蛇天愚隷羅⑤
「いやーやっぱり情報収集は現地に限るねー」
「だな」
桜楽はコンビニで買った肉まんを大口を開けて頬張る。俺も倣って買ったピザまんを口に運ぶ。うん、美味い。掃除の後の飯は格別だ。
「マスター優しかったね。横暴な街だと思ってたよ」
「あくまで悪名は蛇天愚隷羅の奴らだけ。街全体が悪いわけじゃない。ゴッサムシティにだって善人はいるでしょ」
まさか街に来て早々殴り合いをするとは思わなかったけど。今日は土曜日、学校は休み。俺たちは早速隣町に乗り込んだ。来てみてわかったが、別に貧民街と呼べるほど荒廃した街ではなかった。たった今住宅地を歩いている所だが、ゴミが荒らされているわけでも、街の人の人柄が悪いわけでも、経済レベルが衰退しているわけでもない。
やはり街の治安を乱している元凶は蛇天愚隷羅だと断定していいだろう。一部のはみ出し者のせいでバランスが崩れている。やる気のない奴とグループ課題を取り組むのと一緒。自分がいくら頑張っても、周りが変わらなければ何も変わらない。
「少なくともか弱い女子の手を強引に引っ張る奴は悪だ」
「なんとかしないとねー」
「でも最初から好調だ。物知りなマスターのおかげで蛇天愚隷羅の内部事情が知れた」
カフェを出る前、マスターが現在の蛇天愚隷羅の勢力についてを事細かに話してくれた。後なぜか割引もしてくれた。
「今の蛇天愚隷羅は絶世の内乱状態。『唯』、『我』、『独』、『尊』の四つ巴の勢力が争っていると」
「唯我独尊かあ……ネーミングセンスは悪くないね。世界線が完全にHiGH&LOWだけど」
「それな。特に頭取の嵐山凌牙が率いる『我』が勢力を伸ばしている……か……」
桜楽が言っていた内乱はこのことだった。マスターによれば、蛇天愚隷羅のテッペンに登り詰めた者はごく僅かしかおらず、やっと頂上の景色を見れたとしてもすぐに玉座の席を下ろされる、つまり下剋上されるのが大半だという。
大方の情報は手に入った。しかし1つ気になることがある。
「よーし! じゃあまず『我』から先に潰しちゃいますか! 1番の強いのぶっ飛ばした方が後は楽勝でしょ」
「……」
嵐山凌牙。俺はこの人物の名前を聞いたことがある。まさかまた聞くことになるとは思わなかった。
「春喜はどう思う?」
「……」
もしかしたら同姓同名の別人かもしれない。判断するのは早計だ。でも考えずにはいられない。もう離れたはずなのに、苦々しい暗黒期が蘇ってくる。
「ねえ春喜聞いてる?」
「……」
これから蛇天愚隷羅と対決することになると、俺は嵐山と対峙することになる。相手は俺の事なんて覚えてないだろうが、もし会えば俺は──
「おーい! 無視するな―!」
「うおっ!」
耳をつんざく大音量が轟く。桜楽が耳元でラウドボイスを叫んでいた。
「ごめんごめん。ちょっと考え事してた」
「まったくー。だから、どの勢力を先に潰そうかって話」
「はいはい。潰すのに反対はしない。でもまずやることがある。『唯』の頭に会いたい」
『唯』は四つ巴の勢力の中で最も劣勢な派閥。潰すならここが1番手っ取り早い。でも俺は潰すために『唯』の頭に出向きたいわけではない。
「マスターの話が正しいなら、『唯』はまだ使えるはずだ。それを確認してからでも潰すのは遅くはない」
「うーん、まいっか。よし、それでいこう。確か名前が、柳田義一だっけ?」
「そうだな」
「どこにいるの?」
「知らん」
マスターは蛇天愚隷羅の構成員の居場所までは知らなかった。
「さっきの奴らに聞いておけば良かったなー」
「獄冥高校に通ってる2年だってことはわかってるんだけど、今日休日だし。とりあえずその高校周辺に住んでる人に聞き込み──」
その時、ゴンッと俺の肩に衝撃がきた。咄嗟のことで食べかけのピザまんを地面に落としてしまった。
「チッ、どこ見て歩いてんだよ」
衝撃の正体は、前方を歩いていた男の肩だった。隣にはもう1人友人らしき男がいる。距離は空けていたつもりだったが、わざとあっちがぶつかりに来たように近づいてきた。
「ちょっと。そっちわざとぶつかってこなかった?」
「はあ? 言いがかりやめてくんない?」
「いいよ桜楽。すみませんぶつかって──」
グシャ。地面に落ちたピザまんを拾おうとしたら、男の靴によって無残に踏み潰された。男2人は、元はピザまんだった汚物と化した物に手を伸ばしている俺の姿を嘲笑っていた。
「いいぜ。許してやるよ」
「これでチャラな」
2人はそう言って俺たちに背を向けた。「あースッキリした」「あいつの顔見たかよ? 女の前でざまあねえな」と小さいがはっきりと聞こえた。桜楽がヤクザの如く2人に眼を飛ばしている様子にため息をついた。
