閑話 光明
葉月十九日 帝都上空
どこまでも澄み渡った空は戦争をしていることを忘れさせるほどの美しさだった。だが迎撃機という立場で見ると接敵できなかったという可能性が減る一方で、いざというときに逃げ込める雲が無いと評せる空だ。
小寺は雷電二一型を駆り、帝都へ接近しつつあるという爆撃機の迎撃に向かっていた。最近は本土決戦の為に戦力温存として迎撃も低調になり――それが無くても飛ばす燃料が足りなかったが――なされるがままであったが、本土決戦も間近になり再び迎撃に上がるようになった。
とはいえ、決めたからといって敵機を墜とせるかといえばそうではない。日本軍にはもうかつてのような精鋭達は殆どいない。自分だって実戦経験はたったの一度だ。その一度とて墜とされないようにするのが精一杯、敵機撃墜など到底できなかった。幾度か訓練はしたがどうだろうか。
敵機が見えた。だがその編隊が近づいてくると小寺は違和感を覚えた。遠目で見る限り爆撃機は六機。別にそれはいい。だが問題なのは護衛機の方だ。二十機、いや三十機はいる。明らかに過剰だ。
「あんなのどうすればいいんだ・・・。」思わず呟いた。護衛機を何機墜としても意味は無い。だがあれを突破し爆撃機へ攻撃するのは至難の技だろう。おまけに高度は向こうの方が優位。果たして生きて帰れるだろうか。
絞り弁――スロットル――を目一杯にたたき込む。敵も此方に気付き、直援機が降下してきた。迫ってくる敵機に向け、機関砲を撃つ。だがそれは飽くまで邪魔をさせないため。撃墜を期待したものではない。そのため放たれた弾は敵機に当たる事こそなかったが正面に立ちふさがろうとした敵機を追い払うことには成功した。
敵機と機銃の雨を潜り抜け、爆撃機へ迫る。だが今度は旋回機銃が再び雨を降らせた。何とか狙いを定め、撃った。しかしその弾は胴体に穴を開けただけで撃墜には至らなかった。
右旋回し、先程躱した敵機からの攻撃を避ける。すぐさま二機に追尾された。右旋回すると見せかけ左旋回で後ろを取ろうとするも一機振り切れなかった。だが正面に捉えた一機へすかさず機関砲を撃つ。太い火線が敵機の翼を叩き切った。間髪入れず踏み棒――フットバー――を蹴飛ばし攻撃を避ける。
「数が多過ぎる!」思わず叫ぶ。護衛機は零戦が引き受け、雷電隊は爆撃機に専念するはずだったが既に其は崩壊していた。零戦隊全機が護衛機と戦闘していたが、それでも尚敵には余力がある。質ですら既に上回っている米軍相手に数の差を覆すなど最早不可能に近い。
だがそれでもと攻撃をかわし何とか爆撃機へ迫ろうと試みる。機体を横滑りさせて後方からの銃撃を回避しつつ接近する。少し近づいただけで旋回機銃が洗礼を受けさせてきた。いやに良い精度で狙ってくるためうかつに近づけない。だが無理矢理近づき銃撃を浴びせる。機体を銃弾が叩く。だが敵機は平然と飛んでいた。今度は敵弾が機体を叩いた。一度高度を下げ、もう一度突っ込む。直援機が撃った銃弾が風切り音を鳴らして通り過ぎた。
先頭の機に狙いを定める。降りしきる雨を掻い潜り敵機左翼の発動機へ弾を叩き込んだ。二発とも黒煙を吹き片方からは火も出た。そしてその機は支えていたものが無くなったかの様に高度を下げていった。どうにか高度を保とうと四苦八苦している様に見えるが、それはただ降下角度が多少緩やかになった程度だった。
直後、激しい振動が小寺を襲った。敵戦が通り過ぎていったことから撃たれたのだろう。仇討ちのつもりか。幸い負傷はしていなかったが、右の補助翼は無くなり、踏み棒はいくら押しても一切の反応を返さなくなった。尾翼がやられたのだろう。操縦桿を思い切り左に倒し右に傾いていた機を左に傾け、旋回する。昇降舵の損傷は少ないようだ。だが此ではもう戦えない。最期に一機道連れ、と思ったが奇妙なことに敵編隊は機首を翻して逃げ出そうとしていた。護衛機からの攻撃も散発的になりつつあり、引き上げ始めであった。
「何だ・・・?」其思考は機体が激しく振動したことで現実に引き戻された。回転計の針が振れ、出力が落ち始める。少しすると振動は落ち着いたが回転計は安定しない。何時その針が零を指してもおかしくない。
ゆっくりと機を飛行場へ向け、出力を絞って負荷を減らし、気を抜けば下がろうとする機をなだめつつ帰途に着いた。
小寺はその後墜落することなく飛行場へと帰還した。小寺が損傷させたB-29は爆発することもなく不時着した。機体の鹵獲は戦闘及び不時着時の損傷に因り不可能、乗員も近隣住民の私刑に因り、本来生存者は三名だったとのことだが警察が保護した時には一名しか残っていなかった。だがその一名の情報を元に機体を調査――損傷していない機銃などは使うことだできる上、機体その物も貴重な鉄資源になるため元々される予定であった――したところ驚くべきものが見つかった。慌てて周囲一帯を憲兵隊が封鎖、直ちに中央へと情報が伝えられた。何故ならそれは戦争の結末をあるいは変えてしまうような代物だったのだから。




