二対一
「最初はスーパーヒーロー着地かまそうと思ったんだけどな〜。まいっか。次の場面に取っておこう」
「は……え、誰?」
何が起きたのだろうか? いや、説明するのは簡単だ。絶殺の如きの一撃を喰らう寸前だった時、右から謎の乱入者が処刑人に膝蹴りをかましてきた。いやどゆこと?
困惑な状況だが、不覚にも窮地を救ってくれた乱入者をしっかりと見てみた。
「……俺?」
間抜けなことを言った自覚はあった。しかし、俺はこのスーツを身に纏った状態の姿を鏡で見ているから言えるが、乱入者の外見が俺のそれと酷似していた。
違いと言えば、バットマンみたいな黒マントと、多少の色合いくらいか。俺のスーツは赤と黒の色がベースとなっているが、乱入者の物は俺の赤の部分が濃い青色になっている。何度瞬きしても姿は変わらず似ている……いや、なんかむしろ似せてるような……?
「さあ、名も知らぬヒーローよ! 私と一緒に悪を懲らしめようではないか! 共闘は盛り上がるぞ! デッドプール&ウルヴァリンだ!」
「お前桜楽だろ」
今確信に変わった。声は少しごもっているが桜楽の声だ。てか喋り方が桜楽で間違いない。俺の形態と酷似してるわけは、俺のスーツを見本にしたからだろう。マントは桜楽の好みか、いや、そんなことよりもだ──
「何してんの?」
「ちぇ、バレたか」
「いやマジ何してんの!?」
「ああ、これ? いいでしょぉ? 春喜の参考にしたんだあ。でもヒーローと言えばやっぱマントは欠かせないよねえ」
「いやデザインの問題じゃなくて」
「やっぱり英語で決め台詞を言ってみたかったんだよね~」
「逸らすな! それ魔術だろ? なんでお前が魔力を持ってるんだよ?」
俺は魔力を渡した覚えはない。せめて桜楽を危険な場から遠ざけるために、俺自身が拒んだんだ。なのにこいつは、なんでさも当たり前のように飛び膝蹴りをかまして、キャプテンアメリカとバンビルビーの決め台詞を言って来たんだ。
「うーん。説明したいのは山々なんだけど、あっちはそうさせてくれないみたい」
「あ?」
「なるほどな……協力者は1人じゃなかったってことか」
派手に吹き飛ばされた処刑人は、赤くなった頬を片手で押さえながら立ち上がる。腕にあったリングは今は消えていた。
「ちっ、早計過ぎたな。まさか同じ格好の仲間が来るとは思わなかったぜ」
「ふふふっ、この姿を覚えておくといい。私たちはっ……私た……ヒーロー名決める?」
「しまらねえな」
「だが何人来ようが変わらねえぜ。所詮テメェも、パンチの打ち方も知らないど素人だろうが」
処刑人が拳を掌に打ち付け、気合を入れ直すように叫び疾走する。桜楽の膝蹴りなんて喰らったら半日は起きてられないと思うんだが、異世界人は思った以上にタフみたいだ。
「パンチの打ち方くらい知ってるっての」
「おい桜楽。さっさと逃げるんだ」
「えーせっかくここまで来たのに出番損? 嫌だよそんなの。それにほら、私はもうか弱い乙女じゃないんだぜ?」
お前をか弱いなんて思ったことないんだが。
「来たからには、視聴者が興奮するような活躍を見せないとね!」
桜楽が合図をするように手を振ると、俺と同じように右腕に装着された5つのキューブがドローンのように宙に浮かんだ。
「え?」
「アイアンマン3方式で行くぜ」
見たことない動作だった。桜楽が宙に浮かぶキューブを指揮し、走る処刑人目掛け飛んでいく。キューブは元の形のまま等速直線運動を行っていた。
「なんだ、こんなもん!」
処刑人は迫り来る四角い物体を拳で破壊しようとした。がしかし、パワー漲る剛拳に触れる寸前、キューブは緊急回避の命令を受けていたの如く直角に曲がった。
「はっ!?」
「遅い!」
キューブは1秒もかからず謎の拘束具へと変貌。1つは首へ、1つは右腕へ、1つは左腕へと、ガチャンガチャンとそれぞれ音を立てて処刑人に絡みつく。まるで処刑人はその場に固定されてしまっているようだった。
「んだこれっ……動けねえ」
「空中にキューブを固定した。本当ならこのまま自爆できれば完璧なんだけど、残念ながらなぜかその機能はできませんでした。よって作戦変更!」
黒いマントを風になびかせ、桜楽も同じように疾走する。顔は見えないが、その姿はやけに楽しそうだった。
「天方桜楽直伝、正義の鉄拳──」
「このっ」
「パンチッ!」
スピードを乗せた拳が勢いよく処刑人の顔面にめり込む。ただでさえやばい威力を持つ桜楽の殴打。鼻血を吹き出しながら吹っ飛んだ処刑人に同情をせざる負えない。
