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主と配下④



「サン。もういいって」

「……やだ」


引き剥がそうと軽く小さな少女の体を押してみるが、コンクリートの壁のように微動だにしない。むしろさっきよりも自分の体に抱きつく力が強くなったように思える。グローリはずっとこんな調子のサンに辟易していた。


「グローリお兄ちゃん……弱ってる。サンが……支え……ないと……」

「そんな深手負ってねえって。お前目立つの嫌いだろ」


サンは小柄で小動物のように小さな体をしているが、こうも男に密着している姿は否が応でも人の目を惹いてしまう。人の多い大通りを歩いている最中なら尚更。しかしグローリに促されても、サンは恥ずかしさで赤面こそすれ、グローリの側を離れようとしなかった。


「だい……じょうぶ。グローリお兄ちゃんなら……嫌じゃ……ないから……」

「いや、だから別に必要ないって」

「観念なさいグローリ」


背後にいる絶世独立に近しい美貌を持ち合わせている少女が言った。「エレーナ姉さんもなんとか言ってくださいよ」とグローリが助けを求める。


「貴方が傷だらけにならなければ、サンだって平静を保ってられたのよ。敗北した己を恥じなさい」

「きちぃよエレーナ姉さん」

「正確には痣だらけの方が正しいかな」


雪原を想起させる純白の白髪が特徴である少年が口を開く。シャインがグローリに抱きついているサンとは反対の右側に行き、グローリの肩をポンポンと優しく叩く。


「災難だったねグローリ。まさか負けるなんて思ってなかったけど」

「なんだよシャイン。馬鹿にしてんのか」

「違うよ。心配しているんだ。二対一だったとはいえ、グローリ相手に善戦して、魔術の無しの肉弾戦でグローリを圧倒するなんて。一体協力者は何者?」

「知らねえよ。兵士でもない。歳は俺らとそう変わんねえんじゃねえの。でもあれは予想外だ。多分素の肉体のポテンシャルが尋常じゃねえ。確かに増強(パワー)で身体能力と肉体強度の底上げはしていたけどな、あいつらも魔力の活用はできなくなってたはずなんだ。なのにあの拳の重さはなんだ!? 意味がわかんねえ、いててっ」


大声を出し過ぎたグローリは、まだ回復しきっていない痛みに脇腹を押さえる。サンはグローリが押さえる部分を優しく撫でる。


「とか言って、本当はグローリが油断してただけなんじゃないの〜?」

「一理あるわね」


にやにやと笑う少女の声が2つ。姉妹のように仲良しなホープとルミナス。エレーナほどではないが、彼らも一線を画す麗しさと美貌を兼ね備えていた。そんな彼女たちと会話を交わすとなれば、少しは心臓の鼓動が早くなる物だが、グローリは飽き飽きしたような態度を取る。


「たくっ、好き放題言いやがって。お前らだってどうなったかわかんねえんだぞ」

「私たちはグローリみたいに脳筋じゃないから。ルミちゃんとの連携でねじ伏せてやりますよ」

「それに、グローリはたまには腕以外の魔術も使いなさいよ」

「使いやすいんだよ。大体、単純な力比べなら負けてるかもしんないぜ。体術だけならエレーナ姉さんだって──」

「は?」


鋭い殺気がグローリの心臓を跳ね上がらせる。一瞬体の血液の循環が停止したかのような錯覚を味わった。ちらりと振り向くと、エレーナの眼光がグローリを睨んでいた。墓穴を掘ったなと、ホープとルミナスが呆れの息を溢す。


「グローリ。今何と?」

「な、なんも言ってないっすよ!? 最強はエレーナ姉さんです!」

「戯けたことを。そんなわかりきったことをわざわざ口にしないで。そんなものクグツ様に決まってる」

「ふふっ、直接言われると恥ずかしいな」


「事実でございます」と、隣にいるクグツ本人に向かって堂々と告げる。


「ありがとう。でもグローリの言う通り、消えた少女に協力する彼らが少し常人とは異なることも事実だ。まあグローリの油断と慢心が命取りだったことは、否めないけどね」

「す、すみません」

「怒ってるわけじゃないよ。それよりもごめんねグローリ。まだ体が痛むだろうに、外に連れ出したりして」


主と配下総勢は、丁度お昼時の時間だったので、これから全員で食事を取ろうとホテルを出た。昨日、グローリは夜ご飯も食べず朝ご飯も口にしていないため、7人の中で1番腹ペコな状態だった。


