第4話 母の死と忘れられた言葉
静かな夜だった。
王城の離宮、その一室には、香の煙がかすかに揺れていた。
白く透き通る手が、カイの髪をそっと撫でる。
「カイ……今日は、どんな一日だった?」
柔らかな声。
病床に伏したリシア王妃の声には、もう力がなかった。
「うん……兄さんたちに、また馬鹿にされたよ。“勇者なんてまやかしだ”ってさ」
カイは無理に明るく笑って見せたが、その手は膝の上で強く握られていた。
「でもさ、母さん。オレ、少しだけ魔法も使えるようになったんだよ。火花、出た。
剣も振り方、前よりきれいって兵士に言われた。……“そこそこ”だけどね」
「ふふ……それで十分よ。カイは、それでいいの」
リシアは、まぶたを閉じて微笑んだ。
「……人は、得意なことだけでできてるわけじゃない。
全部“ちょっとずつ”できるって、すごく難しくて、でもとても大切なことなの」
「でも……みんな、すごいスキルを持ってるんだよ。兄さんたちみたいに。
オレは何でもできるのに、何にもなれない気がする」
カイの声が震えた。
リシアは、力を振り絞ってその手を握る。
「違うわ、カイ。あなたは、“何にでもなれる”の。
剣にも、魔法にも、誰かの希望にもなれる。
……だからね、忘れないで。
“誰かのために動ける人”こそが、ほんとうの勇者なのよ」
カイの目が見開かれる。
そして、涙がこぼれた。
「……うん。分かった。オレ、なるよ。
母さんの言った“ほんとうの勇者”に」
その夜、リシアは眠るように息を引き取った。
王宮では儀礼的な葬儀が行われたが、
その魂を惜しむ者は、意外なほど少なかった。
なぜなら、リシア王妃は第一・第二王子たちの実母ではなく、
第三王子カイただ一人の“民間出身の妃”だったからだ。
冷たい視線の中、
カイは小さな位牌を抱えて、城の片隅で立ち尽くしていた。
「母さん。オレ、間違わないよ。
優しさを捨てるような王族には、ならないって決めたから」