さらに処刑人を拘束していたキューブたちは、いつの間にか元の形に戻り宙を舞っており、そのまま桜楽の右腕に戻っていった。
「ざっとこんなもんよ」
「お前……隠れて訓練してたのかよ」
「そだよー。これでも操るのに集中力がいるんだから」
「戦えるって……マジだったんだな」
「……怒ってる?」
遠慮がちなトーンでこちらに振り替える。顔はマスクで見えないが、切なげな表情をしてることが想像できる。後ろめたさはあるみたいだ。
「言わなかったのは謝るよ。でも、じっとしてるのは耐えられなかった。だって約束したじゃん。1人じゃできないことは──」
「2人で乗り越えよう……はあ。最近はやけに昔の約束を口に出すことが多いな」
「そんな昔じゃないじゃん」
「確かに」
たった3年前の話か。たまに昨日のことのように思い出す時もある。闇の帳が降りたこの公園でも、誰もいない場所を見れば、中1の時の俺たちの姿が蘇る。あれから、俺たちはずっと一緒だったな。
「怒る?」
「別に怒らない。ま、実際ピンチだったしな。助かったよ」
桜楽に怒りは微塵も湧かなかった。甘いのは自覚してる。でも桜楽が来てくれて、嬉しい自分がいるのは本物だった。2人なら、なんでもできる気がした。
「おおー! やっぱり春喜は話がわかる~」
「ダブル主人公も悪かねえ」
「愛してるぜ、相棒」
「そりゃどうも」
さて、こっからが本番ってわけだ。俺だけじゃ頼りないかもしれないけど、2人だったら、少女1人助けられるくらいの小さなヒーローにはなれるかもしれない。
「で、この後どうする?」
「1個考えがある」
「ほー聞いてみましょうか」
「ちくしょう……こんなんじゃクグツ様に良い報告ができねえ」
俺は桜楽にだけ聞こえるように口を開く。今までの戦いの中で気づいた、1つの勝機。これが成功すれば、処刑人を捕獲するのに有利になるはずだ。
「この際、どっちかだ。どっちか連れてけばグウェン=ロザリーの情報は手に入る。2人を倒す必要はねえ」
「ふむふむ……オッケー。じゃあとりあえずそれでいこう」
「とりあえずキューブ1つくれ。4つ壊れたんだ」
「しょうがないなー」
短い作戦会議が終わった。桜楽からキューブを1つ譲り受け、俺の想像通りの短剣に変形、さらに俺が残した最後のキューブを盾に変形させた。
「ヒーローというか勇者みたい」
「そりゃドラクエだろ」
桜楽もキューブを1つ手に取り、体格に似合わない黒い薙刀を生成した。なんでそんなでかい武器を選んだのは訊かなかった。
「反撃開始」
「アイアイサー」
「直属配下の力を思い知らせてやる!」
二対一の決戦が開幕、しかし、俺の体力は大分削られている。なるべく早期戦にするのがベスト。1人ではできないかもしれないが、2人なら速攻を仕掛けられる。手始めに、体の回転を利用して豪速となった盾をぶん投げる。
今度は跳ね返りを利用せず、処刑人のど真ん中を狙った。まともに受け入れるはずもなく、処刑人は左腕で気持ちよく弾いたが、その時にこれまで何度か聞いた金属音らしい音が吠える。やっぱり、勝機はあの左腕にある。
盾が弾かれどこかの木に突き刺さった刹那、俺の短剣と桜楽の薙刀が処刑人に肉薄する。だがどちらの攻撃も奴の両腕によって防がれてしまう。
「嘘ぉ、普通だったら血くらい出るでしょ」
「たかが斬撃で傷つくほど柔じゃねえのよ」
魔術で肉体強度を上げてんだろう。さっきの鼻血はよくやったと桜楽の頭を撫でたいくらいだ。
俺を強引に押しのけ桜楽に拳を振るう。紅色のリングを纏い、灼熱の炎を闇に輝かせながら殺意の拳を放つ。
「おおっ!? やばやばじゃん!」
桜楽は乱打を人外の反射神経で受けきっている。あいつ、初めてなのにやっぱすごいな。普段の桜楽の動きよりもさらに磨きがかかっているように見える。後手に回っているが臆してはいない。桜楽が相手をしている間に、俺は放り投げた盾を回収しにいく。
「お前、俺に刃を向けてる時に躊躇しなかったな。中々イカれてるぜ」
「美少女殺そうとしてる奴が言う? 腕の1本くらいなんのそのでしょ」
「肝が据わってんじゃねえか、女ぁ!」
「私顔見せてないよね?」
「胸と尻が女だな!」
「殺す!」
よく聞こえないが、桜楽の猛攻がヒートアップした。桜楽が引きつけている間になんとかしなくては。
「もっと鋭さがいるな」
さっきの短剣の刺突は、あいつの左腕に阻まれた。奴はなんともない表情をしていたのに、俺の短剣は少し先が欠けて銀の粉になった。俺の魔術があいつの魔術に押し負けている証拠だ。
「もっと強く……イメージを強固に……」
