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ヒーローがいない世界  作者: 坂田リン
第2章:二人目
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逃亡



「負けてたまるかよ……こんなんでも俺は、クグツ様に仕える直属配下(サーバント)だ。奴隷(スレイヴ)共とは格が違う。クグツ様に泥を塗るような真似は、するわけにはいかねえんだよ!」


けたたましい咆哮が轟き、鳥たちの夜空に羽ばたく羽音が耳を撫でた。処刑人は戦いをやめようとしない。意地を張っている子どものような姿勢に見えるが、それは歴然とした勇姿でもあると思った。敵でありながらも、それは感嘆すべき物だと思う。


こいつは自分のためではなく、自分が慕う誰かのために戦っている。想う力が実力を底上げしている部分は、俺と……少しだけ似ていた。


でも、それだけじゃこの劣勢は覆せない。


「ふむふむ、中々ガッツがある」

「ガッツだけで勝てるのは少年漫画だけだ。俺だけならまだしも、片腕だけで2人はマジで甘い考えなんじゃないか?」

「甘いのはそっちじゃねえか。やるなら右腕か片足でも斬りゃ良かったんだ。それでも敢えて義手を狙った。相当甘ちゃんだぜ。面白い魔術なのに勿体ねえ。でももう、チャンスはねえ」


抵抗する意志を砕くことは難しそうだ。なら最後まで存分に戦ってもらって体力が尽きるのを待つか、それか──


「◾️◾️◾️◾️ッ!」


今、何て言ったのか? まるで動画の逆再生の声を聞いたようだった。ただ、処刑人の口が動いたことから、その声の主は目の前の相手だということは理解できた。同時に今の発言には、魔力が含まれていると知覚できた。


「今何──」


桜楽が言いかけた直後、少し肌寒い感覚に襲われた。原因はすぐにわかった。右腕のスーツが解かれていて、冷たい夜風が俺の肌に当たっていた。さらに次の一瞬で、俺の完全武装のスーツは溶け出した氷のように、その形を維持できなくなり崩壊した。


さっきまでスーツだった欠片たちは、粒子となって空気中に消えていった。


「うぇ!? 何これ!?」


桜楽にも同様の現象が起こっており、慣れ親しんだ桜楽の姿が隣にあった。この状況は……


「魔術が使えない……?」

「やっとそのツラ拝めたぜ!」


この状況を待ち望んでように、処刑人は駆け出していた。シャキンと刀が抜刀された音がしたと思ったら、奴の左腕から鋭利なブレードが飛び出していた。義手に仕込んでいた物だと気づいた時には、上半身を後ろに仰け反らしていた。


「なんっ、で!?」


刃が俺の瞼の下に赤い線を描いた。きっと少し遅れていれば視力はなくなっていた。まだそんな物を隠していたのかとツッコミたくなるが、ギアが入った処刑人は言わせる間もなく殺刃を振り回す。躱しながら感じてるが、さっきまでの俊敏さが俺の中で消えていた。言ってしまえば元の体力に戻っている。


天位魔術(リーサルウエポン)の恩恵が消えてる!」

「俺のまじないも効いてるみたいだな!」

「こんにゃろお!!」


桜楽が参戦してきた。馴染んだ武闘術を惜しみなく披露するが、やはりスーツを着ている時ほどの迫力はない。そしてリーチがあるブレードに慣れずに混乱している。


「くっ」

「桜楽一旦引──」

「もらい!」


ブレードに気を取られ過ぎている桜楽は、奴の右腕に気づくことができていない。雷鳴の色味を纏ったリングが2つ。処刑人が繰り出す最強最大の一撃。スーツもなしにあんな攻撃を喰らえば肉体が粉々になる。なんとか奴と桜楽の間に入り込もうと考えた時、煌めいていたリングが蝋燭を吹き消されたかのように消滅し、その思考が行動になることはなかった。


「チッ」

「あ、あぶなっ」

「なんだ?」


桜楽の手を引き奴と距離を取り、悔しさ全開の舌打ちが鳴った。なんだ今の違和感は? 確実に桜楽に当てられる距離とタイミングだった。なのにやろうとしなかった……いや、できなかったのか?


