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蛇天愚隷羅⑥



「ちょっと失礼」

「ん?」


黒色に金のメッシュが入った長い髪を紐で適当に縛っている男の歩きが停まる。こちらに振り返ると、彼──柳田義一やなぎだよしかずは怪訝そうな表情を浮かべた。


「今日はハロウィンだっけ?」

「何もない平日です」


初めて隣街を訪れた時から数日経ち、今度は平日の放課後に来た。もちろん隣に桜楽もいる。お互いに怪しげな仮面を被ったまま、今日会いたい人に出会えた。


「そう警戒しないでください。まあこんな怪しい奴が言っても説得力はないか」

「俺に何か?」

「一応聞いときますが、『唯』の頭の柳田義一さんで合ってますよね?」


眉間の皺が深くなり、より警戒を強くした。


「言っちゃまずかったんじゃない?」

「言わないと話できないだろ」

「お前らどこの派閥だ? 『我』の刺客か?」

「違います。蛇天愚隷羅の武力争いにちょっかい出してる部外者です。時間を無駄にしたくないので、どっかでゆっくり話せません?」

「不審者と喋る時間なんてない」

「これはあなたにも利益がある話だ!」


背を向けて去ろうとする柳田を一喝する。通学路を歩く学生の注目を集めてしまったが、そんなことはどうでもいい。


「聞きました。『唯』は蛇天愚隷羅の勢力の中でも話がわかる奴らだって。だから今日話をしようと来たんだ」

「お前ら……一体何がしたい?」

「くだらない争いを止める。まだ防げる傷があるんだ」


思いが伝わったのか、「……10分だけ聞いてやる」と呑んでもらえた。



          ────



近くにあった公園のジャングルジムの前に来た。ファミレスも考えたがこんな怪しい仮面集団入れるわけがない。今も砂場で遊ぶ子どもたちに指を刺されまくっている。


「なるほど。話はわかった」


柳田はジャングルジムのテッペンから飛び降りた。粗方俺たちの意図は伝え終わった所だ。正体は明かしていない。どういう反応が来るか身構えていたが、なんと予想外の反応を見せてくれた。


「すまねえ。俺たちが迷惑かけちまったみたいで」


礼儀正しく頭を下げている。桜楽も仮面で表情が見えないが、「おーそうくるか」と驚嘆を露わにしているがわかる。


「驚いた。もしかしたら癇癪起こしてぶん殴ってくることも予想してたんだけど」

「俺をなんだと思ってんだ」

「数日前に会った『独』の連中はクソ野郎共だったから」

「まあ……他所の街の奴らじゃ、蛇天愚隷羅シャングリラにいる奴らの印象が悪いのも無理はない。8割は合ってるし。でも俺たち『唯』は違う。『唯』は黄金期の蛇天愚隷羅に憧れて(・・・)できた派閥だからな」


今言ったことが、『唯』に接触を図ろうと思ったきっかけだった。


マスターの話によれば、蛇天愚隷羅の横暴の殆どが『唯』以外の派閥による物だという。『唯』は往年の蛇天愚隷羅の思いを受け継いだ派閥。『唯』の構成員に助けられた街の人もいるのだと言う。現在の蛇天愚隷羅にげんなりしていたマスターだったが、唯一この柳田義一が率いる『唯』だけは、お世辞でも皮肉でもなく好印象を抱いていた。


「俺の親父がよく昔の蛇天愚隷羅の話をしてくれてたんだよ。楽しそうにさ。自然と俺も話にハマって、テッペンってやつを目指してみたいと思った。かっこいいじゃねえか。正々堂々ぶつかり合って辿り着いた頂点は、絶対に気持ちが良いって思ったんだよ」


わからなくもなかった。スポーツ選手が金メダルを目指す理由と同じ。大勢の中での1番になることは、自分にとってこれ以上ない名誉。将来何の役にも立たなかったとしても、それはきっと価値ある物なのだろう。ただし、それは彼にとって正々堂々ならばの話。「けど……実際はゴミ溜めだった」と、柳田は気分を悪くした。


「誇りもクソもねえ。こんなのは俺が憧れた蛇天愚隷羅じゃなかった。失望したさ。でも諦めるだけで終わりたくなかった。だから俺は『唯』を新たな派閥として作った。腐敗した蛇天愚隷羅を立て直そうって!」


嘘偽りは感じられない。柳田は革命を起こそうと奮起したわけだ。失われた誇りを取り戻すために。うんうん、素晴らしい。狙い通り、こいつは使える(・・・)。俺は思わず盛大な拍手を送っていた。


