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起号作戦  作者: 俺氏
第四章 激闘
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第十六話 眼下

 日本軍が米軍の増援を知っていたこと、そして艦隊が予定の倍近く移動に時間がかかったのには理由があった。艦隊が遅れたのは本来護衛空母と護衛数隻の予定が途中合流するかたちでどんどんと増え正規空母や増援地上部隊を含む大艦隊になったということもあった。米軍も茂尻を訓練場とは思わず、本気で戦うべき戦場と考え始めていた。

 一方の日本軍も茂尻の勝利に沸き、可能な限り長期に亘って島を維持できるよう本土防衛に支障が少ない範囲で最大限の支援をするとしていた。それが日本軍側の増援部隊だった。その中には生き残っていた日本軍潜水艦隊の一部も含まれていた。


 伊二〇六は茂尻兵団第十艦隊へと派遣され、周辺の哨戒任務に就いていた。伊二〇六は潜高型として設計された艦で、水中を約十七 (ノット)の速度で航行できる高速潜水艦だった。

 艦橋に設置された二二号電探が艦影を捉えたのは茂尻東方を哨戒していたときだった。

 「電探に感有り!十一時方向、大型艦多数!」電探を操作していた兵士が報告した。

 「急速潜航!」伊二〇六艦長須藤少佐が命じた。幾ら高速とはいえ所詮は潜水艦、見つかればただでは済まない。尤も、米軍の対潜能力を考えればそう差は無いのかもしれないが。

 「きゅーそーくせんこー!」副長が復唱し、各部署へと伝わっていった。甲板では艦員が急いで艦内へ入り艙口――ハッチ――を密閉する。全艙口が密閉されたのを確認し、「深度七十、進路〇-七-〇。」と艦長が言った。「深度七十、進路〇-七―〇、宜候。」次いで操舵長、操舵手と復唱し、艦が潜航を始めた。

 「深度七十、ツリムよし、進路〇-七―〇、宜候。」今度は先程とは逆順に復唱されていった。艦が水平へと戻り、九三式水中聴音機の示す方向を元に敵艦隊を伺える位置へと向かう。

 「潜望鏡上げ。」おおよそ敵艦隊の横に差し掛かった辺りで潜望鏡を上げるよう指示する。水中聴音機では艦種といった情報どころか其距離すら分からず、三式水中探信儀でも敵艦の艦種は分からない上に自分の位置を晒すというおまけ付きだ。伊二〇六の任務は哨戒。攻撃するしないはともかく、敵を警戒し、情報を探るという本来の任務は果たさねばならない。

 潜望鏡を覗き、辺りを見回す。北の方向――方位〇―八―五の方向に敵艦隊はいた。ざっと見たところ空母や輸送艦もいる。そして、最後方には戦艦さえいた。

 改めてじっくりと艦隊を見る。空母は正規空母だ。形状からしてエンタープライズだろう。戦艦は随分と新型のものに見える、アイオワ級か。だが何であれ地上部隊にとってみれば巨砲であることに間違いはない。そしてそれ単体なら我々からしてみれば鴨でしかないことも。輸送艦は死角に隠れた艦がいない限り三隻か。あれが全て上陸するとなれば脅威だ。視線を少し横に向ければ駆逐艦の姿が目に入ってくる。我々にとってみればこいつの方が脅威だ。見える範囲で八隻、軽巡と合わせて十隻程か。あれに追いかけられれば生きては帰れまい。攻撃するとしたら、その後全速で逃げなければ。

 「敵艦隊に攻撃をかける。魚雷戦、用意。」副長が復唱し、艦が慌しく、だが静かに動き始める。目標は敵戦艦。あの巨砲が撃ち込まれればどんな施設も吹き飛んでしまう。飛行場にでも撃てばそれだけで航空隊は稼動不能になる。