「ちょっとあいつら殺してくる」
「待った待った。一旦落ち着こう」
「春喜のこと馬鹿にしてた」
「別にいいよ」
「よくない!」
桜楽が食い気味に言葉を乗せる。俺のことを気にしてくれているのか。
「ありがとう。でもただ殴るだけじゃもったいない。さっきは女の子助けるために先走ったけど、今度は違った動きをしよう。良い収穫が得られるかもしれない」
桜楽は同意し、俺たちは2人組を尾行することにした。
────
2人を尾行して数分、駅から近い道の隅にある小さな小売り市場に入っていった。まるでそこだけ昭和で時が止まっているような空間だ。ちらっと中を覗くと、殆どの店が営業していなかった。
「奥に行ったか」
「よし、行くぞワトソン君」
「誰がだ」
忍び足で中に入っていく。すると「お、明日香さんやってますね~」と男の1人の声が聞こえてきた。前にあるシャッターが開いている一室から聞こえてくる。そこから顔を覗かせてみると、男2人はもちろんの他に、髪を赤色に染めている高校生くらいの少女と中学生くらいの小柄な男子の姿の計4人の姿があった。
あの少女が明日香なのだろう。しかし、名前なんかよりも目を疑う光景があった。小柄な男子がぼろぼろな状態で仰向けに倒れており、その腹を明日香が上から右足で踏みつけているのだ。よく見れば顔に殴られた顔が幾つもあり、口から血も出していた。どんなことをされたのかは一目瞭然だった。
「う、うぅ……」
「明日香さん、盛り上がってたとこ邪魔しちゃいました?」
「いや、丁度このカスが動かなくなったとこよ」
「あれすか、この前言ってた財布ですかこいつ?」
ここはこいつらの溜まり場なのだろう。とりあえず会話を傾聴することにした。
「そう。私にバカみたい惚れててさあ、良い財布だったのに、私に金を返してくれって言ってきやがったんだ。しつこかったから、もういいやって捨てることにしたの。ついでにムカついたから今持ってる金全部奪ったとこ」
「あちゃーもったいないっすねえ。もう少し稼げたのに」
「また蓮司さんに貢ぐ金用意するのに苦労しますねー」
蓮司、と出た名前に心当たりがあった。
「春喜。確か蓮司って……?」
「山上蓮司。『独』の頭取だな」
尾行して正解だった。こいつらも蛇天愚隷羅の一味。『独』の派閥にいる奴らだったか。
貢ぐ金と口にした。眞田が言っていた上納金はこのことなのかもしれない。
「あ、明日香……さん」
「あれ、こいつまだ喋れてますよ」
「どういう……ことですか? 家が貧しいから……お金が必要だって……?」
「ぶっ! あっはははははははははは! 明日香さんやべーです! この間抜けまだ信じてますよ!?」
濁り切った嗤いが閉鎖空間で反響する。もう大体どういう状況か理解できた。
「おい財布、明日香さんはお前のことなんてこれっぽっちも見てねえからな? 聞いたよ、なーんか父親が医者で金持ちなんだろ? 俺たちにとって最高だったよお前は」
「俺……たち?」
「明日香さんは『独』の頭、山上蓮司さんの女だ。まさか惚れた女が蛇天愚隷羅の人間とは思わなかったよなあ?」
「蓮司さんに大金を貢げば良い待遇が与えられるんだよ。お前は良いカモの1人ってわけ。代わりならすぐに見つけられる」
「これでわかった? あんたにもう用はないの」
こいつらにとっては、餌が自ら喰いついてきたんだろう。親は金持ちという幸運付き。赤髪の少女は見かけだけは良い。恋心をうまく利用して搾取し続けた。どこかで聞いたことあるような胸糞展開だ。
「悲しい奴ですねーこいつ。明日香さん、一発ヤラせてやってもいいんじゃないすか?」
「はあ? 殺すわよ。私こんななよなよした奴大っ嫌いだから」
「確かに。明日香さんのタイプじゃねえな。下半身も小さそうだしな、あっはははははははは!」
蔑み笑う声の中、鼻水をすする音が微かに聞こえてくる。あの男子が泣いている。もしかしたら勇気を出して告白をしたのかもしれない。その末路がこんな有り様になるなんて、思いもしなかっただろう。かける言葉も見つからない。
あの男子とは初対面だ。同情はすれど、怒りは込み上げてこなかった。代わりに、はち切れそうなほどの憎悪が膨れ上がっていた。
「桜楽」
「うん。殺ろう」
「そっちの2人を頼む」
やることが決まった。鞄から2つの仮面を取り出す。黒い『悪魔』と『幽霊』の仮面。この街に来る前、雑貨屋で適当に買っておいた物だ。顔バレを避けるために一応。それにこっちの方が不気味に見えるし、相手も少しだけひるんでくれる。視界が見えにくいのが残念だが。