「いやいや全然いいっすよ! 外が良いって行ったの俺ですし、ずっと寝てばっかじゃ体がなまっちまいますから」

「無理だけはしないで。左腕もこの世界の部品で応急処置はできそうだけど、本格的なメンテナンスはあっちの世界に戻ってからじゃないと難しいしね」


服を着ているため見た目ではわからないが、グローリの左腕の義手は、春喜の剣に貫かれた状態の傷が残っていた。腕を全く動かせない程ではないが、右腕と比べると圧倒的に機動性を欠いた。グローリは自身の左腕を眺めながら、悔しさを自分の中で押し殺した。


「……本当にすみませんクグツ様。せっかくのクグツ様のご厚意を無駄にして……自分が情けないです」


義手はクグツから授けられた物だ。クグツは魔王軍に寝返った技師や宮廷魔導士の力を借り、グローリのみに合う特注の義手を作った。初めて装着した時の感動を、グローリは今でも鮮明に覚えている。グローリはクグツに与えられてばかりだった。住む場所も、食事も、衣服も、家族も。全てクグツがくれた物。


だから少しでも恩返しがしたかった。言われた任務は全てこなしたし、クグツの手を煩わせる敵は排除してきた。しかし、今回は無様にも敗北をするという失態を犯した。与えられた左腕ギフトも壊され、他の直属配下(サーバント)やクグツの前では顔に出そうとはしていないが、抱いた悔しさは転がる雪だるまのように膨れ上がっていた。


クグツは「落ち込む必要はない」と、グローリの心を見透かすように優しく声をかける。


「言っただろ? グローリは十分に役割を果たして、さらに僕の仮説を確信に変えてくれた。消えた少女にはやはり協力者がいる。少なくても2人は。背格好から見て恐らく学生。どういう経緯で魔力をもらったかはわからないけど、調べてみると1つ興味深いことがわかった。少し離れたショッピングモールで原因不明の爆発のような事故があったらしい。老朽化による崩れかガスが漏れたとか、色々意見が飛び交ってるらしいけど、どうやら不審な人物を目撃したという情報があったみたいだ。ちなみにここ最近で起きた大規模な事故は、そのショッピングモールだけなようだよ」


クグツは配下の反応を確認しながら、さらに話を続けた。


「また仮説を立てるとこうだ。協力者か消えた少女がそのショッピングモールに遊びかその他の目的で訪れていた。そこに偶然居合わせたジン様の刺客と鉢合わせてしまった。戦闘になるが弱体化していた少女は劣勢状態。敗北を悟り、協力者に魔力を渡した。一か八かの賭けだったが、見事協力者は魔術を手に入れ、それがしかも天位魔術(リーサルウエポン)で刺客を撃破し、難を逃れた。一部は前に説明したのと同じだけど、こんな感じかな?」


「素晴らしい仮説でございますクグツ様」と、エレーナが感嘆の言葉を捧げる。


「天位魔術の真偽はグローリが証明してくれました。不自然な事故の件も合わせて、クグツ様が仰られた話は完璧だと思われます」

「まあでも細かい点はおざなりだけどね。例えば、どうやって鉢合わせたかはわからない。『魔帝』の隠密(ハイド)を刺客が潜り抜けたとは思えないし。まあこの際細かいことはどうでもいい」

「俺も同意です。大事なのは協力者の存在が露呈したこと。おかげでこっちはやりやすくなりました。これからはどうします?」

「何もしない」


シャインの問いに対するクグツのあっさり過ぎる答えに、全員がクグツに怪訝な視線を寄せた。


「え……クグツ様、それってどういう……?」

「正確には、居場所は割り出すつもりだよ。それさえわかれば後は簡単だ────」


クグツは自分が思い描く計画のことを配下全員に話した。各々が納得がいかない様子を表面上にしながらも、エレーナだけは、ただ静かにクグツの話を傾聴していた。クグツが話し終えた直後に、ルミナスは軽く手を挙げて質問した。


