鮮血歌唱
無計画に伸びた木々が空を隠す。晴れた昼間のはずなのに、森の中は薄暗い。踏みしめる地面は苔で時折滑り、たまに湿って腐った葉っぱの匂いがどこからともなく漂って来る。
「…♪」るんるん
「こんな場所だってのに、偉く上機嫌だな。なんかいい事でもあったのか?」
シェルツは大きなカバンを背負い、しかし軽々と持ってあたし達の旅道具を運んでいる。楽で助かるわね。まあ、その分戦闘では張り切ってぶっ飛ばしてあげるわ!
『当り前よ! 屋根もベットもある場所で安心して寝れて、朝から美味しい物を食べれて、堂々と綺麗な服で歩けるんだから!』
「…」ふふん
あたしはその場でくるりと回り、新調したワンピースを靡かせた。
真っ白の一体型のワンピース。軟らかく軽い生地で出来ていて、とても涼しくて大きく動けばフワフワとスカートが浮く。そのスカートもひざ下まで丈があり、大きく広げれば相手の目隠しくらいにはなるかもしれない。
日差し対策用に大きな帽子も買った。麦わら帽子と言う、燃やして相手に投げつけれる優れもの。と言っても、火の元となるマッチはシェルツが管理している。あたしでも流石にマッチの使い方くらいは知っているのに。
靴はサンダルと言う見た目の割には脱ぎ辛い靴。陸地はもちろん、水の中でも問題なく行動ができる凄い靴。服全体で見れば防御力は皆無だけれど、戦闘時には別の衣装になるのだから、こういうのは好きな服を着たい。…今は、それが出来るようになったから。
「…中々、似合ってるじゃねえか」
『だから言ったでしょう? なのにシェルツは、もっと機能性がどうとか防刃性がどうとか言うんだから』
「…」ふんす
「一応、俺達盗賊退治に行ってるんだよな?」
『そうよ? 朝から出てもうお昼。結構歩き疲れたわね....少し休まない?』
「....」ふぅ
今朝、狐ヶ崎と出会った。何でも地図の複製を持って来たとかで、目的地が囲われた新品の地図をくれた。あいつ、本当はただで情報をあげたいんじゃ無いの? メンツとか言うよく分かんない物があるせいで、こんな遠回りな事をしてる気がする。
「おーけー。野営地までまだ少しあるだろうし、ここで休んで体力を回復させよう」
あたしは近場に丁度よくあった石の上に腰掛ける。ひんやりとした石の感触が、ワンピース越しにじんわりと伝わって来る。
「何か食べたい物とかあるか? 過熱が必要な物なら、煙が出ないよう電気コンロを....ん?」
「....?」ききみみ
シェルツも腰を下ろし、カバンから物を取り出そうとした瞬間....2人揃って森の奥の方へ顔を向け、耳を傾ける。....さっき、何かが聞こえた気がした?
「....」
「....」ききみみ
~♪
「....!」さっち
「盗賊の巡回....にしては、位置がバレるような事をするのはおかしいな....」
『それに、これ女性の声ね。盗賊に捕えられた捕虜の物かしら?』
「…」うーん
シェルツはカバンを持って立ち上がり、あたしは背中に掛けた鞘から愛剣を抜いた。
「ここいらの陸地には、セイレーンが居るか?」
『セイ...? それが何かは分かんないけど、歌う魔物が居るって話は聞かないわね』
「…」うーん
こんなこと起こされたら、ゆっくり休むこともできないじゃない! 仕方ないから、もう少し頑張りましょ。
2人してゆっくり、その歌声の元へ向かって行く。けれど、歩みをいくら進めようとも、その声に辿り着かない。立ち止まっても、少しは知っても、歌声の大きさは変わらない。
『あー!! めんどくさい!! エクリメイト!!』
「…」ふんす
「おいおいおい! もっと慎重になれよ!?」
シェルツはカバンごと光になり、あたしに纏わり付いて青い服へ変わって行く。
『こんなまどろっこしいのは嫌いよ! 何か罠でも張られてるんだったら、罠ごとぶっ飛ばしてあげるわ!!』
「…!」ふんす
あたしは地面を蹴り、飛躍的に強化された身体で森の中を突き進む。こういうのは怖いとか慎重にとかって感情よりも、面倒くさいって気持ちが爆発的に増えるのよ!!
『....流石に、この速度だと歌声に近づいて来てるな』
『これで逃げられてらそれこそ詰みよ』
「....」ばっさい
移動に邪魔な木はへし折って、一直線に歌の発生源まで向かう。....というか、これ歩かなくてもずっとエクリメイトで移動してた方が楽なんじゃない?
