馬鹿な!? 筋は通ってるけどよ、そんなの推測でしかねえだろ!?」
「いや、あながち間違いじゃなさそうだぜ」
割って入って来たのは山内だった。
「柳田さん。俺は贄羅威禍亡威に無理矢理入らされた者です。その下っ端連中が話していたんですが、自分たちは元々柳田義一が気に入らなくて、そんな時に声をかけられたって。柳田は今年で街を去る。俺は信頼関係を築いているからトップになれる。その暁には蛇天愚隷羅を捨てて新チームを結成するから、その時は是非こちらに加わってほしいって、ある人間に言われたそうで。そいつが確か……蛭田だった気がするんです。うろ覚えですけど」
「そん……な」
雲行きが怪しくなってきた。念の為柳田にもう1つだけ確認を取ってみた。
「柳田先輩。最近『唯』のメンバーとは連絡を取ってますか?」
「え……い、いや、取ってない。というか、既読が付かねえんだ。電話も。都合が付かないだけって思って、俺も忙しかったから深くは気にしなかった」
「もしかしたら、贄羅威禍亡威の連中に口止めをされてる可能性がありますね。『唯』は柳田義一と1番深い関係にある。先輩が贄羅威禍亡威の存在を知らなかったのも、『唯』の仲間が伝えられなかった、という側面もあるかもしれません。これも推測ですのでなんとも言えませんが」
もしかすれば、贄羅威禍亡威は全く別の経緯で創られたってことも十分考えられる。しかしきな臭い点が幾つもある。
もし推測が本当だとしても、俺は柳田を責めることはできない。ただでさえ人数が多い蛇天愚隷羅のトップに立つことは、それだけで多大な苦労があったはずだ。そんな中自分を慕う頼れる仲間が現れて、そいつが実は裏で企みを抱いていたなんて想像できるはずがない。
真実かどうか確かめるべく、まずはその蛭田って奴を問い詰めた方が良い。
「すまねえ……すまねえお前ら! 俺が甘かった! 俺はまだ蛭田を信じたい。けど、俺の爪が甘かったせいで蛇天愚隷羅が消えた。迷惑もかけちまって……俺はトップ失格だ」
「自分を責めないでください。俺にも責任があります。先輩ばかりに荷を背負わせ過ぎた」
「いや、お前たちはよくやってくれたよ。よそ者なのにこんな俺を手伝ってくれた。だから後は俺が張り切る番だって思ってた。うまくやってたつもりだったのに……情けねえ。やっぱり俺は、上の器じゃなかったんだな」
自嘲の笑みには悔しさが張り付いていた。
柳田はよくやってくれた。彼は紛れもない善人。だが悲しきかな、善人の思想を誰しもが受け入れるとは限らない。だからヒーロー映画には敵が生まれるのだ。
「悔やんでも仕方ありません。今はやれることをやりましょう。手を貸しますよ」
「ありがとな。また頼っちまって」
「今更です」
いつの日か宣言した牙城崩しが、新たなチームで再始動する──────────はずだった。