「クソッ、やっぱ未完成だな……」

「ねぇ、私のスーツ解けちゃったんだけど」

「わかってる。何かしたな?」

「呪いも知らねえのかよ」


呪い。時間がある時にグウェンから魔術のことは教わってる。でも大半の時間はこの未知の天位魔術まじゅつについて学んでいたから、下位魔術や中位魔術とかの通常魔術はあまり習っていない。


「声帯を利用して言葉に魔術を乗せるんだっけ?」

「よく知ってるな」

「グウェンさんのをうろ覚え」


グウェンからのか。考えてみれば、桜楽も自分の魔術を使いこなすためにグウェンに訓練を頼んだのかもしれない。その過程で呪いのことを耳にしたのか。


「言っちゃえば呪言だね」

「なるほど。俺らの魔術を阻害するような言葉でも言ったんだな」

「正確には、体内の魔力の移動を停止させた。脳みそに魔力が行き届かなきゃ魔術師は魔術師なり得ない。一時的だが、これでお前らの天位魔術は使えないわけだ」

「そっちはどうなんだ?」


スーツが崩壊した原因はわかった。確かに魔力の操作ができなくなってる。エアコンや洗濯機だって正常に動かなければただの重い物でしかなくなる。これは厄介。でも、1つ気になることがあった。


「未完成って言ったな? お前のその魔術、使いこなしていないんじゃないか? だからさっきも桜楽を仕留めそこなった」

「もしかして、使い手にも反動が?」

「……良い勘してんじゃねえか」


相手の魔術を使えなくするなんて高等魔術、制限があるか余程の技術が必要だ。言葉からして後者がビンゴ。こいつの魔術は強力だ。しかし、誰もがグウェンみたいに魔術を扱えるわけじゃないってことだ。


不利な状況を自ら明かした処刑人だが、特段焦っている様子はなく、余裕めいた笑みを浮かべていた。


「繊細さがいる魔術は苦手なんだよ。でもお前ら相手なら使える。お前らが今まで俺と戦えてたのは、希少である天位魔術リーサルウエポンのおかげだ。くだらねえ恰好がねえとそこらへんにいる奴らとなんも変わらねえ。俺はクグツ様に仕える直属配下サーバントだ! 魔術がなくたって、一般人殺すなんてわけないんだよ!」

「……」

「へぇ~」


なるほどそういう作戦か。無力な一般ピープルと熟練の兵士だったら負けるわけないと。確かに天位魔術スーツが身体能力の向上していたのは事実だし、キューブによる変幻自在の攻撃は2人の強みだった。無くしてしまえば確実に弱体化できるのは間違いない。


でも考えてみれば、俺らは元に戻った(・・・・・)だけだった。


「ほーなるほどねー。春喜さーん。あんなこと言っちゃってますよ~?」

「言ってるねー」

「ねー。自信満々の顔してますよね~」


わざとらしくにやにやと笑う桜楽。多分俺の口角も上がっている。真面目な展開なのに申し訳なく思うが、これはにやけないわけにはいかない。俺らの不気味な態度の変わりように、処刑人も混乱しているようだった。


「な、なんだよ気持ち悪りぃな。おかしくなっちまったか?」

「いやいや全然。ちゃんと理解できてるよ」

「こっちはおきにの服を脱がされて、そっちは激ヤバパンチが打てない状態。左腕やられたから方向転換したんだね。でも処刑人君、それ悪手だよ?」

「あ?」

「自分が有利の立場にいるって思ってるなら、考えを改めた方が良いって言ってるんだ」


虚勢ではない。俺はやれると思っている。多分桜楽も同様に。むしろまだ慣れきっていないスーツ姿の俺らよりも、生身(こっち)の方がやりやすいくらいだ。態度が気に食わなかったのか、処刑人は湧き上がった怒りを発散させるように近くに生えている木を切り裂いた。


「上等だ。その舐め腐った自信ごと叩き潰してやるよ!」

「別に舐めては……まいいや。後はお互い素手殺ステゴロだ」

「刃物持ってるけど」

「許容範囲内」

「だよねー」


中々笑える展開だ。魔術師ソーサラーの戦いではなく、生来の肉体(ふだん)の戦いに行き着くとは。



「「それじゃあ、相手してやるよ」」



だが、今が1番わくわくしていた。



         ────



春喜と桜楽の自信は、側から見れば無鉄砲とも言える行為だろう。グローリは殺し合いを何度も経験している。そんな本物の兵士に真っ向から挑むなど、たとえ魔術が無くとも自殺行為に他ならない。


だが、グローリは1つ読み違いをしていた。



【魔術がなくたって、一般人殺すなんてわけないんだよ!】



彼らは本当に一般人だろうか? 魔術の恩恵が与えられているとは言え、ただの映画好きの人間が魔王軍の一構成員を昏倒させられるのか? 


