第9話 第三層・影を喰うもの
第三層は、まるで地下墓所のようだった。
岩肌には古代の紋様が浮かび、天井からは冷たい水が滴る。
(この空気……嫌な感じがする)
鼻腔を刺すような鉄の匂い。
ただの魔物の“気配”とは違う、もっと深いところから這い出た“何か”。
そのとき――カイの足元から影が蠢いた。
「――っ!?」
瞬間、背後から腕が伸びた。
それは“黒煙のような触手”。
実体があるようでなく、だが確かに“喉”を狙ってくる。
(速いっ……! これ、ゴブリンじゃない……!)
触れた瞬間、熱が奪われる。
カイの剣が空を斬った次の瞬間、さらに別の影が正面から突き出された。
「ちっ……避けきれな――」
喉元まで迫ったその“刃”が、寸前で――止まった。
(……え?)
その刹那、辺り一帯が“灰色”に染まった。
「――遅いぞ、カイ」
重低音のような声とともに、影の前に現れたのは――
「セラン……さん……?」
刃を受けたはずの位置に、すでに立っていた。
だがその剣は、相手に触れる前に“影”を霧散させていた。
「お前の気配が、僅かに濁った。察知はしたが……やはり、“魔族”か」
崩れた柱の影に、もう一体の異形が姿を現した。
黒い皮膚、眼のない顔、身体を包む歪なマントのような肉――
「くく……見抜いたか、古の者よ。
だが“勇者の命”はいただいたぞ。復活の儀式の糧とする」
「……“影喰い”のラシュグだな。封印の狭間から漏れ出たのは、お前だったか」
カイは圧倒されて言葉が出なかった。
その存在が、何か“異質な災厄”そのものであることだけは直感していた。
「カイ。よくぞここまで来た。だが、こいつは――お前の敵ではない。
俺が断つ」
セランが静かに構える。
(……剣、抜いた)
いつもは竹刀にも満たない木剣を振っていた男が、
今は鋭く輝く“銀灰の刃”を携えていた。
ラシュグが動く。
影が天井、床、壁から一斉に伸びる。
だが――
「遅い」
その瞬間、セランの剣が全ての“影”を斬り払った。
「な……に……!?」
ラシュグの身体に斜めの切り裂きが走る。
「貴様如きが、勇者に触れる資格はない」
そして、次の瞬間。
セランの一撃が、空間ごとラシュグを裂いた。
静寂。
霧が晴れたあとに残っていたのは、
崩れた肉塊と、なおも凛と立つ“灰の剣士”だった。
「……あれが、魔族……」
震える手を握りしめながら、カイは呟いた。
「ありがとう……助かりました。でも……悔しい」
「悔しさを忘れるな。そして、焦るな。
いずれ、お前自身が“魔族を斬る剣”になる」
セランはカイの肩に手を置いた。
「これは“予兆”にすぎん。
だが、お前がここで倒れたら――この世界は、きっと終わる」
カイはうなずいた。
「……行きます。ミスリルを、手に入れるために」




