30話 詰んでるな。
今、タケルの目の前にあるのは美味しそうなショートケーキとミックスジュース。
タケルの中に、とても困ったような感情が湧き上がる。
しかし、タケルには、それが自分の感情じゃないとわかる。なぜならその感情は、
『目の前のショートケーキとミックスジュースを食べても良いのだろうか?』
という迷いだったからだ。
『……俺なら目の前にあるものは躊躇せずに食べちまうなぁ。しかもこのショートケーキとミックスジュースは俺の大好物だもんな。』
タケルは、店の雰囲気、ショートケーキとミックスジュース、そしてそれを持って来た店員さんを見てここが何処なのかわかった。
ま、ショートケーキとミックスジュースを見てわかったと言っても過言ではないが……。
『そうだ!ここは通学路の……カワシゲの近くの喫茶店プレイバッハだ!!』
タケルは嬉しそうにショートケーキに右手を伸ばす。しかし右手はショートケーキを通り抜けてしまう。まるで立体映像のようだ。
『え?』
タケルは、次はもしかしたらと何度もチャレンジする。もちろんミックスジュースにも手を伸ばす。しかし結果は同じ。
遂に諦める事を選択したタケルは、ガクッとうなだれる。
『あれ?』
その時タケルは、もう一つの右手がそこにある事に気づく。その右手は、膝の上に左手と一緒に行儀良く置かれていた。
『……そうか。今、俺は誰かに重なってんだ。そして、ここはその誰かの記憶の中。誰かってのはきっと、結城ヤマトだ。俺が無意識に発動したマト……ゲフン……シカでシンクロした時、あいつの記憶が俺の中に流れ込んで来てたんだ……!』
タケルがマトリョーシカを言えない事は今はどうでも良い。が、そのタケルの考えは正解だった。そして……。
「さぁ、食べて良いのよ。お母様には内緒にしておいてあげるから。」
テーブルの向かいから声がする。
タケルは顔を上げる。
『っ!!……な、何で……?』
タケルは目を丸くして驚く。なんと目の前にいたのは、優しげに笑う……名前のない霊能師だった。
『結城ヤマトは、名前のない霊能師に会っていた……?』
タケルはその後、ヤマトの記憶の前後を見て知る事になる。
一年前の肝試しは、原因が解らず眠り続ける幼馴染の槇村サトリを助けるために結城ヤマトが計画したものだった事。そして、それすらも名前のない霊能師の計画だったかもしれないという事を!!
「……そうか、結城ヤマトは槇村サトリの魂を連れ帰るために夜の学校に……。そして、あの旧校舎3階の女子トイレに彼女の魂があるってヤマトに教えたのが名前のない霊能師ってわけか……」
「おいっ!何だ急に?夢でも見てんのかよぅ?」
タケルはホルマリン漬けの殺人鬼の声で我に返る。
「うわっ!……お、俺、どれくらい意識が飛んでたんだ?」
タケルは慌てて生首のあった棚を見る。が、そこには何もない。
「え?ど、何処行った?」
更に慌てるタケル。
「こっちこっちぃ……。」
ホルマリン漬けの殺人鬼の声。その声は、わざとらしくゆっくりだ。タケルは声のした方に目を向ける。
すると、ヤツの生首は、これまたヤツであろう首の無い男の手に乗っかっている……。
『◯ジンガーの敵にいたなぁ。』
とタケルは思った。
しかし、そんな場合じゃない。ヤツらの足元には、気絶した一年前のタケルが仰向けに倒れている。
「お前が見てなきゃ面白くねぇんだからさ。今からコイツを吸収するってぇのに……。」
生首がそう言った後、首の無い男が足元のタケルを足で小突く。繋がって無いにもかかわらずスムーズに連動している……。
「痛てっ…」