普通に生きている一般人は、中学という歳で、それもたった2人で暴走族を壊滅させたり(・・・・・・)はしない。


普通に生きている一般人に、畏怖を込めた異名(・・)など付けられない。


彼らの自信は、実績(・・)の表れ。


彼らの素の身体能力は、はっきり述べて────異常だった。



         ────



「ぐげぇ!?」

「「ほらほらどしたぁ!?」」


俺と桜楽、双龍の打撃が処刑人の鳩尾に突き刺さる。口から唾を吐き出してしまった処刑人は、それでも歯を食いしばり左腕のブレードの刺突を放つ。が、桜楽に軽くあしらわれ、隙が生まれた所に俺がさらに拳をぶち込んだ。


「おぇっ」

「刃物も慣れちゃえば怖くないね」

「同感」


恐怖が微塵もなかった。これは強がりじゃない。名無しの傭兵(ノーバディ)処刑人(こいつ)と初めて対面した時は、全身の産毛が逆立つ恐怖を心に感じた。


それは、未知なる存在との対面も関係している。魔力なんて物を宿している奴らは、アース1の俺らから見れば宇宙人も同然。でも今殴っている奴はどうだ? 魔術が使えなきゃ、ちょっと強いだけの俺らと同じただの人間。


なら、怖がる必要は全くない。


「半殺しにするぞ」

「物騒だねー。でも乗った!」

「クソッ……クソがっ!」


冷静さを欠いた拳は俺には当たらない。避けて、次は生まれた隙に桜楽が攻撃を入れる。この入れ替わり戦法は中2の時によくやった。動きは完全にランダムで、完璧に息が合った俺と桜楽だからできる芸当。


有利は数の利だけじゃない。魔術の練度が浅い俺らだが、素の戦闘ならこっちに武がある。あっちは魔力が無くなったわけじゃないけど、魔術に慣れた体じゃ今の状態に慣れるのに時間がかかる。起死回生の一手のつもりなんだろうが裏目に出たな。


「お前……お前ら……おかしいっ! こんな平和に浸かりきった奴らが、なんでそんな動けるんだ!?」

「私たちを甘く見たな! こちとら『幽霊(・・)』と『悪魔(・・)』だぜ!」

「は?」

「相手した人間が悪かったってこと!」


そこからの快進撃は止まらなかった。特攻やフェイントを交互に繰り返し、あいつの頭を混乱させ確実にダメージを与える。どっちの暴力も骨を粉砕しそうなほどの暴威が備わっていた。奴の左腕が正常に機能していないのもあったが、俺たちは奴の体全身に蹂躙を味合わせた。


呪いをかける前より処刑人の肉体は柔らかくなっており、パンチや蹴りがよく食い込んだ。


腹や太腿の服で覆い隠されている部分はあざができているかもしれない。やはり魔力ありきの時とは肉体強度が全然違う。俺1人じゃここまでやれなかった。桜楽との連携が、俺の潜在能力を活性化させてくれている。


「はあ……はあ……」


猛攻を受け続けボロボロな処刑人は、肩を借りるように木に寄りかかる。明らかに満身創痍へと近づいていってる。頬も赤く腫れ皮膚が裂けて血が出ていた。


「よし、後もう一息だ」

「うん」


処刑人を視界に捉えながら戦闘の終局を予想していると、ふと違和感があった。処刑人が愕然とするように目を見開いていた。何かとんでもない物でも見たような、だが目の前には俺と桜楽しかいない……いや、視線は俺たちを向いていない。まさか、俺たちの背後に──


「ちくしょう……」


悔しさがその口から漏れた時、処刑人は動く右腕で壊れた左腕に触れた。その瞬間、粉雪のような純白な白煙が辺りを銀世界に包み込んだ。


「なっ!?」

「え!? 何々!?」


状況把握に5秒を費やした。これは煙幕だ。視界が塞がれたが、辛うじて隣にいた桜楽は視認できる。なんでこんなことを? 多少の目眩しなんて大した意味は──


「あいつ!」


俺は悟った。桜楽に伝える時間が惜しく、目の前にいるはずの処刑人に向かって走り出す。距離は10メートルもなかった。すぐに捕えられると思ったが、俺は舌打ちをすることしかできなかった。