 「方位〇-〇-〇へ回頭、目標敵艦隊後方の戦艦、四秒間隔で四本発射。」各部へ命令が伝わり、艦首が敵艦隊の方を向き発射管に魚雷が装填された。

 「発射管に注水。」前扉が開かれ、水で発射管が満たされる。

 「発射!」命令の直後、圧縮空気の音が四度響いた。緊張の瞬間だ。果たして。

 少しして炸裂音が二度鳴った。しかし、一度目と二度目には二十秒程差があった――恐らく手前にいた駆逐艦に命中したのだろう――。

 「前進一杯!二-五―〇!深度七十!」副長が復唱し、艦内が慌しくなった。艦が傾き、より深く潜っていく。あまり電池に負荷をかければ塩素が発生したり最悪電池が吹っ飛ぶ可能性すらあったが、そんなことをいっていると爆雷で吹っ飛ぶ。今はなりふり構ってはいられない。

 前進一杯を出しているため水中聴音機は役に立たない。探信儀は潜航の意味が無くなる。そのため現状敵艦がこちらを発見したかが分からない状態だ。幾ら機関一杯約十七節で航行しているとはいえ水上艦には劣る速力である以上発見されているのなら直ぐにでも追いつかれる。なら安全圏を待たずに敵発見の報を打電しなければならない。

 ・・・もうそろそろ撒けただろうか。「両舷停止。」操舵手が復唱、艦が減速していった。「聴音班、周囲の状況はどうか。」周囲に敵艦らしき音は確認されないとのことだ。少し思案した後須藤は浮上をすることにした。全力航行をしたせいで電池残量が少ない。また、敵発見の打電もしなければならない。

 一度潜望鏡深度につけ、周囲の安全を確認する。聴音員からの報告はあったものの、念には念を入れて損は無い筈だ。潜水艦は最大の武器である隠密性が失われれば脆いのだから。とはいえ仮にこれで敵を発見したところで最早電池残量は無いに等しく、無音潜航でやりすごす他無い。しかも艦内は気温五十度にもなり、酸素濃度も薄くなってきているためそれすら些か厳しいものがある。

 ただ、幸運なことに敵艦の姿を確認することは無かった。須藤は完全な浮上を命じた。

 鉄の鯨が海面を割り、姿を現した。艙口が開かれ新鮮な空気が入ってくる。漸く人心地がついたといったところだろうか。

 須藤は司令部へ敵発見及び敵戦艦、駆逐艦に魚雷一を命中させたことを打電するよう命じた。


 此報告は直ちに司令部へ届けられ、今後の方針を検討する上で重要な判断材料となった。そして議論の結果、攻勢に出、現在島に存在している戦力を漸減させる方針を採ることになった。

 また、この時点で日本軍は知る由もなかったが、この時米戦艦に命中した魚雷は推進部を損傷させており、駆逐艦一隻を護衛として退避することとなった。これに因り魚雷命中で沈んだ駆逐艦一隻と合わせて戦艦一、駆逐艦二の戦力を失った。更に、艦隊はこの雷撃により敵潜への警戒を強めなければならなくなり、水中聴音精度向上の為に若干の減速に加え之字運動を不規則に行ったため速度がかなり落ちた。

 米艦隊のそれは明らかに過剰であった。確かに敵潜を発見できなかったがために、ともすれば戦艦を失う可能性すらあったことを考えればあるいは妥当かもしれない。ただそれならばどちらかだけで十分だろう。この対応には政治的理由が絡んでいた。

 米軍はもう人命を失うわけにはいかなかった。既に欧州での戦いには終止符が打たれ、太平洋方面についても直に終わると喧伝されている以上あまりの損害には米市民からの反発を招く。そしてこう言い始める者が出てくるかもしれない。「有利な条件での講和でいいから早く戦争を終わらせろ。」と。

 米国は国民感情に左右される国であり、若し厭戦気分が広まれば最悪目前に迫る完全勝利を捨てて条件付き講和という選択を強いられる可能性すらある。そのため政府が軍に求めたのは完全なる勝利であった。しかし、日本を下したその先――共産主義との戦いを鑑みたとき、実戦を経験したことがある人間は少しでも多いほうが良い。そう思っての新兵投入が裏目に出た以上、もう「失敗」は許されない。そう思っての過剰対応であった。

 正義の為と謳ったこの戦争は完全勝利以外有り得ない、いや有り得てはいけない。だが最後の最後に生じた齟齬。果たして。

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