第7話 第一層・入り口の静寂
グレイル北部、“黒の樹海”。
その奥にぽっかりと口を開ける、旧時代の廃鉱跡――
そこが、今や魔物たちの巣窟と化していた。
「……空気が違う」
足を踏み入れた途端、カイは喉の奥がきしむような感覚を覚えた。
湿気、土の匂い、血の残り香。すべてが微かに混ざり合っていた。
(セランの“封”があるせいで……五感が妙に鋭くなってる)
そのせいか、薄暗い通路の中にさえ、何かの気配を敏感に察知できる。
第一層。
そこは“空っぽの静寂”が支配していた。
「……いない?」
洞窟のように入り組んだ地形。
だが、ゴブリンの姿はどこにも見当たらない。
(おかしい……遺跡にしては物音がなさすぎる)
足音すら響かない通路を、カイは慎重に進む。
右手にはガルドの試作剣。左手には、彼から託された調律槌。
「……よし、まずは安全に下層への道を探そ――」
その瞬間、
天井から“ぬるり”と、何かが降りてきた。
「――っ!」
反射的に飛び退るカイ。
地面に落ちたのは、長い腕、鋭い爪、緑灰色の肌――
通常のゴブリンとは違う、異様に痩せこけた影。
「……ステルスゴブリン……!」
第一層に“個体指定”で潜む、待ち伏せ専門の奇襲種。
魔物としての知能は低いが、その“気配のなさ”は群を抜いている。
さらに、左右の影が揺れた。
「っち……数、いるじゃねぇか!」
三体――いや、もっといる。
完全に包囲されていた。
(冷静に、落ち着け。数で不利でも、場所を読めば――!)
訓練で覚えた足の運び。
セランに叩き込まれた“軸”と“剣筋”。
まず一体、正面から跳びかかってきた個体を、
半歩外して――背中に回り、剣を一閃。
「っしゃあ!」
後ろから襲いかかった別の一体にも、すぐに反応する。
脇腹をかすられたが、致命傷には至らない。
(これが、“実戦”……!)
追い詰められる中、カイはあることに気づいた。
「……この剣――振りやすい!」
試作剣が、手の動きにぴたりと沿ってくる。
薪を割り、水を運び、積み上げた基礎が、今ここで“生きている”。
「ガルド、ありがとな……!」
最後の一体に斬り込む。
刃が、喉元を真っ直ぐに貫いた。
――静寂が戻った。
「……っは、っは……まだ第一層、か」
血まみれのまま、壁にもたれかかる。
脇腹の傷からはうっすらと血が滲んでいた。
「でも……負けなかった。封があっても、ここまでできる……!」
苦しさの中にある、小さな自信。
カイは立ち上がり、暗がりの奥へ進む。
「よし……第二層に、行こうか」
その背に、また静かな覚悟が宿る。