『....っ! 止まれ!!』
「....!」ぶれーき
シェルツの響く声に、あたしは反射的に剣を地面に突き刺して、土煙を上げながら急停止した。....そこであたしも、異変に気が付いた。
『....なにこれ、血の匂い?』
「....」すんすん
『風が無いから分からなかったが、ここら一帯に血の匂いが充満してるな。それに....歌声の元が、すぐそこだ』
~♪
美しく、綺麗な歌声がはっきりと聞こえる。女性の、でも低音の凛々しい歌声が森の奥から。そして、薄暗いはずの森の奥からは、赤い光が漏れ出ている。血の臭いも、恐らくそこからだ。
『ねえ、あの辺りって....』
「....!」みがまえ
『ああ、盗賊の野営地のはずだ。....先客か、趣味の悪い女盗賊が捕虜をバラしてるかのどっちかだ。気ぃ付けろ? どのみち、面倒になるぞ』
『分かってるわ』
「....」かまえ
あたしは両手で剣を握り直し、1度の跳躍で一気にそこへ向かう。躊躇なく、でも警戒して、歌声の元へ飛び込んだ。
『....っ! こりゃあ....ひでえ』
「....」かくにん
森の中にぽっかりとできた広場。簡易なテントがいくつも立ち、木の仕切りや手製のかまどが周囲に置かれていた。獣避けか、昼間なのに篝火には火が灯り、森の寒さを感じさせない熱気がその広場にはあった。
....そして、そこには大量の死体もあった。
何人もの盗賊の死体。どこがと言うわけでも無く、体の至る場所が潰された死体達。仕切りや地面、テントには返り血と内臓が飛び散っており、一部の体は篝火で燃えている。
「~♪」
「悪かった! 俺らが悪かった! ブツもやる! ど、奴隷だってそうだ! だから、だから許してくれ!!」
野営地の奥。大柄な漢は腰を落とし、後ずさりながら命乞いをしていた。それを見下ろすように、髪の長い女性が居た。両手にはマイクスタンドが握られており、今まさに、それが盗賊目掛けて振り下ろされようとしていた。
『どっちに付く!?』
『盗賊!』
「....!」つばぜりあい
『いいねえ! その判断の良さ!』
あたしは盗賊と女性の間に割り込んで、振り下ろされたマイクスタンドを錆び剣で受け止める。
「....!」
ガキンッ!! 金属同士のぶつかり合う音が響き、女性の歌声が途切れた。
「ひ、ひぃぃいぃい!?」
その隙に盗賊は走り出し、森の中へと消えて行った。三下盗賊らしい、見事な逃げっぷりね! これに懲りたら、もう悪事を働くんじゃないわよ!! あたしは振り下ろされたマイクスタンドを弾き、女性から距離を取る。
「何の真似だ? よもや、盗賊の護衛という訳でもあるまい」
赤く、ウェーブの掛った長い髪。肌は白く、しかし対照的に瞳は真っ黒だ。首元から足先まで深紅のドレスに身を包み、手には黒い花のレースカバーを身に着けている。耳には....どこかで見たような形の金色のイヤリングを装備し、首には銀色のプレートの様な物を下げていた。
第一印象は、返り血でさえアクセサリーの如く、キリッとした目に合う高貴な人。
『シェルツ、確かあたしもシェルツの武具になれるのよね? あたしじゃ喋れないわ。逃げる隙を作って頂戴!』
「....」けいかい
『おーけー。上手く行くかは分かんねえが、俺に任せとけ。交代のやり方は『とりあえず念じるわ!!』
遅い遅い! そんな事してる暇に殺されるわよ!? あたしの服が水色に光に変わり、瞬時にシェルツの体を形成する。そしてあたしの体も光に変わり、シェルツの武具へと変わって行く。
シェルツは白い羽の付いた茶色い三角形の帽子をかぶり、黒い指貫のグローブを装着した。腰にはベルトが巻かれ、合計で5本のナイフが入ったホルダーが装備される。靴は茶色いブーツへと変わり、踵部分には刺々しい歯車の様なものが生えて来た。
最後は武器として左手に白色の、右手に水色の、しかし武骨で重々しい大きな拳銃が現れた。シェルツはそれを握り、左手を前に、右手を折ってたポーズをとる。....それ、かっこつけてるのかしら?
「....エクリメイトか」
「ほう? やっぱおたくもこっち側か? つっても、俺らの狙いはお前さんじゃなくてこの盗賊たちだったんだけどな」
『さっきのが盗賊の頭なら、あたし達の目的は達成したようなものね。適当に話を合わせて、さっさと逃げましょう。こんな人殺しに躊躇の無いイカレ女なんて無視よ無視!! 関わらない方が身の為ね!!』
『おーけー、俺も同じ考えだ』
目の前で起きようとしている殺人を止めるくらいの善性はあるあたしだけど、殺人鬼を改心させる程善人じゃない。殺したければ勝手に殺せばいい。でも、あたしの知らない所でやってよね!
「なら何故庇う? 矛盾しているぞ、お前の発言は」
「俺らの目的は盗賊をぶっ飛ばすことで、何も殺す事じゃない。それにしてはお嬢さんには容赦がねえなあ。悪人なら死んでも当然って奴か?」
....周囲に増援は無さそうね。というかこの武具の姿、周りを見れて死角潰しが簡単にできるわね。それに変な感覚。まるで水の中にでもいるみたい。
「そうだ。悪を滅ぼし、民に平穏を与える。それの何が間違っている?」
「間違ってんのは、人殺しを善とする正義だろう....っよ!」
シェルツは左手の拳銃で女性を撃つ。もちろん直撃コースでは無いけど、女性は反射的にマイクスタンドで弾丸を防いだ。....あれ、きっとエクリメイトの武装ね。
同時に右手の拳銃で篝火を撃ち、テントへ倒して火を上げる。燃え盛った火は野営地を瞬く間に火の海に変え、シェルツと女性の間にも火の壁が出来上がった。
『チェンジだ嬢ちゃん! 機動力はそっちの方が良い! 遠回りして街に帰るぞ!』
『ふふん! 任せなさい!』
シェルツと交代し、あたしは火と森の木々に隠れてその場から走って逃げる。とにかく早く、追い付かれると面倒よ! あんなの相手にする必要も無いし、ましてや人殺しと戦おうなんて自殺行為も良い所だわ!
「....」
背後から視線は感じなかったけれど、僅かに唸るような声だけが聞こえた。




