31話 扉の向こう
「ん?何だ、隣の理科準備室が騒がしいな……。」
ここは理科室。人体模型が独り言を呟いている。彼はしばらくの間、隣の騒動には我関せずを貫いていたのだが……。
「しかし、さっきから何度も何度も呪文のように叫んでる言葉は何だ?なんちゃらタン、なんちゃらタンて……?うるさくて眠れやしねぇ。」
扉の向こうの理科準備室からは、何度もジンタンを呼ぶタケルの声が聞こえる。
「……タンッ!なぁ、聞こえてんだろジンタン!ジンタン!ジンタン!ジンターーーーンッ!!」
「っさい!!うるさいうるさいうるさいうるさーーーーーーーーいっ!!!」
人体模型の瞳に怒りの感情が浮かぶ。
ドーンッ!!!!
乱暴に開けられる扉。
扉の向こうから流れてくる瘴気のスモーク。
そして、そのスモークの中を一歩づつ進みながら徐々に理科準備室側に姿を現わす動く人体模型。
「な、何だぁ、お前はぁっ!!」
いきなり現れた動く人体模型に驚くホルマリン漬けの殺人鬼。しかし素早く気持ちを切り替え、今度は鋭い目つきで動く人体模型を威嚇する。
そんな状況の中、最初に口を開いたのはタケル。
「ジンタ〜〜〜〜ン!来てくれたんだなぁ。」
頬を赤らめ、うっすら涙を浮かべながらタケルは動く人体模型に向けて笑顔を浮かべる。
「は?ワシはお前なんか知らんぞ。……さっきからジンタンジンタンとうるさい人間の魂っ!!これ以上うるさくするならお前から殺してやろうか!!」
タケルを見る動く人体模型の両目がギラリと光る。
「ゔぅーっ!こえー!!(笑)」
嬉しそうなタケル。動く人体模型の圧に比べ、非常に軽い態度を見せるタケル。
「舐めてんのか人間っ!!ワシが、この体の隙間に髪の毛を詰めた身の程知らず共をどうしてやったか、知らんはずはねぇよなあっ!!」
怒りのゲージが見えたなら、動く人体模型のそれはMAX状態だったろう。しかし、タケルはMAX動じる気配を見せない。
「知ってるに決まってんじゃねーか。全員連れ去られて戻って来なかったってヤツだろ?ま、それが嘘だって事も知ってんだけど……。」
笑顔で答えるタケル。すると、動く人体模型は急に慌て始める。
「な、何を言うっ!貴様、ワ、ワシを愚弄すると言うのかっ!!」
「いやいや、俺、ジンタン本人から聞いたんだぜ?」
「う、嘘をつくんじゃないわいっ!ワシは話してない!そもそも貴様に会った事など一度もないんだからなぁっ!!しかもジンタンって何だ!?ワシをそう呼ぶんじゃないっ!!」
どうやら動く人体模型も、自分がジンタンと呼ばれていることに気付いたようだ。
「何でだよっ!良いじゃん。これで慣れてるし。それに、一年後にはそう呼ばれるんだからよ!」
「一年後?何を言っている!何年経とうが、ワシは人間なんかと馴れ合うつもりはないわ!!」
「へー。」
意味深に笑うタケル。
パチパチパチパチ。
やる気のない拍手が数回。
「いやぁ、面白い見世物だねぇ。もしかして、路地裏の壁に向かって練習でもしてるのかぁ?」
ホルマリン漬けの殺人鬼だった。
「面白いからずっと見ていたかったんだけどさ。こっちにも予定があるんだわぁ。」
嫌味な言い方。
「「何だぁっ!!」」
怒声。タケルと動く人体模型がハモり、ホルマリン漬けの殺人鬼を睨みつける。
「あっ!ヤバっ!」
タケルは一年前の自分がホルマリン漬けの殺人鬼の手中にある事を思い出し、慌てて視線をずらす。
その時。
スゥー。
呼吸をするような音。タケルの耳にも届く。
それは動く人体模型から聞こえた。
すると、
「う、うわぁっ!な、何だこれっ!!」
突然ホルマリン漬けの殺人鬼が叫ぶ。
ヤツの、一年前のタケルを掴む手首にツーと線が引かれる……。
ドサリッ!
ホルマリン漬けの殺人鬼の手首が線の部分で分断され、一年前のタケルと共に理科準備室の床に落ちた。
「なっ!人間すらビビらせられない弱小都市伝説が、一体何しやがった!!」
失った手首のあたりを押さえながらホルマリン漬けの殺人鬼は言った。ヤツの眉間には、怒りで深くシワが刻まれる。タケル達には、その表情は長髪から僅かに覗き見ることしか出来ない。しかし、それでも怒りがかなりのものであることはわかる。
「はっはっは!お前、ジンタンを見くびったな。」
タケルはわざとらしく笑った。
「何?」
ホルマリン漬けの殺人鬼はタケルを睨む。
タケルは続ける。
「確かにジンタンは人間に危害を加えるような悪い都市伝説じゃねぇよ。」
「なっ!ワシは人間などゴミとしか……」
動く人体模型は何か言おうとするが、タケルの言葉に制止される。
「……でもなぁ、ホルマリン漬けの殺人鬼っ!ジンタンの力は、都市伝説に対しては絶望に値する力なんだぜっ!!」
ビシッとホルマリン漬けの殺人鬼を指差し、タケルは決めポーズで言った。そして、
「サンキュー、ジンタン。お前のおかげで一年前の俺の顔を見ないで済むぜ!」
ホルマリン漬けの殺人鬼の足元、一年前のタケルはうつ伏せになって倒れていた。
「ん?何の事だ?」
「……そうか!今のジンタンには自己紹介がまだだもんな。」
タケルはそう言うと気絶している一年前のタケルを指差し、
「俺は、御堂タケル。幽体離脱して未来から来た、そいつなんだよ。」
と説明する。動く人体模型は、その少ないヒントで状況を理解すると、
「なるほど。で、過去の自分を助けようとしていたが、ドッペルゲンガーの法則で消滅するのを恐れて手が出せなかった……という訳か。」
と言った。
「そうそう。だから、ジンタンがそいつをうつ伏せにしてくれて助かったって訳っ!!」
そう人懐っこく話しかけてくるタケルに、
「……偶然だ。人間なんか助けるかよ。」
動く人体模型は素っ気なく言った。
「釣れねーなぁ。ジンタン。」
タケルは悲し気な声色を使っているが、笑顔だ。
動く人体模型はハァとため息を吐き、諦めに似た表情を浮かべると、タケルにこう声をかける。
「まぁ良い。おい人間、ドッペルゲンガーを気にする必要も無くなったんだ。ワシに従え!あの礼儀知らずを叩きのめすっ!!」
「良いぜジンタン。共闘といこうじゃねーか!」
タケルは指をポキポキと鳴らした。
やる気に満ち溢れるタケルに、動く人体模型はこう言った。
「……で、どうやって倒すんだ?未来から来たんならわかるだろう?」
「え?」
動く人体模型……ジンタン頼みだったタケル。まさかのノープラン……。
iPhoneから送信




