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蛇天愚隷羅⑦



「いいねいいねー! 最高だぁあああああああ!!」


溌剌とした少女の叫びが工場内で轟き響いた。天方桜楽は現在テンションが舞い上がっていて、何人もの男子の前ではしたない姿を晒しているが、当の本人は気にしていない。


だが誰も彼女の満面の笑みを見ることは叶わない。顔を幽霊の仮面で覆い隠しているからだ。『皇女』と呼ばれる美少女の可憐な姿を見ることができず、彼らは知らぬ間に大損を喰らっていた。


「生きてて良かったぜええええええ!!」


まあ廃れた工場跡地で猛烈に叫び散らかす少女を見ること自体は、とても貴重かもしれないが。


「お、おい。ちょっと落ち着けって」

「これが落ち着いていられるかあ!?」


『唯』の首領、柳田義一の制止も桜楽は厭わない。


「この薄暗さ、この静寂さ。今日が曇りで良かった! 工場跡地の雰囲気は完璧! これから2つの派閥の連合軍と戦うとなって、滾らない奴がいるのか!?」


桜楽並びに『唯』の頭取の柳田義一。そして『唯』の構成員総勢50人がいるのは街の工場跡地。全員この場所に校外学習で来たわけではない。これから約数分後に来る蛇天愚隷羅シャングリラの『独』と『尊』、2つの派閥の連合軍と全面対決を行うために訪れていた。


「ヤンキー映画なら終盤で訪れる全面戦争。私は思っていた。あそこにいたい! あそこで不良共を蹴散らしたい! まさか今日その場面が現実に来るなんて思ってなかった! 私はね柳田先輩、今言ったことが死ぬまでにやりたいことランキングで7位にランクインしていたんだよ!」

「いや、知らんけど」

「とにかく! みんなで力を合わせてクソ野郎共をぶっ飛ばすぞー!」

「「「…………」」」


エールは返ってこなかった。柳田が気を遣って腕を軽く掲げていた。


「温度差激しすぎない?」

「いや、それは」

「勝手に仕切ってんじゃねえよ不審者」


柳田の背後にいた少年が苛立たし気に吐き捨てた。「おい浦川落ち着け」「柳田さん、俺はまだ認めていませんよ」。浦川と呼ばれた少年は桜楽の前に這い出てきた。


「感じが悪いなあ。初対面は礼儀正しくしないとさ」

「ダッセェ仮面つけてる奴に礼儀もクソもあるかよ」

「酷いな―。まあ確かにそれは一理あるけど」

「うちのボスから話は聞いた。でも俺は認めてねえぞ。他の奴らもだ。急にしゃしゃり出てきた部外者を信用できるわけねえだろ」

「ほーん」


桜楽も大体そんな雰囲気は感じ取っていた。浦川のように敵意剥き出しの奴は少ないが、それでも信頼性に欠けていると顔に浮き出ている構成員がちらほらいた。仕方ないかと桜楽もわかっていた。自分でもこんな奴をすぐさま受け入れることは難しい。


「『独』と『尊』が連合軍を組むって教えてあげたじゃん」

「そんなので信用できるか。むしろお前が他の派閥の奴らのスパイの線が濃くなってきた」

「敵が情報教えるメリットないでしょ」

「俺らを油断させる作戦かもしれねえ。何にせよ、足を引っ張られるのだけはごめんだ。お前女だしな」

「うわー時代錯誤してるー」


桜楽はナチュラルに自分を見下した浦川にムカついた。怪しむのはわかるが舐められるのは解せなかった。


「よし、それじゃこうしよう。私と勝負して勝ったら認めてよ。負けたら潔く退散します」

「勝負?」

「栄光の蛇天愚隷羅シャングリラ様なんでしょ? 一対一タイマンやろうぜ」


時間はまだある。不良は力比べが全てだから都合が良かった。


「おいちょっと待て! 浦川もあんたも頭冷やせ」

「止めないでください柳田さん」

「そうそう。どうせこのままだと一致団結できない。だったらここで白黒はっきりさせた方がいいでしょ」


桜楽は下がる気はさらさらなかった。それは相手も同じ。浦川は自信に溢れた笑みを貼り付けながら桜楽の方に近づいていく。外野は自然と2人の円フィールドを作っていた。


「俺は女相手でも容赦しないからな」

「あーそういうのいいから。早くやろ」

「その仮面剥がしてやる!」


ボコボコにのしてやろうと桜楽は考えていたが、それは駄目だなと心の中で却下した。これから戦うとなれば戦力を減らすなんて論外。絶対に勝ってくれ、そう愛しい人に約束されたなら、成し遂げる以外に選択肢はない。だからやり方を変える。


