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ヒーローがいない世界  作者: 坂田リン
第2章:二人目
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ヒーローにならせてください



私が春喜(あなた)また(・・)会った時、今にも死んでしまいそうな顔をしていた。


それはもう、世界そのものに絶望しているような。うつ病になった患者のように生きる意志が欠落していた。


私が知っていた春喜あなたとは、見る影もなかった。どうしたんだろう、何があったんだろうって思った。


だから知りたくなった。なんでそんな暗い顔をしているのか。


最初に話しかける時は、結構緊張したな。だって私が一方的に覚えてるだけだったからさ。



【わ、私と、と、友達にならない?】



でのあの時、ちゃんと言葉にできて良かった。雰囲気は変わってたけど、心の芯は何も変わってない。


優しくて、話が合って、気を遣わないで喋れる。時々くすりと笑う顔が可愛くって、私はすぐにまた好きになった。


辛い思い出も、私なら全部受け止められる。


だからね春喜。私は守られるんじゃなくて、一緒に戦いたいんだ。



         ────



グウェンが春喜に魔術を教え始める少し前のこと。


「グウェンさん。私に魔力を分けて」

「え?」


自分の部屋にグウェンを呼び出した瞬間、脈絡なく桜楽はそう切り込んだ。グウェンが桜楽の部屋に初めて入った時、春喜の部屋に似ていると無意識に感じた。美容品やらふかふかなぬいぐるみは春喜の部屋にあまりなかったが、似たような映画のポスターや同じようなヒーローフィギュアが鎮座している。


世界がかけ離れているように置かれている地味な棚には、私服や制服姿の桜楽と春喜の2人だけの写真が幾つも並んでいた。そんな部屋の中で微かに漂う良い香りを嗅ぎながら、グウェンは桜楽のお願いに戸惑うしかなかった。


「突然、どうしたの?」

「そのまんまだけど?」

「いやわかるけど。ハルキは駄目って」

「いやー春喜じゃ絶対渡してくれないじゃん。だからこれはグウェンさんに頼むしかないなーと思って」


春喜は桜楽に魔力を分けることを拒んだ。魔力を持てば常人離れした力が手に入ることは明白だが、桜楽がグウェンの世界、すなわちアース2の世界に関わることを春喜は恐れた。無慈悲な暴力、未曾有な災害。魔術はそんな恐ろしい側面があることを知り、いつか大切な友達が傷つくことを遠ざけたかった。


桜楽はその気持ちがとても嬉しかった。自分のことをちゃんと考えてくれる春喜のことが、本当に愛おしくて仕方なかった。しかし、「じゃあわかった」と、引き下がる天方桜楽ではなかった。


「私も戦う。春喜だけに負担はかけさせない」

「でも、それはハルキに確認を取らないと」

「それじゃ意味ないよ。絶対だめーって言うもん。女と女のお約束だよ」

「いや、だ、第一、私はハルキに魔術を教えることに反対してるんだ。助けてくれたことには心の底から感謝してる。でも、魔力を与えたのは、本当に緊急事態だったんだ。未だに生きてるのは奇跡に近い」

「奇跡が二度起きる確率は低いね~。だから次に何かあった時のように、生き残る確率を私で増やさない? 1人より2人の方が強いんだぜ?」


要は、2人なら処刑人により対処しやすいというのが桜楽の言い分とグウェンは受け取った。しかし、グウェンが言いたいのはそういうことではなかった。


「1人とか2人とか、そんなんじゃなくて、ただ私は2人とも巻き込みたくないんだ。2人に万が一のことがあったら……私はどうすれば……」

「……一緒に死ねるなら、それも悪くないかもね」

「え?」

「結婚した夫婦はさ、いつかどっちかが早く死んじゃうの」


桜楽がそう切り出した。


「何……?」

「70歳くらいで旦那さんに先立たれて、残された奥さんは孤独に余生を過ごさなきゃならない。逆の場合ももちろん。辛いよね、残された方は。私はそんなの御免なの。死ぬなら一緒が良い。そうしないと、後から天国に来た片方は、見つけられないかもしれないじゃん」


桜楽は天井を見上げてから、水族館で一緒にピースのポーズを取っている自分と春喜がいる写真を見つめる。そんな彼女にグウェンは寒気がした。同時にその様子に気づいた桜楽は、手をひらひらと振って笑った。