両者共に仮面を被り、俺はポケットに忍ばせておいたあれを取り出す。ビー玉である。無論遊ぶために持ってきたのではない。投擲武器だ。
「天誅の時間だ」
2つのビー玉を手に持ち、勢いよく投げた。回転を加えて投擲されたビー玉は壁を跳ね返り、汚い声を漏らす男2人の額に命中した。
「あだっ!」
「いでっ!」
「え?」
「よいっしょ!」
相手の気が逸れた所にすかさず桜楽が入る。男2人の間に入り込み、両脚を大きく開脚して左右にいる彼らを同時に蹴り飛ばした。テコンドーとかで見る技だった気がする。抜群の身体能力が遺憾なく発揮される。
「屑を蹴るのは気持ちが良いねー」
「じゃあそっちよろしく」
「な、なんなのあんたら!?」
どうやら尾行は完璧だったようだ。いきなり現れた俺たちに戸惑っている。男の方は桜楽に任せて、俺は女の方に集中するとしよう。
「顔見せろよ」
「やだね」
「どこの派閥?」
「どこの勢力でもない。未知の第五勢力とでも言っておこう」
「じゃあ何、こいつはあんたの仲間?」
「いや、名前も知らない」
「じゃあ何しに来たんだよ」
「ムカつくからストレス発散しようと思って」
「はっ、あーなるほど。正義の味方気取りの奴ってことね。バッカみたい。私が誰だかわかんない? 私に手ぇ出したらどうなるかいげっ!」
頬をビンタした。明日香が信じられない様子で赤くなった頬を触ると、怒りの臨界点を超えた。
「何すんだよ!」
掴みかかってきたのでさらりと避け、ついでに足を引っかけると派手に転んだ。
「いつぅ……っ! この……膝すりむいたじゃねえかよ!」
「見ればわかる」
「クソがっ!」
今度は殺意が拳を振りかぶってくるが、全然駄目だ。怒りに身を任せてるだけ。重心がぶれぶれだ。
「このっ! ああっ!」
まるで子どもが駄々をこねているみたいだ。ため息をつきながら隙だらけの所に蹴りを打ち込んだ。
「おえっ……」
「ほら、下向くな。お前がこいつに味合わせた痛みはこんなもんじゃない」
「ぐっ……おい石崎、蛭田! 早くこっち来い!」
「いやでも、うえっ!」
石崎と蛭田、どっちかわからないが、どっちかが桜楽の肘をまともに顔面に喰らった。
「えー寂しいなあ。まだまだこれからじゃん」
石崎と蛭田は桜楽に圧倒されていた。わかってたけど。仮面で表情は見えていないが、多分楽しくて笑っているに違いない。
「救援は期待出来なさそうだな」
「クソッ! なんなんだよお前らは!」
憤怒がより煮え滾った拳を放ってくるが、当たるわけもなく、俺の握り拳が可愛い顔にめり込むのは難しい行為ではなかった。
「あがっ……」
「こっちこそ言いたい。なんなんだお前らは?」
相手が俺に殺意を向けるように、俺もこの女に憎悪を向ける。ここ数日、蛇天愚隷羅には言いたいことがあった。
「別に争うのは勝手にすればいい。不良がテッペン目指すのもわかるし、喧嘩が全部悪い物だとも思ってない。でも周りを巻き込んじゃ駄目だ。交差点で花火をやる奴なんていないだろ? お前らはそれをしてるんだ。はた迷惑極まりない」
「はあ……はあ……何? 説教しに来たの? きもいんだよ。余所者が口突っ込んでんじゃねえよ!」
「黙れ」
また明日香の顔を強打する。鼻血が出た。赤い髪の毛を掴んでそのまま左にある壁に投げつけた。気づけば美人な顔は傷や血で薄汚れてしまった。
「あぁ……」
「1人で映画観に行ってたんだよ」
「……はぁ?」
「あんたら同類に友達が襲われたらしくて、その子1人で観に行ったんだって」
「何の話……してんだよ」
「元々1人だったら良かったけどさ、2人が1人になったら悲しいよ? 喪失感とか……虚脱というか。あんたらはそういう小さな不幸を人為的に生み出してる。今のは一例だけど、他にもいっぱいある。修学旅行、卒業式、卒業旅行、文化祭、体育祭。こんな一大イベント以外にもある。さっきの映画みたいな友達との約束、恋人とのデート、家族と出かける、習い事に行く、美容院に行く。そんな小さなことかよって思った? でも考えてみると、世の中でかい不幸より小さい不幸の方が多いのよ」
世界征服を企む悪の組織とか、地球に侵略してくるエイリアンとか、ヒーロー映画でもそういうやばい危機的な奴がヴィランになる。でっかいでっかい不幸。でもそんな映画の中にも、小さな不幸に出会うモブキャラが山ほどいる。
世界が救われて良い風に終わってるけど、その背後には壊された街の瓦礫に踏み潰されて死んだ人たちが何人いるか。殆どの人間は考えもしないだろう。
悲劇でした残念だね。それで済まされるのだろうか?