タケルは痛いような気がして小さい声で言った。続けて、
「……お前、一体どうやってそこに?」
タケルは気絶している自分の顔を見ないように用心しながら聞く。
「こうだよぅ。キシシ。」
生首がそう言うと、その長い髪の毛がザワザワと動き出す。そしてその髪が8本の角の様にそそり立つと、蜘蛛の足の様に個々に動き出した。生首は首の無い男の手を這う様に登り、肩から胸へ向かうと首の位置へと腰を据えた。
「はぁぁ。やっっぱりここが落ち着くなぁ。」
しかし、生首は体と繋がっていないようで、少しづつズルリズルリとズレていく。それを髪の毛の足で無理矢理押さえているような感じだ。
「やっぱり足元のこいつを吸収して治癒力に変えなきゃぁ駄目みたいだなぁ。」
そう言った首が座っていない少し歪なホルマリン漬けの殺人鬼は、足元のタケルのTシャツの首のあたりを片手で掴み持ち上げる。
その際にタケルは、顔を見てしまいそうになる。
「っ!!」
急いで顔を背ける。
「え?何だぁ?」
ホルマリン漬けの殺人鬼はタケルのその動きを気にするように言った。
タケルは慎重に顔を戻すと再びホルマリン漬けの殺人鬼の方を見る。彼に持ち上げられたタケルは、こちらに後頭部を向けていた。
「ふぅ。」
とりあえず安堵の溜息を吐くタケル。
ホルマリン漬けの殺人鬼はそれを見て奇妙に思い、気絶しているタケルの肩を両手で掴むとタケルの方へその顔を向ける。
「うわぁぁっ!!」
再び目を逸らすタケル。ホルマリン漬けの殺人鬼は面白そうに気絶しているタケルの顔をまた自分の方に戻す。
「や、やめろよな……。」
寿命が縮まる思いのタケル。
「キシシ。」
ホルマリン漬けの殺人鬼は、またタケルの顔をタケルに向ける。
「ギャー!」
自分の方に戻す。
「やめろって……。」
向ける。
「ウゲー!!」
戻す。
「もーーっ!やめろって言ってんじゃねーーーーーーかっ!!」
いい加減怒鳴るタケル。
「……キシ……キシシ。そっかぁ。そう言う事かぁ。」
気味の悪い笑い声を響かせるホルマリン漬けの殺人鬼。
「な、何がだよ……。」
強がるタケル。しかし内心かなりビビっている。
そんなタケルにホルマリン漬けの殺人鬼は鋭い眼光を向け少し低めの声でこう言った。
「ドッペルゲンガー……だろ?お前は未来から来たコイツだ。多分だけど、コイツが俺に吸収されるのを阻止しに来たなぁ?けど、コイツの顔を見たら消滅。助けられなくても消滅。詰んでるな。キシシ……。」
「…………。」
最悪だ……。その通りで何も言い返せない……。
「さぁ、どっちで消滅したい?キシシシシシシシ……!!」
ホルマリン漬けの殺人鬼は邪悪に笑った……。
「や、やべーーっ!ど、どうしよう?どうすれば良い??」
タケルは焦る。魂であるにもかかわらず、額には玉のような汗。それが顎から床に滴り落ち、水たまりを作っていく。
「!!」
その時、タケルは気絶したタケルとホルマリン漬けの殺人鬼の後ろに扉がある事に気付く。
扉にはめ込まれたガラスから向こうの教室が覗く。
理科室だ。その扉は理科準備室と理科室を繋ぐ扉だった。
タブレットくらいの大きさのガラスの向こうに見えていたのは、人影。
いや、タケルにはそれが人ではない事は分かっていた。それは左半分が筋肉むき出しの人形。
そして、タケルは知っていた。
その人形がただの人形ではなく、動くという事を。
それは人体模型。ツクモガミを胃に宿す。夕暮小学校七不思議の一つ。都市伝説、動く人体模型なのだ。タケルは親しみを込めて彼が付けたアダ名を叫んでいた。
「助けてくれよっ!ジンタ〜〜〜〜ンッ!!」




