第十四話 議論
蛙根陣地の戦いで米軍は大きな損害を蒙った。それはどう見ても明らかだった。戦闘翌日に一〇〇式司偵で偵察を行ったところ、米軍は後退を始めており、既に米軍最後尾との間に空白地帯が出来ていた。進行方向から予測するに、目的地は敵拠点となっている豊芖良窠村――日本軍が夜襲した村跡――。流石に殿が時間かせぎとして残る等はあるだろうがこのままでいけば蛙根陣地から豊芖良窠村までの一帯が丸々空白地帯となることになる。これを知り、司令部で意見が出た。今こそ攻勢に出、敵に更なる打撃を与えるべきだ、と。
「敵は大打撃を蒙り、既に彼我の間に空白地帯が発生している。これを好機と呼ばずして何と呼ぶ!直ちに部隊を編成、攻勢に出て敵に更なる打撃を与えるべきである。敵に打撃を与えることが、引いては島を長期に亘り維持することにつながるのだ!」会議が始まるや否やまくし立てたのは参謀の小澤中佐だ。彼は縦探防御と陣地を組み合わせたこの戦法に心の底から賛成はしていなかった。自軍が米軍と正面からぶつかるとどうなるのか。またこの戦法が出した成果はどうか。彼はそれらを知っていたし理解もしていた。然し、彼からしてみれば殆ど逃げ回っているようにしか見えないこの戦法に乗り気ではなかった。
「いや、ここは蛙根陣地の強化及び戦力の建て直しに務めるべきだ。先の戦闘で航空隊との連携、空襲時の脆弱性等、蛙根陣地の問題点も明らかになった。これらを改善し、来るべき攻撃に備えることこそ急務である。」そう反論したのは作戦参謀元田中佐だ。茂尻防衛の作戦を考えたのは彼であり、米軍との正面戦闘は極力避けるべしという彼の持論からしてみれば攻勢に出るなど言語道断であった。
「私も作戦参謀の意見に同意する。先の戦闘において我が軍は少なからず損耗している。今為すべきはその補充である。また、参謀は攻勢に出るべきと言っておられたが、その兵力はどうするおつもりか。北部にいる部隊では十分な数を揃えられませんぞ。まさか南部にいる部隊を投入する気ではあるまい。任務に十分な数を移動させるということになると一朝一夕ではできませんぞ。」後方参謀徳岡中佐も此に同調した。今迄の戦いと比べれば数十、数百倍補給態勢は良いもののそもそもの数自体が劣っており、また兵器の質も客観的に見れば――それを認めるのは屈辱であったが――決して米軍に勝ってはいない。後方支援を担う彼はその観点から攻勢に出るべきではないと思っていた。
「今攻勢に出ないということは即ち敵に立ち直る隙を与えることになる。それを考えれば、移動の手間など何程のものか。今この瞬間とて、米軍は増援を送り込もうと画策し、或いは艦隊が既に向かっているかも知れない。今攻勢に出て敵兵力に打撃を与えねば、蛙根陣地とて持ちませんぞ。それに、増援部隊をもってすればその数は十分に事足りるであろう。」小澤が反論した。
「増援に対し随分と期待しておられるようだが、帝都でさえその兵力は決して十分といえない状況下で此これ以上を望むのは些か筋違いというものでは?」徳岡が言った。
「貴官は、送られてくる部隊が羊頭狗肉だとでも言いたいのか?」
「全てが全てそうだとはいえないが概して見ればそうだろう。歩兵四〇五連隊がいい例だ。今でこそ使える部隊だが、配属当初は小銃さえ持たない兵がいた程なのだぞ。その他の部隊とて錬度は足らず、加えて今はそういった部隊を訓練する時間も無い。それを鑑みれば一概に違うと断ずることもできなかろう。」元田がこれに答えた。どちらの意見にも理があるだけに、議論は平行線の様相になりつつあった。とその時、茂尻兵団――茂尻に配備された部隊をまとめてそう呼んでいた――兵団長宮地中将が口を開いた。
「攻勢に出るも、守りを固めるも、共に利点がある。だが、双方――特に攻勢に出るのなら航空兵力に不安が残る。坂尾中佐、陸海軍の航空隊は攻勢に出、その後あるであろう反撃に耐えうるのか?」宮地が気になっていたのはそこだった。幾ら優勢な陸戦兵力を以て攻勢に出たところでそもそもが劣っており、敵に増援があれば瞬く間に蹴散らされる。航空隊に地上部隊を支え、攻撃を凌ぎ切れる力があるのか。