「クグツ様。それでいいのですか? すぐに捕えられることもできるのでは?」

「できるね。消えた少女はまだしも、協力者を捕えることは容易にできる。それを餌に誘き出すことも可能だ」

「だったら」

「ルール2を忘れた?」



【極力この世界の住人を傷つけてはいけない】



この世界に来る前、クグツが彼らに指示したルールの1つだった。 


「守ってほしいルール。グローリは少し破っちゃったみたいだけど」

「ぐっ! い、いや、ボコした奴ら全員カス共ですよ? 抵抗できない奴から無理矢理金パクろうとした奴もいましたし」

「被害に遭った罪のない女性もいたはずだよ。なんでも、ここら辺にはタチの悪い暴走族まがいの連中がいるらしいから。でもそれも今は良い。言いたいことは、消えた少女に協力している彼らだって、この世界の住民だってことだ」


クグツは自分の計画の意図について説明する。


「グローリから聞いた話だと、彼らは少女……グウェン=ロザリーに善意で協力していると考えていい。僕らが来る前に何があったかは知らないけど、随分親密な仲みたいだ。でも考えてみてくれ。協力なんて聞こえはいいけど、言い換えれば、彼らは巻き込まれた(・・・・・・)んだ。僕たちの戦争に」

「と、言いますと?」

「被害に遭ってるんだよ。グウェン=ロザリーという流れ弾が、ただこの世界を平凡に生きている彼らに当たった。当たってしまった。そのせいで僕らの任務に関わってしまうことになった。彼らは善意の思いで少女を助けているつもりみたいだけど、これは気持ちの問題じゃない。そもそも関わりのない者が、この戦争に干渉していること自体が間違いなんだ」


クグツの足が少し速くなった。


「少女は言わば不幸の源。彼女がいなければ、彼らは魔力も与えられることもなかったし、こうしてグローリと対峙せずにも済んだ。そんな彼らに乱暴な真似は酷だろう。せっかくの平和を乱すようなことは、なるべく避けよう。保険(・・)は立てるけどさ」


クグツは黙り込んだ。1人で喋り過ぎたからか、少しだけ喉を鳴らした。「ごめん。僕の勝手な独断で」とクグツは最後に付け加えると、エレーナが「とんでもございません」とすぐに繋いだ。


「配下は主に従うのが定め。そこに異論などあるはずがありません。私はクグツ様のお心の深さに感服すら覚えました」

「そんなんじゃないさ。ただ僕は…………静かに過ごしたいだけだよ」


クグツの歩くスピードが弱まった。


「俺もクグツ様に賛成です。穏便に事を済ませられるなら、それに越したことはありませんし」

「でもそれじゃあ私たち出番なし? えークグツ様に良いとこ見せたかったのにー」

「消化不良ね」

「逆に良かったんじゃねえか? お前らじゃ恥かいてたかもしんねえぞ」

「実際に恥かいた人に言われたくないですぅ」

「んだとホープ」

「グローリお兄ちゃん……動いちゃ……ダメだよ……」


物足りなさに残念がる仕草はちらほらあれど、クグツに異を唱える者などいない。主の意志は全てにおいて優先されるの物なのだから。それに彼らは内心、この平和に浸かりきった世界を堪能できることを期待していた。


「おっと。話をしていたら着いたね」


クグツの視線の先には、大きな洋風のレストランが車道を挟んだ先にあった。グローリやサンが興味津々の眼差しを送る。


「おー着いたぜ! よっしゃ食べまくるか!」

「割と元気じゃない」

「腹を満たして体を回復させるんだよ」

「サンが……食べさせてあげるね」

「いや、それはマジで大丈夫だから」

「私は何食べようかなぁ? クグツ様何にします?」

「そうだなあ」


クグツもグローリたちに混ざり料理の選択に一喜一憂する。そんな彼の姿に、普段仏頂面のエレーナの口元が緩んだ。


「嬉しそうだね」


言葉と同時に横断歩道の信号が青に変わった。ずっとクグツの側にいたエレーナだが、不意を突かれた一言に足が止まってしまう。発言者はシャインだった。


「別に普通よ」

「いやいや。エレーナの嬉しそうな顔は滅多に見られない。今のは見られて良かったよ」


エレーナの隣にシャインが付き、クグツたちの背を追う。


「私をなんだと思ってるの?」

「みんなにとってのお姉さんだよ」

「それ褒めてる?」

「もちろん。エレーナが笑ってくれると俺も嬉しいよ。ホントに……昔とは変わったよ(・・・・・・・・)


「何を今更、お互い様ね」とエレーナは顎の先を彼に向けた。


「そうかな? まあいいや。そうだ、エレーナ」


シャインはわざと声の音量を小さくした。



「後で話がある」




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