「な、なんだよ。馬鹿にしてんのか?」

「いえいえとんでもない。ただ純粋に感動したんです。これならプランBが実行に移せる」

「プランB?」

「いえね、この街に来る前はプランAしかなかったんですよ。不幸をこれ以上広がらせない方法」

「何だ?」

「単純です。蛇天愚隷羅を壊滅させる」


わざわざ口に出して言うほどでもない。柳田だって心の隅ではわかってたはず。グループ学習の時に怠惰な奴が混ざっていたら、そいつの背中を蹴飛ばして抜けさせれば良い。邪魔者は駆逐する。そうすれば安寧は訪れる。だが柳田はサイコパスを見るような目つきでこちらを見ていた。


「それ本気か? それができたら苦労しない。お前らがどれだけ強いか知らないが、全ての派閥を2人で相手にするなんて無謀もいいとこだ」

「そうですねえ。面倒ではあります」

「だろ? 不可能前提なんてプランとして」

「話聞いてました?」

「え?」

「俺は面倒って言ったんです。できないなんて一言も言ってない。時間はかかるかもしれませんが──絶対にできますよ。俺たちなら」


先見の明、とまでは言わないが、確信に近い慧眼が俺の中にはあった。ギャングやマフィアの抗争を止めろなんて言われたら無理だろう。学生の一端ができるわけがない。しかし相手は蛇天愚隷羅。


警察もお手上げ、誇りとか名誉とか仰々しく抜かしているが、言い換えれば、ただの喧嘩集団。そんな奴らを食い止めることは、俺1人だけなら難しかったかもしれない。しかし俺には頼れる桜楽(あいぼう)もいる。自惚れと嘲笑う奴もいると思うが、俺はできないイメージがあまり湧かなかった。


貶すかと思ったが、存外柳田は俺の本気度を受け入れたようだった。


「マジで……やれんのか?」

「はい。でもこのプランAだと問題があるんです」

「問題?」

「力でねじ伏せるだけでは暴力は収まらない。精々嵐の前の静けさが訪れる程度。その後にはまた争いが始まる。自分が永遠に抑止力になるわけにはいきません。俺にだって生活がある。そもそも俺はこの街の人間ではないですし、テッペン取るとか成り上がり思考もありません。スパイダーマンだって四六時中ヒーロー活動してるわけじゃないし」

「……? お、おう」


ピンと来てないな。最後の例えが伝わらんか。桜楽相手に慣れ過ぎてたな。


「まあつまり、潰すだけじゃ残った残存兵力がまた暴動を起こしてしまうかもしれない。だからプランAの壊滅デストラクションはできればしたくない。でもあなたがいてくれた。あなたのおかげで、プランBの修復(リノベーション)が実現できる」

「りのべーしょん?」

「柳田先輩。あなたには指導者になってもらう」


これがもっとも確実な展開。はみ出し者をグループから外すのではなく、はみ出し者を更生させる指導者を作り出す。


「指導者って……俺が?」

「指導者って固いね」

「確かに、言い方を変えましょうか。あなたにはさっさとテッペンを取ってもらいます」

「は!?」

「現状の蛇天愚隷羅の問題は多くありますが、1番の問題は派閥の勢力に武力が分けられていることです。これじゃあ統制をしようにもやりようがない。だから派閥の概念を無くして1つにまとめる。そしてそれをまとめ上げるのがあなたの仕事です」

「ま、丸投げかよ」

「元々はテッペンを目指してたんでしょ? なら何も問題はない。マイナスからゼロに戻す後押しはします。テッペンになってからは好きにしてください」

「やっぱり丸投げかよ!」

「あなたを信頼しているから提案しているんです。あなたなら多少はこの蛇天愚隷羅ゴミタメもなんとかしてくれる」


多分。こればっかりはこの人を信頼するしかない。プランBが成り立つには信頼が不可欠だ。俺らがいなくなった後の大きな支柱にならなければならないからな。


「蛇天愚隷羅はテッペンを下剋上されるケースが多くあると聞きましたが、派閥の1つとはいえ頭取になったあなたなら、そう簡単には崩されないはずです。少なくともこの街にいるまではもたしてください。あなたには『唯』の仲間もいる。決して1人じゃない。それとも、憧れていたというのはホラ吹きですか?」


あえて挑発気味に言った。その判断は正解で、柳田のエンジンにガソリンを入れることに成功した。


「言うじゃねえか。いいぜ、乗ってやるよ。お前らを完全に信用したわけじゃねえが、詐欺師にも思えねえ。蛇天愚隷羅再建を手伝ってくれるなら、願ってもない話だしな」

「交渉成立だね」

「後悔はさせませんよ。これで流れが早くなる」

「で、修復(リノベーション)つっても、具体的にはどう進めるんだ?」


よし、これで土台は整った。ぶっちゃけ柳田を説得する所が1番の鬼門に考えていたから、内心ガッツポーズを取っている。ここからは流れ作業。


「もう次の一手は決めてあります。ラッキーなことに、良い情報を入手しまして」

「ほう?」

「柳田先輩、そして『唯』には──」



「『独』と『尊』の連合軍に勝ってもらいます」



牙城崩しの始まりだ。



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