竜の石は希少価値が高いんだってよ
俺がドラゴンを捌いてから30分。
眼の前では、まだ王都の錬金術研究室のスタッフだという人たちが鼻息を荒くしながら素材を検分している。
「……何に使うんすか、そんなもん」
「そんなもんって言うな! ドラゴン素材は希少価値が高くて、どれもこれもお目にかかれないものばかりなんだ!」
「いや、爪とか牙とかはまあすり鉢にもなるし切れ味もいいからナイフにしてもいいもんだけど、骨とか……ねえ?」
骨なんかジジババの孫の手くらいにしかならんだろうに。
言いながら、解体のときに使ったエプロンの裾に何かが引っかかっているのを見つけ、俺はそれを手に取った。赤黒い板状の、これは……。
「……なんだ鱗か」
「くるぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
錬金術師のおっさんがものすごい顔で後ろに放った鱗に飛びつく。
「貴様っ、貴様今、何を捨てたぁぁ!!?」
「えーうろこっすね」
「『えーうろこっすね』じゃない! 鱗も! 大事な!! 錬金素材!!!」
「いやぁ……確かに強度を上げるにはいいっすけど、柔軟性には難ありじゃないっすか」
「じゃあ君は何を使って強度を上げると言うんだ、ええ!?」
そう指をさされて、俺は首筋をポリポリ書きながら、よいせ、っと声をかけて取り出す。
縄のような太さのそれを見て、錬金術師のおっさんは目を見張った。
「それは……?」
「筋っすね」
「すじ」
「じん帯とか。そっち系っす。鱗に比べて強度は落ちますけど、伸縮性が高いうえに、軽いんで。うちじゃ獣用の罠とか、ガキどもの虫取り網なんかによく使いますね」
「……虫取り網にドラゴン素材……」
「それより前に、数日掛けて素材を回収する場合、ドラゴンのじん帯なんか真っ先にいたんじゃって取れないんじゃないかなぁ」
「ま、そりゃそうっすね。だからさっさと捌かないともったいないんすよ」
エドが横手から手元を覗き込んでくるのに応えながら、俺は手にした筋をひょいと錬金術師のおっさんに手渡した。
「他にウィルの村ではドラゴンのどの部位をどんなふうに使うんだい?」
問いかけられて、うーんと考え込む。結構用途多いからなぁ。
「まず、鱗は砥石代わりになるっすよね」
「といし」
「王都で最高級品になるドラゴンアーマーの素材が、といし」
「すごいっすね王都。あんなもんもアーマーに加工できるんすか」
うちじゃあまりにも多く取れすぎて砥石としても在庫が余りまくってるレベルだ。今度アーマーの作り方教えてもらおう。まあうちの村にどれだけの需要があるかわからんが。
「あと、さっき言ってたけどハツはジジババの滋養強壮ポーション」
「あっはは、どれだけ元気になるんだろう、ちょっと飲んでみたい」
「……エリクサーの中でも一級品のレシピにしか使われない竜心臓を滋養強壮に……」
こないだも思ったけど、雑草とかハツとか、あんなもんからエリクサーが精製できる王都のほうが遥かにすごいと思うけども。
「あと骨は、ジジババが使う孫の手」
「竜骨から作られる竜骨鋼で打つ剣は、王都でも選りすぐりの鍛冶職人しか打つことを許されない近衛騎士の剣になるんだが……」
「あれ剣になるんすか。すごいっすね」
「……どうしよう、会話は成立しているはずなのに、致命的に食い違ってる……」
苦笑しながら、エドが困惑している。
と、その時高い女性の声がエドを呼んだ。
「エド様!」
「——リリーナ?」
振り返ると、銀色の髪をなびかせた女性が、従者を数人引き連れて歩いてくる。
服装は王立学園の制服。リボンの色は、俺やエドのものとは違い、2年生であることを示している。
「こんなところまで来て、どうしたんだ」
「北の城壁でドラゴンが討伐されたと聞いて駆けつけましたの! もし希少なドラゴン素材が手に入るのであれば、ぜひ当家の商会でも買付をと思いまして」
「相変わらず、抜け目ないなぁ」
「あら、この方は?」
こちらを見つめて、銀色の髪の女性は首を傾げる。エドが俺を指して頷いた。
「ああ、こちらはウィル。僕の寮の相部屋で友だちになったんだ。ウィル、こちらはリリーナ。僕の婚約者だよ」
「リリーナ・フォン・エルヴァラッドと申します。ウィル様、エド様からお話は伺っておりますわ」
