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起号作戦  作者: 俺氏
第四章 激闘
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第十三話 空挺

 蛙根陣地の偵察機が敵本隊発見を報じた頃、陸軍第一飛行場の電探が敵編隊を捉えた。大型機を含むとのことから爆撃隊であると判断された。この報告を受け、航空隊長は蛙根陣地の支援を断念、海軍航空隊に任せるとし、司令部にその事を伝えた。と同時に全戦闘機隊へ迎撃命令を下した。

 

 五分後、茂尻沖上空

 坂口二飛曹は愛機四式戦疾風一型甲を駆り敵編隊を目指していた。迎撃隊にいる隼隊のことを考えて高度は限界まで高くはない。万一爆撃機がB-二十九――ほぼそうと決まっているに等しいが――でありかつ高高度爆撃をしかけてきたのなら、迎撃はかなり難しくなる。尤も、電探に拠れば低空度らしいのだが、味方の電探程迂闊に信じると痛い目をみるものはない。少し疑ってかかった方がいいだろう。

 少し飛ぶと、前方に光点が見えてきた。状況からして敵機に間違いない。電探で得た情報通り、高度は高くなく、こちらより下だ。確実性を求めたのか、迎撃は大したものではないと思っているのか、敵は低高度爆撃を選んだらしい。

 「空母二隻じゃ学べんか。」小さく呟く。訓練すらまともにできず、特攻しか能がないにも等しかった以前の我々と同じに見てもらっては困る。十分に訓練を積み、実戦も経験しているのだ。まともに戦える能力はある。

 遠目に見ると敵編隊は然程大規模ではなかった。護衛もそう多くない。やはりB-二十九だった。然し、B-二十九ではない中型機がいるのが気になった。新型なのか、はたまた別の何かなのか。

 「全機、攻撃せよ。」隊長から通信が入る。操縦桿を前に倒し、水島小隊長に続き急降下を始める。敵も気付いたか直ぐ護衛がこちらへ向かってきた。一旦下方へ逃げた機と半分程か。しかし高度の不利はそう簡単に覆らない。

 上昇開始直後で速度が遅くなった一機の発動機に狙いを定め、発射。二十粍の直撃に耐えられる筈もなく、敵機は爆発した。坂口は次々と来る敵機の火線を避けつつ、本命の爆撃機に狙いを定める。狙うは左翼機体側の発動機。だがそう易々と敵も狙いを付けさせはしなかった。敵直援機を突破した直後上部旋回機銃が一斉に迎撃を始める。幾ら四式戦といえど二十粍は脅威である。増してや一式戦にとってなら当たりどころが悪ければ数発で爆散する可能性さえあった。が、その程度で怯みはしない。

 十分に引きつけ、撃つ。さしものB-二十九とはいえ、発動機に二十粍を何発も喰らえば無事ではいられない。発動機が火を吹き、やがて爆発した。左翼が折れ、敵機は急速に高度を下げていった。

 そのまま敵編隊下方へ抜ける。直ぐさま下方へ退避した敵機が二機、九時方向から向かってきた。銃撃を旋回で躱し、思いきり操縦桿を引き上を取る。操縦席に狙いを定め、十二・七粍を撃ち込む。操縦者を失った敵機は次第に高度を下げていく。

 一機撃墜を見て直ぐ回避行動に移る。撃墜した敵の僚機に後ろを取られたからだ。急旋回で振り切ろうとするが敵はついてくる。敵の銃弾が数度胴体を叩いた。幸い操縦系に損傷は無かったものの、そうなるのは時間の問題に思えた。

 然し坂口は諦めなかった。空戦では諦めた方に死が訪れるのだ。銃撃を避け、何とか敵機から逃れようとする。敵とて直援の役目を捨ててまでこちらを追いはしない筈だ。

 この時、坂口を追っていたP-五十一の操縦士は幾つかの失敗を犯していた。坂口を追うのに夢中で爆撃隊を守るという本来の任務を忘れていたこと、日本軍機と格闘戦をしたこと、そして、周辺警戒を怠っていたこと。彼とて自分が深追いしていることは薄々分かっていた。然し、仲間を失ったことで頭に血が昇ってたのだ。

 坂口を追っていた敵機が上方から多数の銃弾を受け、爆発した。水島と桑名二飛曹が助けてくれたのだ。

 迎撃隊の編成は一式戦と四式戦、二式双戦、五式戦である。この内、敵直援機P-五十一に対し一式戦と二式双戦は分が悪く、余程の者でなければ一方的にやられる可能性が高い。二式双戦なら一撃離脱を繰り返せば或いは損害を与えられるかもしれないが、犠牲のほうが多いだろう。そのため、敵直援機には四式戦、五式戦が当たることとした。だが、二式双戦は兎も角として、一式戦ではB-二十九に対し火力、防衛力共に不足しているため、四式戦の若干数を爆撃機攻撃に混ぜた。水島小隊はその若干数であった。