「ごめんごめん。違うよ、そんなサイコパスな思考持ってないって。私そこまでメンヘラじゃないし」


メンヘラという言葉の意味はよくわからなかったが、桜楽の表情が緩んだので少し安心した。


「ただ私は、ずっと一緒にいたいの」

「桜楽は、本当にハルキのことが好きなんだ」


特に恋愛という物をしたことがないグウェンだが、桜楽が春喜に向ける恋心はなんとなく察しがついていた。好きでもない男との写真をあんなに部屋に飾りはしない。


「好きだよ。大好き。自分で言うのもなんだけど、恋ってすごく楽しいんだよ。助言をするとね、やっぱり話が合う人の方が心が満たされる。私と春喜だったら、映画の話でいくらでも盛り上がれるからねー。まあ、嫌いから始まるラブコメなんていくらでもあるから、一概には言えないけどね」

「じゃ、じゃあ……2人は……付き合ってる?」

「いや違うよ」


言葉にするのが恥ずかしくてかなり勇気を消費したのだが、桜楽はあっさりと口にした。


「ち、違うの?」

「違うんだよねえ、これがまた。まだ返事(・・)貰ってないからさ」

「返事?」

「おっとと、話が逸れ過ぎてしまった。このままだと私の惚気話を5時間聞く羽目になるぜ?」


流石にそれは勘弁願いたいと思いながら、桜楽は話の道筋を修正した。


「春喜が頑張る姿は好きだけど、その隣に私もいたい。春喜といると全部楽しいの。学校生活も、映画はもちろん、放課後の何気ない会話だって……」


桜楽が言いたいことは、もうグウェンはわかっていた。護られるんじゃなくて一緒に戦いたい。自分が置いてきぼりになるのが嫌なのだ。ただ待っているだけの自分が許せない。


アース2での自分の仲間の誰かが、よく言っていた気がする。わからなくもなかった。グウェンは自分には力があるのに、それを使うことができない己に悔しさを抱かざる負えない。何もできないことが辛くてたまらない。


思い出を吐露する桜楽の願いは、純粋な懸想の現れであった。


「後、ショッピングもカフェも公園も買い食いもカラオケも夏休みも冬休みも春休みも博物館も満員電車も新幹線も遊園地も水族館も動物園も夜景も雪景色も雨の中もプールも海も山も温泉も」

「んん?」

「誕生日も七夕もクリスマスも初詣も神社もバレンタインも入学式も卒業式も打ち上げも病気の時も寝る時も、全部全部全部ぜーんぶ……一緒にいたいの」

「さ、桜楽……さん?」


息づく間もなかった願いの羅列に、どんな反応をすれば良いかわからなかった。桜楽の瞳の色が紫色に光っていた幻覚も見えた。


目に見えない狂気を薄らと感じ取る。これは本当に純粋な懸想なのだろうかと、疑問を抱かずにはいられなかった。なんとなく、なんとなく春喜は私の物だぞと冗談でも言った暁には、魔術も凌ぐ圧力で床にこびり付いたガムのようにされるのではないかと、『魔帝』の名を授かったグウェンでさえも手汗が止まらなかった。


「とまあ、この私の熱意が、きっとグウェンさんのお役に立てるはずですよ」


けろりと爽やかな笑みを浮かべる。熱意というより欲望に近かった気がしたが、口が裂けても桜楽に言うことはなかった。


「と、言われてもなあ……」

「絶対役に立つよ! 私も春喜みたいに天位魔術(リーサルウエポン)使えるかもしれないし」

「いや、説明したけど、あれは本当に希少な魔術なんだよ。そんなポンポン出るなんて」

「わからないよ〜? 私は戦えるヒロインだからね」

「戦える?」

「ヒーロー映画がじゃなくても、物語にヒロインは付きものなんだよ。MJ、ペッパーポッツ、ベティロス、ジェーンフォスター、ペギーカーター。MCUにも魅力的なヒロインが沢山いるんですけど、私は思ったのです。戦える女はかっこいい」

「は、はあ……」

「ナターシャロマノフ、ワンダーマキシモフ、キャプテンマーベル。美女はいるだけで画面映えするけど、戦える女性はさらに魅力が高まる」


戦えるなどと桜楽は軽く言うが、そんな簡単に腹をくくれるものなのか。好きな人の隣にいたいがために……その時グウェンは、はっとした。自分と同じだと。


愛する母親ために戦場に赴いた。戦いの知識なんてロクに知らなかった彼女だが、掛け算の九九を覚えるように戦いを華奢な体に覚えさせた。違った愛の形ではあるが、誰かのために何かを始めるという点で、グウェンと桜楽の行動は一致していた。


【お母さん。私を育ててくれてありがとう。これから沢山、恩返しするね】


桜楽の覚悟は、グウェンが決めた覚悟と同じ重さなんだと、気づくことができた。それを理解した上で、グウェンは今一度桜楽に訊いてみた。


「戦うの……怖くないの?」

「もっと怖いことがある。怖さを退けるために、マスクを被る。私は……約束(・・)を守りたい」


「だからお願い」と、内なる炎を燃やして言った。



「私をヒーローにならせてください」



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