「あ、婚約者さん、っすか。はじめましてウィルっす。よろしく」
ぺこ、と頭を下げる。リリーナさんはスカートをちょいとつまんで優雅なお辞儀。カーテシーっていうんだったか。さすが、王都のあいさつはおしゃれだな。
「ところでエド様、当家で買付ができそうなドラゴン素材はあって? 王都でドラゴン素材を買い付ける事ができるなんてここ数百年なかったことですもの、父からも金に糸目はつけるなと言い含められておりますの」
「うーん、それが……」
エドは困った顔をする。その場にあるのは全部ドラゴンの肉だの筋だの骨だの何だの。どれを売ったらいいものやらという顔をしている。
「いつものように、限られた素材しかないのであれば、割と簡単なんだけどねえ」
「限られた素材しかないのであれば、って。まさかもしかして、ここにあるのは全部……!」
「そう、ドラゴン素材。壮観だよねぇ」
「肝とかどうっすか。炙って食うと酒の肴になるっすよ」
「肝!? 竜肝!? ダメダメダメ! それはうちの! うちで回収しますから!」
遠くで聞いていた錬金術師のおっさんが悲鳴を上げる。あら残念、とリリーナさんはつまらなそうにつぶやいて、それから視線を巡らせる。
「これだけあると、何を買い付けたらいいのかわたくしにもわかりませんわね……あら?」
何か見つけたらしく、目を見張ってリリーナさんは手にした扇でひょいと素材の一角を指さした。
そこにあったのは、ひとかかえほどもある大きめの石。
「あれは、何かしら」
「ああ、あれは竜岩石っすね」
「竜岩石……聞いたことがありませんわ」
「ドラゴンの腹から時々採れるんであんま珍しくもないっすけどね。でもなんの効果もないし」
吸い寄せられるようにそっちへ歩いていくリリーナさんを追いかけて、俺とエドもついていく。リリーナさんは竜岩石の前までやってくると、更に驚いた声を上げた。
「なんてこと! これ、見る角度によって光や色味が変わりますのね!」
「ああ、まあそこは面白いっちゃ面白いとこすけど」
「ドラゴン由来の素材で、今まで誰も目をつけてこなかった竜岩石……王都で加工すれば最先端の流行になりますわ……!」
ガバっと振り返ったリリーナさんは、爛々と目を輝かせながら微笑んだ。
「エド様、こちらの素材買い取ってもよろしいかしら!」
「あ、ああ、錬金術研究には利用できないって話だし」
「ウィル様、この色味は特別な価値がありますわ。竜岩石はすべてこのような色味ですの?」
「いや、ドラゴンの食うもんとか住んでる場所とか、種類によっても若干色は変わるっすけど」
「ますます希少価値が高いですわね!」
ルンルンステップを踏みながら、買取の手続きを凄まじい速度で進めていくリリーナさん。なんだろう、こないだエドにクズポーションで商売をやろうって言われたときと同じような空気感を感じるけども。
「……リリーナさんって、こんな感じの人なんすか」
「こんな感じって……まあ、エルヴァラッド公爵家は商魂たくましいって陰口を叩かれることはあるけど……」
「や、エドとめっちゃ仲良さそうだなって思って」
「……どういう意味かなそれって」
半眼でじっとり睨まれて、俺は視線をそらした。
他にもいくつか買取の手続きをすませて、ほくほく顔を隠しもせずにリリーナさんは、それでも優雅にカーテシーをする。
「それでは、エド様、ウィル様、素晴らしい商談でしたわ。ごきげんよう」
「ああ、ではまだ学校で」
「お疲れさんっした」
足取りも軽く去っていくリリーナさんを見送って、俺は言いそびれていたことを思い出した。
「……黙っといたほうがいいっすかね」
「? 何をだい?」
首を傾げるエドに、視線を周囲にやって誰も聞いてないのを確認したあと、小さな声で耳打ちする。
「……竜岩石って、ドラゴンの腹から出るって言ったじゃないっすか」
「うん、そう言ってたね」
「あれ、まああの、言い方を繕わずに言うと、尿路結石なんすよね」
びし、とエドが固まる。
ぎぎぎ、とぎこちなく俺の方を振り返ったエドの額には、汗が浮かんでいた。
「……リリーナには、絶対知られないようにしよう」
「……ウス」
俺は言わなくてよかったと心の底で思いつつ、この秘密を胸の底に収めることに決めたのだった。