 再び上昇を開始して直ぐに尾部や下部の旋回銃が此方を狙い始める。小刻みに機を動かし狙いを外す。少し上方では二式双戦隊が斜銃で一機を撃墜していた。

 徐々に敵機が近づいてくる。右翼の発動機が照準器に収まるよう微調整する。幾ら強固な超空の要塞とて、発動機を潰せば墜ちる。

 十分に近づいたところで引金を引く。発動機の覆いが吹き飛び、黒煙を吹き始めた。空荷状態ならいざ知らず、満載状態の機体を三発の発動機だけで支えるのは厳しいだろう。僚機が更に一発の発動機を破壊したため飛行継続は不可能になった。慌てて敵は爆弾を投棄するも高度低下は止まらず、やがて墜落した。

 坂口はできる限り上面や下面を晒さないように気をつけて一度離脱した。少し離れた後、再び向かっていく。次の獲物を定め、細かく動き火線に引っかからないよう近づき、胴体後部へ銃弾を叩き込んだ。どこかが壊れたのか旋回銃座が動かなくなった。更に僚機が攻撃をかけ、爆弾を投棄させるのに成功した。敵機は離脱していった。

 爆撃隊は次々と墜とされ、また離脱していった。ただでさえ十分とはいえない数しかいない直援機は四式戦や五式戦との戦闘に手一杯で護衛任務を十分に果たせていなかった。頼みの綱となるのは各機の銃座だが、B-二十九に対し火力不足感が否めない一式戦隊が各銃座に狙いをしぼり攻撃したためその多くは破壊され、四式戦の侵入を容易にしてしまった。

 坂口は更に一機へ損傷を与え、離脱中だった。その後反転し、再突入しようとしたが敵銃座の攻撃を受け、回避しようと旋回したその時、坂口機を追っていた敵機の射線に出てしまった。慌てて踏み棒――ラダーペダル――を蹴飛ばすが間に合わず操縦席と胴体に被弾した。発動機や操縦系への損傷こそ免れたが坂口は左二の腕と右大腿に銃弾を受けた。

 一瞬だけ機動が鈍くなる。が、そのおかげで敵機は操縦者を殺せたと思ったのか再びこちらに向かってくることはなく、寧ろこちらに背後を晒し次の獲物を探していた。

 焼けるように痛む手足を無理矢理動かして機を旋回させ、坂口は背後を取る。慌てている様に見えるがもう遅い。確実に止めを刺さなかったつけを敵機は被撃墜というかたちで払うことになった。

 何とか一機を撃墜したが、これ以上の戦闘は不可能に近かった。かといって空襲下の飛行場に着陸するような真似はできない。撃って下さいと言うようなものだ。ならばどうするか。今までの自分なら迷わずB-二十九に向けて特攻という選択肢を選んだだろう。だが、上官から、更には兵団長から各部隊に幾度となく「特攻は禁ず。死に花を咲かせることを考えるより生き延びて更なる戦果を出せ。」と言われ続け、坂口は生き延びる術を探すようになっていた。

 その時坂口の脳裏に浮かんだのは陸軍第二飛行場へ向かうことだった。あそこなら降りることもできる筈だ。茂尻島には南部の司令部周辺に陸海軍の飛行場がもう一つずつ存在する。南部の防空を担う為に、また第一飛行場が万一陥落したときの為に、と飛行場が二つ用意されていた。坂口はそちらへ降りようと決めた。

 とはいえここは戦闘空域。容易に離脱できるものではない。手足を負傷している坂口なら尚の事である。そこで坂口は高度を下げつつ不規則に機を動かすことであたかも墜落しつつあるかのように見せた。そして海面ぎりぎりまで機を下げた。戦闘空域は中高度、態々直援の任を放棄してまで低高度まで降りてくることはないだろう。そう思っての行動だった。

 坂口の思惑通り、攻撃してくる機は無かった。何とか飛行場にたどり着くことはできた。とはいえ、ここからが最大の問題である。そもそも降着装置が動くのかという点と、負傷している中上手く着陸できるのかという点だ。

 万一降着装置系に損傷があり車輪が出なければ一か八かの落下傘脱出をしなければならない――胴体着陸という選択もあるが状態を考えるとあまりに無茶だ――。当然機は失われるし万一脱出に失敗したり落下傘が開かねば命もない。燃料槽に被弾していたのか計算より燃料消費が速くもう一度海岸まで行けるだけの燃料は無い。そのため着水という選択肢は選べなかった。