映画とかで煙幕を張る敵は多くいる。理由として挙げられるのは2つ。1つは視界を遮り煙に紛れて奇襲を狙う為。そしてもう1つ。


煙に紛れて背を向ける────敵前逃亡。



「クソッ」



俺の手は白煙を撫でるだけで、奴が寄りかかってた木の側には誰もいなかった。




         ────



「来てたんすか……エレーナ姉さん」

「情けない姿ね。グローリ」


春喜の読み通り、グローリは義手に仕込んでいた煙幕を射出し逃亡を図った。彼は逃げる気はなかったが、視界の奥にいた彼女が示した指文字を目にし、撤退の命令に従った。


黄みがかった長い金髪は、暗闇に紛れていても尚存在感を放っていた。彼女が夜の繁華街に足を踏み入れたならば、密に群がる蜂のように欲に溺れた猿たちは声をかけにいくだろう。大人びた美貌とスタイル、グローリに同情の視線を向ける少女──エレーナが来ていた。


「クグツ様といたはずじゃ」

「戻って来る途中に、大きな魔力を感知したのよ。何事かと思えば、交戦してるとは。例の消えた少女じゃないわね」

「はい……協力者です。クグツ様の読みが当たっていました。だから、生け捕りにしようと」

「して、失敗したのね。最後の方だけ少し見させてもらった。基本的な体術がおろそかよ。感情が先行して肉体のコントロールがなってないわ。自分の魔術に頼り過ぎては駄目と、前にクグツ様が仰っていたでしょうに」

「……すいません」

「でも、私の指示を素直に受けたのは感心した。最初は結果を出すのに急ぎ過ぎて周りが見えていなかったから、少しは成長していて嬉しいわ」


グローリはあまり嬉しくなかった。撤退の指示を仰いだということは、自分は任務に失敗したということだった。意気揚々と出ていったくせにこの失態。悔しさで頭が破裂しそうだった。


今からでも戻って春喜と桜楽(あいつら)と戦いたい。でもわかっていた。今の無様な姿では太刀打ちできない。敬愛するクグツに少しでも良い報告をするために、私情を抜きにしてエレーナを見上げる。


「説教は後でいくらでも受けます。エレーナ姉さん、今はあいつらを捕えてください。これはチャンスです! あいつらを捕らえればグウェン=ロザリーの居場所がわかる! 奴らは俺との戦闘で疲弊しています。エレーナ姉さんならすぐにだって──」



「帰るよグローリ」



まるでずっと傍らにいたかのように、少年は平然と両足を地面について立っていた。黒曜石の如く漆黒の髪がゆらりと風に揺れる。軽装に身を包んでいる彼──クグツは労いを込めた言葉を送った。グローリがその存在を認識するまでに時間がかかった。まさかこの場にいるなんて思いもしなかったのだ。


「ク、クグツ様!」

「しー。静かにグローリ。距離があるとはいえ、彼らに聞こえてしまう」


一瞬だけ視線をずらしたクグツの先には、もうじき晴れそうな白煙の中を忙しなく動き回っている2人の人間の姿があった。


「よく頑張ったねグローリ。上出来だ。今日はもう帰ろう。ここに居続けたらいずれ彼らに見つかる」

「で、でもクグツ様! 目の前にいるんですよ? 今がチャンスなんじゃ……?」

「チャンスなんて無くても問題はない。居場所さえわかればどうとでもなる」

「で、でも……」

「グローリ。気に病む必要はない。グローリは僕の言った命令は既に達成してる。これ以上無駄にドンパチする必要はない」

「グローリ。クグツ様の命が聞けないの?」

「うっ」


エレーナの厳しい眼圧がグローリを萎縮させる。エレーナは、クグツのことになると目の色が変わることを知っている。無理に意見を言えば後が怖い。それに彼自身も、主が命じたことに従いたいと思っていた。


「心配いらない。言っただろ? 仕上げは僕がやる」


クグツの最後の言葉を聞くと、「わかりました」と自然と口に出ていた。


「戻る前に傷を少し隠しましょうか。じゃないとサンがグローリを見た時に暴れそうです」

「うん、そうしよう」

「あいつ心配性ですからね」

「いやそういうのじゃ……」


3人の人影は、ヒーローたちの知らない所で夜に身を潜める。



この日初めて、魔王軍はたった1人の少女に奮闘する者たちを視認した。



2章終わりです

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