そうだな……グウェンと桜楽と見た映画に出てきた、やたらデザインが凝ってた鋭利な剣みたいなやつがいい。結局主人公の仲間が裏切り者を殺す時にだけ使われて、あれは少しだけ笑った。次にグウェンと観る映画は、ディザスター映画とかもありかもしれない。そんなことを考え出したら、尚更ここを乗り切らなくてはという気合が入ってくる。
「こんなもんか」
最高で最硬の剣が完成した。
「行くぞ桜楽!」
「バッチコーイ!」
攻撃を凌いでいる桜楽の声援を受け取った。疲労が吹っ飛んだ気がしたがきっと錯覚。でも、俺の走りはいつもより速かった。
「何度でもぶち壊してやるよ!」
まるで背後に目がついているかのように、処刑人は桜楽を相手取りながら俺に向かって拳を薙いだ。見惚れるくらい綺麗な猛火を宿した横殴りが炸裂する。盾越しに受けるが、全身の筋肉が弾き飛びそうだった。
「ぁあ……うおおおおおおっっ!?」
しかし堪える。目には見えない気合が俺の背中を押してくれる。俺がここまで耐えたことに相手も驚いているようだった。
「なんっ……!」
「おらぁ!!」
盾を先頭に構えた猪突猛進が、奴の体勢を崩した。チャンスはここしかない。作り上げた嗜好品を天に掲げ──
「イキがるんじゃねえ!!」
奴は崩れた体勢から片足を動かし、俺の武器を天へと蹴り上げた。対する桜楽も薙刀を側面からへし折られ、業火の粉塵を霧散させた一撃を喰らわせられた。
「ぎふぅ……っ!」
「桜楽!」
「終わりだ!」
「いや、サンキューな!」
吹き飛ばされる最中、桜楽の笑い声が聞こえた気がする。まだ終わっていない。天に舞った剣はくるくると回転を続けているが、それが電池が切れたかのようにぴたりと止まる。やっぱりできた。右手は空なはずなのに、剣を握りしめているかのようにじんわりと温かった。
桜楽が目の前でやってみせた芸当。スーツに装着されているキューブを遠隔で操作する。見せられるまでは想像ができなかった。しかし今は違う。考えてみれば、キューブはいかような形にだって変えることができる。それを超能力みたいに操ることだって、不思議じゃない。
剣は黒空、処刑人の死角。
「天気にご注意を」
「は?」
マスクの内で笑う。地面に垂直落下する剣は、空を裂き、月の光に照らされ加速する。奴の眼が剣を捉える頃には時既に遅し。鮫の歯を上回る鋭さを有した剣は、野獣に勝る処刑人の左腕を打ち抜いた。
「があぁ!?」
「やっぱり、当たったな」
剣は左腕を貫通している。当たり前だが、人の体に刃物が突き刺さったら血が出る。貫通なんてものなら、それはもう映画だったら15禁になるであろう血の池地獄に画面が支配される。しかし、目の前で起こっている事態は奇怪なものだった。
血が出ていない。それどころか、切れた服の隙間からは、とても人の肌とは思えない銀色がまろび出ていた。
「あれって……」
「最初からだ。左拳は右拳の殴打より重かったし、ずっと変な音がした。鉄でも仕込んでるかと思ったけど、それなら両腕に入れる。リングの魔術の影響でもない。明らかに不自然だった。左腕、元からないんじゃないか?」
処刑人は、突き刺さった剣を無理矢理引き抜き、放り捨てた。左腕は規則的に痙攣を繰り返しているようで、神経が通ってないように脱力していた。無力になった左腕を鋭い双眼で睨んでいるが、それは痛みによる物とは違って見えた。
多分、悔しさだと思った。
「もしかして義手? バッキーバーンズみたいな?」
「恐らくな。多分、こっちの世界じゃ考えられないくらい進歩を遂げてる義手。自分の魔術に合わせて作られたオーダーメイドかも。でも、それじゃあもうまともに使えないんじゃないか?」
普通の腕よりも頑丈とは言え、今まさに乾坤一擲の成功を収めてみせた。拳を握ろうとしても力が入っていないのがわかる。義手の機能が落ちているんだ。
「こんな奴らに……クグツ様がせっかくくれたのに……っ!!」
「片腕で俺ら2人とやり合うか? 流石に無茶だろ。俺らが知りたい情報を話せ。そうすればこの場は引いてやる」
「立場逆転したね〜。さあ処刑人君、このまま魔王軍への忠誠を果たそうと戦いを続ける? それとも大人しく──」
「そんな忠誠誓った覚えはねえな」
「え?」
戦力は確かに削ったはずなのに、奴の瞳から闘志は消えていなかった。両腕まで失っても喰らいついてやる使命感、義務感。その威容さに、どこか恐怖すら覚える異常性を感じた。一体何が、こいつをここまで突き動かすのだろうか?
「俺が命を懸けるのは、クグツ様だけだ!」
やたらと口から出てくるクグツという人物が、こいつの原動力な気がしてならなかった。




