第5話 灰の稽古、薪の剣
翌朝。
まだ陽も登らぬうちに、カイはセランに連れられて森の奥へ向かっていた。
「えっと……訓練場じゃないんですか?」
「戦いとは“剣の振り方”だけじゃない。
まずは、体の使い方と、心の磨き方だ」
「うわあ……地味な奴だ……」
ぼやきながらも、カイはセランの背中を追った。
森の中にある、簡素な小屋。
そこには斧、薪、井戸、そして……剣の姿はない。
「今日からしばらく、ここで暮らせ」
「えっ!? 寮じゃなくて、ここ……?」
「甘えた生活では“勇者”は育たん。
お前が本当に戦う覚悟があるなら、生活そのものが修行になる」
カイは渋々頷き、斧を手に取った。
「じゃあ、とりあえず薪割りすればいいんですよね?」
「違う。斧を振る前に――木を“見る”んだ」
「は?」
「節、繊維、湿り気、重さ。
相手がどういう状態か、どういう“斬られ方”を嫌うか、まずはそれを知れ」
カイは目を丸くする。
「……なんか、剣と似てる」
「その通り。剣はただ振るうだけじゃなく、“読む”ものだ」
薪割り、炊事、掃除、井戸水汲み。
剣は一切使わせてもらえなかったが、すべての動作が“型”のように整えられていった。
「はい、今の足の運び、やり直し」
「えっ、今の何がダメだったんです?」
「軸がぶれてる。そんな体で踏み込めば、剣が負ける」
セランは容赦なく指摘を続けた。
一週間が過ぎた頃、カイはある変化に気づく。
「……あれ?いつの間にか……疲れにくくなってる?」
動きに無駄が減り、手元の細かい感覚も鋭くなっていた。
特に剣を握ったときの“重さの通り方”が明確にわかるようになっている。
「お前の剣筋は、ようやく“自分の体”で振れるようになったな」
「ほんとに……剣振ってないのに……」
「だからだ。剣ばかりに頼っていては、“人”の力は育たん」
セランは、古ぼけた木剣を一本、カイに渡した。
「これで、試してみろ。お前の今の“剣”を」
カイは構える。
まっすぐに、一太刀。
風が鳴り、木々の枝が震えた。
「……今の一撃、ちょっとだけ気持ちよかった」
「“剣”がようやく、お前に応えてきた証拠だ」
夜、小屋の外に出ると、森の中に風が吹いていた。
「ねえセランさん、あなた……千年ずっとこうして、人を育ててきたの?」
「……違う。育ててきたのではない。
ただ、待っていたんだ。“誰か”が、現れるのをな」
セランは空を見上げる。
「その“誰か”が、お前かどうか……まだ分からん。
だが、ほんの少しだけ、光が見え始めた」
その言葉が、カイの心に深く残った。