ダメージを最小限に、かつ実力差を見せるための派手さを演出する。


「よっ」


繰り出された拳骨を左腕で軽く上に持ち上げ、ガッと握った右拳を浦川の腹に打ち込む。それも目に見えない速度で2発。できるだけ衝撃は体を貫通するようにした。


「な──おわっ!」


浦川の身体が宙に浮かび、『唯』の構成員が固まっている所へダイブをかました。一瞬の沈黙が流れた後、ザワザワと蟻の大群が動くように動揺が広がる。


「げほっ……あがっ……な……何が……?」

「大丈夫? 派手だったけどそんなにダメージはないと思うけど?」


浦川が桜楽に怪物を見るような目をした時、彼女は場を掌握した。


「さーてさて、他に私を疑う奴がいるなら遠慮なく出てきていいよ! さあ誰が出る!?」

「「「いえ、大丈夫です!!!」」」


ピッタリと声が揃っていた。もう殴り飛ばされた浦川を心配する奴なんておらず、『唯』の中に桜楽を怪しむ者は誰1人としていなくなった。


「うんうん、不良って単純だからいいよねー。でも準備運動には足りないかなー」

「マ……マジで強えんだな。浦川はうちの中でも上位の強さなんだが」

「先輩もやる?」

「いやいい」

「つまんないなー。一応言っとくと、私の相棒はもっと強いよ?」


さらに恐れ慄く柳田だが、桜楽の言葉で思い出したことがあった。


「そ、そうだ。訊こうと思ってたんだ。あんたの相棒はどこにいるんだ? ここに来る時はいなかっただろ?」

「別行動」

「べ、べつ? なんでだ? これからもう始まるってのに」

「それはねえ……言う暇はないみたいだね」


無数の足音が不協和音を奏で始めた。乱暴で男臭い気がみるみると近づいてきているのを感じる。「お出ましか」。柳田が気を引き締めた。『唯』の全員の顔も険しくなり、戦士の顔つきに変わり始める。


「ちなみに『独』と『尊』の人数ってどのくらいなの?」

「それぞれうちの約倍の人数だな。で、ざっと見るに……200人か」


ずかずかと工場内に入ってくる人間たちを柳田は見据える。バットや角材を持っている者もいて、品の悪さが浮き彫りだった。桜楽は前と後ろを交互に見て、こうして比較して見ると『唯』には清潔さが感じられた。


同じ蛇天愚隷羅でも、やはり『唯』には応援したくなるような品性がある。マスターの言っていたことが少しだけわかった気がした。尚更今日は勝たねばと桜楽は肩を鳴らす。


「柳田さん。確かに『独』と『尊』の顔ぶれがいます。それも名の知れた奴もちらほら」

「嘘じゃなかったのか」

「でもやばいんじゃねえのか? こんな数相手にすんの……」

「馬鹿野郎。ここでぶっ潰せば同時に奴らを仕留められるんだぞ」


浦川や各々が不安や期待を口にし始める。良くない雰囲気だと察した柳田は、頭取として仲間を鼓舞しようと口を開こうとした。


「いいかおま──」

「じゃあ私が150人やるから」


のだが、桜楽の一言が耳に届いたせいで、考えていた演説を全て忘れてしまった。それほど衝撃的な物だった。


「え……今なんて?」

「後の50人は任せたよ。流石に全部は疲れるから」


桜楽は耳を貸さなかった。もう頭の中には2つしか残っていない。1つは早く存分に暴れたい高揚感。


「せっかく学校ズル休みしてきたんだから、楽しまないと損だよね」


もう1つは、私欲に塗れた煩悩。



「勝ったら春喜に頭撫でてもらお」



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