 そしてよしんば降着装置が動いたとしても、負傷した坂口が操縦した感覚でこそ異常は感じられないものの本当はどこに損傷があるか分からない機を上手く降ろせるのか。何時損傷で機体が分解するかも分からない。

 坂口の状態も決して良くない。負傷した手足は大分感覚が無くなってきた。左手は右手で手助けしてやれば何とかなるが、右足は中々そうもいかない。右方向へ動かすのは極力少なくしなければ。

 着陸進入路に入る。先ずは降着装置。どうか頼む。そう祈りながら装置を操作する。動作音が聞こえてきた。どうやら無事作動したようだ。第一関門突破である。

 然し、ここからが一番の問題だ。右手で手伝いながら出力を下げ、ゆっくりと旋回し滑走路へ向かう。下げ翼――フラップ――を最大にし、更に速度を低下させる。右にずれている。修正せねばならないが、やりすぎれば右修正が必要になってしまい、着陸自体が難しくなる可能性さえある。慎重に、慎重に左へずらしていく。

 地面が迫ってくる。操縦桿を引き機首を上げる。振動と共に車輪が大地を踏みしめた。右手で更に出力を下げ、制動をかける。

 何とか無事に着陸できた。風防を開け外に出ようとするが、もう力が入らない。止血はしたから出血多量ということはない筈だ。あぁ、気が抜けたのか。坂口はそのまま座席にもたれかかった。はっきりしない意識の中思ったのはあのB-二十九とは違う機のことだった。思えばあれは輸送機ではなかったか。空襲下の混乱に乗じて補給物資を運ぶとはいい手ではあるが、あの調子だと味方に落とされて終わりだろう。そう思って意識を手放した。


 その後坂口は操縦席から引っ張り出され、直ぐに治療が行われた。命は助かったものの動けるようになるまで二、三週間安静にしなければならなくなった。機体には至る所に穴が開き、修理は一苦労であった。そして坂口は輸送機について一つ大きな勘違いをしていた。決して彼らは補給物資を運びに来たわけではなかった。


 「司令部より通達。歩兵第一、第二小隊及び戦車第一、二小隊は直ちに出撃準備、島東部に降下しつつある敵空挺部隊を迎撃せよ。」放送機が命令を告げたのは防空壕へ退避して暫く経ち、高射砲が撃ち始めた頃だった。

 「戦車第一小隊長は小隊より四両を抽出、迎撃へ参加すると共に全体の指揮を執れ。以上。」命令は更に続いた。

 戦車第二中隊第一小隊長小松原は其を聞いて耳を疑った。今は空襲中であり、だからこそここへ逃げてきたのではなかったか。その中を出撃しろというのは即ち爆撃なり何なりで死ねということになる。確かに特攻など事実上死ねという命令はあるが、幾ら何でもこれは犬死にとしか思えない。

 小松原は壕内の電話へ走り、司令部用の壕を呼び出した。

 「戦車第二中隊第一小隊長小松原であります。現在は敵の空襲下にあり、今出撃するのは無駄な戦力損耗を招きます。因って、出撃の遅延を具申します。」相手が出るなり一気に話し始めた。未だ壕が崩れるのではと思うような爆撃の振動も音もしていない。ということはこれからだろう。その後でも間に合う筈だ。

 然し、司令部が返してきた返答は予想だにしないものだった。

 「敵爆撃機に関しては航空隊及び高射砲隊が食い止める。貴官は直ちに先の部隊を率い、降下しつつある敵空挺部隊を迎撃せよ。以上。」そういって電話は切られた。

 一体どういうことだろうか。今まで超空の要塞相手に殆ど手も足も出なかったのではなかったか。それを食い止めると司令部は言う。

 その言葉を殆ど信じはしなかったが、同じ命令を二度も言われれば動かないわけにもいかない。「戦車第二中隊第一小隊一号車、四号車、十一号車、十二号車乗員は出撃準備!」小松原は小隊に命じる。

 壕から出ると、高射砲の発射音がより大音量になって聞こえてきた。自分の戦車に向けて走る。その途中少し振り返るとこちらへ向かってくる爆撃機が見えた。然しその数は少ない。本当に、味方機が、高射部隊が奴らを墜としているというのか・・・。

