第1話 初めての拒絶
「私に近づかないで!!」
そのひとことに、思考が止まった。
次期国王として傅かれてきた俺が、面と向かって拒絶されたのは初めてだった。
それなのに——なぜか、その瞳から目を逸らせなかった。
その言葉を言い放った彼女は、本当に嫌そうな顔で俺のことを睨みつけている。
「す、すまない……」
「ふんっ」
咄嗟に謝ってしまうも、彼女は去っていった。
名前も知らない彼女は一体誰なのか。
「レオナルド様に向かって、あんな言い方するなんて、信じられませんわ!」
「まぁ、でも俺も悪かったんだろうし……」
正直、どこが悪かったのかはよくわからない。
近寄り過ぎたという認識もなかった。
幼馴染であるソフィアが、彼女の去った方角を見ながら口を開いた。
「レオナルド様は、本当にお優しすぎますのね」
ソフィアは困ったように微笑んだ。
「王太子でいらっしゃるのですから、もう少しご自覚を持たれてもよろしいのに……少し心配になりますわ」
「あーはいはい。説教は不要だ。……ところで、今の美人は誰だ?見た記憶がないのだが……」
「……え?アシュフォード公爵令嬢のグレース様ですわ。……記憶にないんですの?」
ソフィアは心底驚いた顔をして俺を見つめている。
「……記憶にない、はずがない」
王太子として、主要貴族の名と顔は叩き込まれている。
ましてや公爵家の令嬢を、知らないなど——あり得ない。
なのに、思い出せない。
まるで——そこだけ、意図的に抉り取られたみたいに。
「公爵家か……公爵家なのに不思議だが、会った記憶はないな。エドガーは会ったことあったか?」
「……俺はある。まぁ、あまり社交界にもでないからな……」
するとエドガーは俺のことをじっと見つめた後、呟いた。
「……お前が興味を示すなんて、珍しいな」
「興味、というほどでもないが……」
「あまり、関わらない方がよろしいですわ。悪女として有名ですのよ」
「……悪女?」
「さっきの態度、ご覧になったでしょう?仮にも王太子に対してあの態度だなんて……」
「……仮にもは余計だ」
軽く返すと、ソフィアは小さく肩をすくめた。
「……それにあの方は、闇魔法の使い手ですもの」
「闇魔法……?」
思わず聞き返してしまう。
——闇は光を喰らう毒。一度混ざれば二度と元には戻れない。
初等課程の教本に、繰り返し書かれていた言葉だ。
……だが、なぜかそれが、ひどく嘘くさく感じられた。
——あの女を見ていると、なおさら。
「ええ。希少属性ではありますが……かつて大規模な災厄を起こした魔法でもありますわ。使い手自体が忌避される傾向にあって……」
ソフィアは柔らかく微笑んだまま、ほんのわずかに目を細める。
「……王太子殿下が関わるには、少々“目立ちすぎる”方かもしれませんわね」
「でも、ただ一属性ってだけだろう?それだけで忌避されるのはおかしくないか……?ん?エドガー、どうした?何か気になることでも……?」
「……いや、何でもない」
しかし首を振りながらこちらに視線を戻した。
——関わらない方がいい。
頭では、理解できる。
実際、あの態度も今の話も、好意を持てる要素など、一つもないはずだ。
それなのに、どうしてか──目が離せなかった。
去っていった背中が、妙に焼き付いている。
一度外したはずの視線が、気づけばまた同じ方角を向いていた。
……まるで、無意識に引き寄せられているみたいに。
「そうかもしれないが……それだけじゃない気もする」
「え?」
ソフィアがきょとんとした顔でこちらを見る。
自分でも、何に違和感を覚えているのか分からないから説明もできない。
「いや、なんでもない。……エドガーはどう思う?」
何気なく問いかけた瞬間、ほんのわずかに、空気が変わった気がした。
「……どう、とは?」
「彼女のことだ。噂通りに見えたか?」
エドガーは一瞬視線を逸らし、数秒の沈黙が落ちる。
その視線は、先ほど彼女が去っていった方向に向けられていた。
まるで——何かを思い出すように。
「……さあな」
「珍しく歯切れが悪いな」
「決めつける話でもないだろう。……あまり、関わらない方がいい」
「……は?」
「……噂がどうこうじゃない。彼女は……」
一瞬、言葉が止まった。
何かを言いかけて——飲み込んだ。
「……面倒だ」
それだけ言って、視線を逸らす。
——違う。
直感的にそう思った。
そんな単純な話じゃないはずだ。
だが、それ以上は何も言わなかった。
「……お前らしくないな」
「……そんなことはない」
——何かあるのか。
確信ではなく、ただの違和感だ。
関わるべきではないと、分かっている。
それでも——なぜか、気になって仕方がなかった。
——初めて会ったはずなのに。
そう思った瞬間、頭の奥が軋んだ。
何かが浮かびかけて、消える。
……知っている。
あの瞳を、あの声を。
俺は、確かに知っているはずだった。
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