「殴られた傷は時間が経てば癒える。でもその間に経過した時間は二度と戻らない。それを無作為に生み出す奴らの気がしれない。これら全部まとめると──」
「はらわたが煮え繰り返ってる」
自分でもドスの効いた一言だなと思った。こんな声言ったこと……いや、あるな。ここまで強気だった彼女が、背筋が凍ったように表情が引きつっていた。
「どうした? 言い返さないのか?」
「……ど、どうして欲しいんだよ」
「あ?」
「どうしたら許すんだよ。こいつの金なら返す。後は何が欲しい? そ、そうだ! 私の彼氏にしてやるよ! いくらでも相手してやるからさ!」
「あー……」
多分こいつはこういうことを何度もやってきたんだろう。山上蓮司の女だってのも、自分の身を安定した地位で護るために言い寄っただけ。誰にも逆らわせず、好きなだけ弱者を虐待する尻の軽い下衆な女。
気分が悪い。吐き気がする。脳裏に過去が蘇ってしまう。憎悪が膨らむ。ああ、ほんとに……
「どうしてこんな奴が…………ああいや、駄目だ。やめよう」
生まれた憎悪を吐き出すように深呼吸する。暖かい息が仮面のせいで跳ね返ってきた。
「え、え?」
「なんでもない。ええっと、許してほしいだっけ? でも残念。今持ってる金を全部この人に返しても、今まで搾取してきた金には到底足りない。今まで散々コケにしてきた人たちの時間も返ってこない。どうにもならない。だから別に何も返さなくていいよ」
「え、い、いいの?」
「いいよ。でも」
安心しきった無防備な体を蹴り飛ばし、壁に叩きつけた。
「うぇ! いっ……たあ……」
「これ豆知識だけど、殴るとか蹴るよりも、壁とか地面に叩きつけた方が結構痛いんだよ、ね!」
ガサガサになった赤髪を乱暴に鷲掴み、持ち上げてから勢いよくまた壁に叩きつけた。3回、4回、5回と、何度も何度も叩きつけた。赤い髪の毛が何本か抜けていた。
「も……もう許して……」
「憎悪が収まらない。これじゃ俺が虐めてるみたいだ。心は痛まないけど」
「まあまあ、その辺でいいんじゃない?」
肩にそっと手が置かれた。仮面を被った桜楽が側にいた。後ろを向けば、無残な姿に成り果てた……名前なんだっけ? 忘れた。
「早かったな」
「食べ物の恨みは重いぜ」
「あれ俺のピザまん」
「お、おいそっちの! 助けてくれ! 金なら」
「うっさい」
いいんじゃないとか言ったくせに、思いっきり自分の靴底跡を彼女の服につけた。
「言葉と行動が合ってない」
「いやームカついちゃってさー」
おもむろに明日香に近づき、苦しそうに呼吸をしている彼女の目線に合わせ、桜楽は何やら呟いた。
「次彼氏とか言ったらマジで殺すから」
「……っ!?」
耳元で囁く声が小さすぎて聞き取れなかった。なぜか明日香の顔がより青ざめていた。
「よーし、じゃあ情報引っこ抜きますか」
「お、確かに。頭取の女なら色々訊けそう。後は……そこの君!」
「は、はい!」
思いのほかでかい声が出た。小柄の男子はもう倒れてはなく、上体を起こしていた。俺と桜楽の暴れっぷりを見て意識が覚醒したか。
「恋人がいない俺が言うのもなんだけど……好きになる相手は選んだ方が良い」