航空参謀坂尾中佐が答えた。「はっ。陸軍航空隊は昨日の戦闘で戦闘機隊を損耗しており、現状では任務遂行上問題ありませんが、敵増援に航空兵力が含まれていた場合、制空権の維持に不安が残ります。海軍航空隊に関しては損耗も少なく任務に耐えうると思われます。然し、陸攻の多くを占める銀河は爆弾搭載量が陸軍の重爆に劣るため対地攻撃力に不安が残ります。また、敵上陸時に行った敵機動部隊への攻撃に因り其数も減少しています。因って制空を海軍、対地攻撃を陸軍と分担することを提案します。」
「それでいい。梅村中佐、蛙根陣地の修復をするとして、どれ程かかる?」今度は築城参謀梅村中佐に尋ねた。
「大破した車両の移動、交代、歩兵陣地の修復などで、推定二日程必要です。然し、現行の陣地では所在が既に米軍の知るところとなっていますので、事前の砲爆撃を受ける可能性が高いでしょう。因って、陣地を後方へ移動させるべきと提案します。この場合、現在の様な多数の塹壕を構築することこそ不可能ですが、森林内へ主力を配置することに因り、反撃に因る損害が少なくなることが見込まれます。仮にこれを実行するとなれば――」「そのような事をすれば陣地が弱体化するだけだろう!事前の砲爆撃など、こちらから先手を打って防げばよい!」小澤が梅村の発言を遮り、強い口調で言った。確かに、蛙根陣地が守り切れたのも塹壕に依り中央の隊が持ち堪えられたためというのが大きい。それを捨てるのは小澤にとって自殺行為にも等しいように思えた。
「小澤中佐、貴官の意見もよく分かる。だが、過去多くの兵が艦砲射撃と空爆で死んだことは知っている筈だ。」
「っ!」言葉に詰まった。彼が知っていながら目を背けていたことを言われ、何も言い返せなかった。
宮地中将は改めて梅村中佐のほうを見、「続けてくれ。」と言った。
「はっ。陣地の移動を仮に実行するとすれば、少なくとも一週間は必要と見込みます。」
「それ仮定はどれ程の人数を投入した計算か?」
「蛙根陣地守備隊の一部と、工兵隊ですから、三個大隊程です。」
「分かった。・・・仮に半分の人員でやれば、工期は二倍と考えてよいか?」
「単純計算ですとそうなりますが、三倍以上ということはありません。」
「分かった。元田中佐、攻勢に出るのは、本当に、不可能か?
「・・・航空兵力に関しては、予定されている増援が到着すれば問題はないと思われます。無論錬度は劣るため完全に元のままにはなりませんが、攻勢にも、其後反撃を受けた場合でも耐えられるだけは確保できます。問題は陸戦兵力です。増援こそありますが、強固な抵抗が予想されます。其ため、戦力の消耗に因り万一米軍の完全な排除に成功したとしても、再度の侵攻に耐えられるだけの戦力を保持できないと思われます。」
「そうか・・・。参謀長、君はどう思う。」宮地はあまり発言していなかった参謀長日笠大佐に意見を求めた。
「私は攻勢案に賛成します。確かに、作戦参謀の言う危険もあります。ですが、天佑とも思わせる敵航空兵力、陸戦兵力双方の壊滅という好機、この機を逃せば我々は恐らく二度と攻勢に出ることはできないでしょう。万一、増援を受け敵が反撃に出たとしても、その兵力は攻勢に出なかった場合に比べ弱体化します。陣地の移動は大人数でなくとも可能な筈です。ならば、ここは攻勢に出るべきです。」彼は攻勢派であった。其意見を聞き、宮地は暫く考え込んだ後、結論を口にした。
「蛙根陣地強化は重要である。然し、今後我が軍は攻勢に出る。最大の脅威である米航空兵力無き今、敗走しつつある米軍を見す見す逃すわけにはいかない。だが、米軍が要地としている豊芖良窠村跡を最終目標と定める。それ以東への進撃はしない。無論状況に因ってはこれを覆す場合もあるが当面はそこを終末点と定める。窮鼠は猫を噛む。而も、我々はそれで終わりではないのだ。過度の進撃は慎むべきだろう。空爆に因る損耗を避けるべく陣地移動も可能な限り実行せよ。だが、優先すべきは攻勢に出ることである。以上だ。」選ばれたのは攻勢案だった。
以後、日本軍は攻勢への準備を整えていった。積年の恨みを晴らさんとばかりに。だがこれは賭けであった。成功すればかなりの損害を与えられる。しかし、手酷くやられてしまえば自ら死期を早めることになる。果たして、伸るか反るか。