 小松原の見ている前で一機が発動機に被弾、胴体にも一発喰らい墜ちていった。これなら或いは損害を出さずに何とかなるかもしれない。そんな思いが沸いてきた。

 戦車用掩体に到着した。車体を上り、展望塔――キューポラ――から車内に入る、天蓋を閉め直ぐに「笹野――通信手――、歩兵第一小隊及び戦車第一小隊へ通達!歩兵第一小隊は一個分隊を、戦車第一小隊は一両を抽出し()()()村――米偵察機が墜落した付近にある村跡――へ先行させ敵情を解明せよ!」と通信手に命じた。笹野が各隊に命令を伝える。

 少しして九五式軽戦車一両と一式装甲兵車一両が前進を始めた。現状こちらが分かっていることは「敵空挺部隊が」「島東部に降下した」というだけであり、敵の規模も何もかもが不明だ。そのため出撃準備が整う前にいち早く出撃させることができる隊を出し、情報を得なければ何の手も打てない。

 偵察隊の姿が見えなくなった頃、笹野から全部隊出撃準備完了の報が伝えられた。小松原は「全軍、前進開始!」と命じた。

 先ず各隊の隊長が、次いで隷下の車両が前進を始める。歩調を合わせ横一列になりつつ、加速する。左右の(てん)()(こう)を覗き全車が着いて来れていることを確かめた。落伍したり様子がおかしかったりする車両はなさそうだ。

 天蓋を少しだけ開き敵機がいた方を覗く。更にその数は減っており、見た限りでは四機しかいない。しかもたった今三機に減った。言われた通り、少なくともこちらに被害が及ぶようなことはないだろう。

 「各隊、歩兵部隊を中心に楔形陣へ!」「了解、各隊楔形陣へ!」小松原が命じ、笹野が伝える。先頭とその両翼に中戦車隊、その後ろに歩兵部隊が入り後方及び歩兵部隊を囲むように軽戦車隊が移動した。敵情の一切が不明である以上、不意の敵襲に備えるべきだ。そう考えての選択だった。また、歩兵部隊を中心に置く事で不意の一撃に因る大損害の可能性を減らす目的もあった。

 島中央部に差し掛かった頃、戦車第一小隊長より通信が入った。

 「こちら戦車第三小隊長森口!偵察隊より報告!『敵部隊白井音橋――米偵察隊が渡河した橋跡――にも有り!我白井音へ向かわんとす!』直ぐ笹野が小松原へ伝える。

 小松原には敵の狙いが分かった気がした。何故敵は空挺部隊をわざわざ島東部へ送り込んだのか。敵は橋頭堡を確保し何らかの手段で主力を送り込んでくるつもりなのだろう。そう思った。然しそれだと腑に落ちない点がある。もし橋頭堡の確保が目的ならば白井音橋の確保だけで十分の筈であり、わざわざ吾登威へ兵を分ける必要は無いだろう。拠点確保という目的なのかもしれないが、だとすれば兵を捨てているのと同じだ。ただでさえ各個撃破される可能性が高いのに空挺兵の武装ではあっという間に全滅してしまうだろう。尤も、その武装でさえ、こちらの装備では互角に近いのだが。

 偵察隊から待ち侘びていた報告が入った。吾登威村付近の敵兵力は歩兵一個小隊半、車両二両、対戦車車両一両との事だ。どう考えてもこちらが主力だろう。まさか人一人いない橋跡にこれ以上のものを投入する筈もあるまい。とはいえ、どれ程の比率で分ければいいのかは白井音橋へ行った車両の報告を待つしかない。

 気になったのは報告にあった対戦車車両の存在だった。わざわざ「装甲車」などではなく「対戦車車両」と言ってきた以上、砲塔を搭載したものではないのだろう。精々が軽車両に対戦車砲でも載せたものか。だが其でさえ九五式や一式装甲兵車にとっては十分過ぎる脅威だ。更に言えばこの九七式中戦車とて危ういかもしれない。いや、危ういと断言できる。何せ三式中戦車の登場以前は三十七粍砲搭載の鹵獲したM三「軽戦車」が「日本軍最強」だったのだから。

 白井音橋の車両から報告がきた。敵は歩兵二個分隊程度とのことだ。決して与し易いとは思わないが、かといって苦戦する相手でもなかろう。

 「歩兵第二小隊及び戦車第一小隊へ通達!歩兵第二小隊は二個分隊を、戦車第一小隊は二両を白井音橋付近に降下した敵の迎撃にあてよ!」小松原が命じ、笹野が各隊長へ伝える。

 左側に位置していた九五式二両と一式装甲兵車二両が左に曲がり、白井音橋へ進路を取った。

 敵は分かった。次は戦術だ。大分村にも近づいてきた。そう遠くない頃に接敵するだろう。急がねば。村周辺の詳細図を取り出し、偵察隊に敵の配置を尋ねる。報告を待つ間に配置を予想し、その仮定で作戦を立てる。

