間章 英雄の残火
グレイル領の本館、古びた石造りの応接室。
夜の帳が降りたころ、そこには三人の影が集まっていた。
ロア・ヴェルト。
グレイル領を治める聖戦士の末裔であり、冷静沈着な守り手。
ナイア・アルゼス。
焔環の血を引く天才魔導師。カイに興味を持ち、自ら領に移住してきた。
そして──
セラン。
朽ちかけた旅装のまま、壁際に胡座をかいている、口の悪い老人。
ナイアが先に口を開いた。
「……信じられない。
アンタ、本当に……千年前の“灰刃のグレン”本人なの?」
セランは鼻を鳴らした。
「“本人”っつうか……まァ、そう呼ばれてたのは確かだな。
グレンってのは本名じゃねぇけど、あの時代じゃ“そう”名乗るしかなかった」
ロアが静かに茶を置く。
「ハーフエルフ。
人とエルフの血を引く者……時間の流れから外れた存在。
国家では禁忌とされ、今やその存在すら否定されている」
「そ。だから生きてても名乗れなかった。
勇者が死んだあの日から、オレは“灰の流派の継承者”ってだけで、十分だったんだよ」
ナイアは、言葉を失っていた。
偉大な歴史の中にいたはずの者が、今も目の前で鼻をほじっているという現実。
「……じゃあ、アンタはカイのことを最初から……?」
「気づいてたさ。アイツの目は、レイにそっくりだった。
泥まみれで、諦めが悪くて、でも――“まだいける”って顔してんだ」
「セラン……なぜ、彼に直接伝えなかった?」
ロアの問いに、セランはしばし沈黙した。
「……言ってもしょうがねぇだろ。
“お前は勇者に似てる”なんて言葉、足かせにしかなんねぇ。
それに、アイツが“自分の足で立てる”か見たかった」
ナイアがつぶやく。
「……皮肉なもんね。
勇者のスキルは、万能の外れスキルってバカにされて。
でも、千年前の英雄たちは、皆それに助けられてたんでしょ」
ロアは目を閉じて頷いた。
「勇者とは、“すべての可能性を抱えた存在”。
それゆえに、完成しない。未熟で、危うくて……だが、希望そのものだった」
部屋の外では、カイの訓練の声が響いている。
セランはゆっくりと立ち上がった。
「ロア、ナイア。
アイツがどこまでいけるか、オレも見てぇ。
だからこの先、しばらくグレイルに腰を落とすわ」
ナイアも立ち上がる。
「私も。……あのバカ、まだ火球しかまともに撃ててないし。
中途半端を極めるなら、私がちゃんと見ててあげないと」
ロアは静かに笑った。
「我ら三人が揃ったか。
――ならば、勇者の火は、まだ消えていないということだな」
外の空は深く澄んでいた。
遠い過去の英雄たちが眠る空に、三人の“継承者”が静かに語り合う。
その炎は、次の時代へと受け継がれていく。