 このまま行けば村西部の畑に着く。農作物に隠れ攻撃してくる可能性は十分にあるが遮蔽物ではないから数は展開していないだろう。となるとやはり主力は村にいる。歩兵のみで比較すればこちらの劣勢は明らか。つまり戦車隊の使い方と戦術を間違えると最悪歩兵が全滅という可能性も有り得る。

 まず考えたのは複数方向からの包囲攻撃だ。一方が敵車両を引き付けている間にもう一方が突入、隙を突くというものだ。然しながらやり方次第では「包囲」ではなく「各個撃破の機会を与える」になるため戦力比率や攻撃方向は慎重に選ばねばならない。

 このまま一点集中という手もある。決して多くない兵力を分けて各個撃破されるよりは集中させた方がいいのかもしれない。ただそうなると敵も兵力を集中させるため損害が大きくなり易い。考えが纏まった頃、漸く報告が入ってきた。敵の半数程は村西部へ布陣、住居等を遮蔽物として迎撃態勢をとっているのだがもう半数及び車両部隊は不明。然し村から出てはいないとのことだった。どうしてそうなっているのかは気になったが、村を出ていないのなら奇襲の恐れは無いとして村攻略に専念することにした。少し考えた後、小松原は笹野に向かって言った。

 「戦車第二小隊へ通達!戦車二両を村北部へ向かわせよ!次いで歩兵第一小隊へ通達!偵察隊を村北部へ移動させ戦車隊と合流、我々の攻撃に呼応し敵側面を攻撃せよ!」小松原が選んだのは多方面からの攻撃だった。とはいえ、その戦力からも分かるように本格攻撃を目的としたものではなく、飽くまで敵を混乱、隙を生じさせる為のものであった。

 二両の九五式軽戦車が進路を北東へ取る。と同時に残った部隊は陣形を組み直し、敵襲に備える。

畑に入った。注意深く周囲を見渡す。恐らく不明分は幾分かここに展開しているだろう。さて、何処からくるか。

 その時、噴進砲を構えた敵兵が見えた。咄嗟に「停車!」と叫んだ。

前のめりになりながら停車する。その目の前を弾が掠めていった。正に間一髪であった。だが九五式二両が喰らい、炎上爆発した。

 「全車後退!歩兵隊は下車戦闘開始!戦車隊は各個に応戦せよ!」反撃するにしろ何をするにしろ同じ位置に留まるのは撃ってくれというようなものだ。幸いにして、発射炎から位置は分かる。移動はしているだろうが、動けば植物が大なり小なり揺れるため、ある程度は特定できるだろう。

 「二時方向、榴弾一(ひと)!」今度は砲手に向けて命じる。神沢が榴弾を装填し、砲塔を旋回させる。砲が指し示した方を向いた。小松原は鋭く「てっ!」と命じた。

 轟音と共に砲弾が撃ち出された。弾は畑の一部を吹き飛ばし爆発した。果たして効果はあったのか。現状それを知るのは困難だ。一先ずあったものとして別の目標を探す。

 時々車体に銃弾が当たる音がする。後方にいる歩兵部隊を狙ったものの流れ弾だろうがそれはただ自分の位置を教えているようなものだ。

 笹野が前方機銃を弾が飛んできた方へ撃ち込む。そこからの銃撃が止んだため命中したのだろう。だがしかし別のところからは未だ攻撃が継続されている。位置不明な敵の半数はここにいるのではないか思う程だ。見えないだけに一層数が多く感じられる。

 「次弾!十二時方向!弾種同じ!」砲塔が正面を向き、砲弾を放つ。薬莢が鳴らすけたたましい音が車内に響いた。

 暫くした後、敵からの攻撃が止んだ。何かが動いた様子もない。後退していったのかそれとも一旦攻撃を止め態勢を立て直しつつ機を窺っているだけか。歩兵部隊に周辺を捜索させるも敵は発見できなかったため、少なくとも脅威は去ったと判断した。「全隊へ連絡!前進を再開せよ!」歩兵部隊はそのまま前進を開始する。こうして待ち伏せを受けた以上、二度目が起きる可能性は十分あり、また村も近いため即座に戦闘へ移れるよう乗車せず前進することとした。

 もし敵の立場なら。小松原は考える。もし敵の立場なら、当然敵襲の報告をするだろう。そうなればこちらの存在は知れ渡っているだろうし、抵抗も強固なものになるのだろう。

 村が見えた。然し敵はこちらに気付いた様子はない。「全隊へ通達!突撃せよ!」命令が伝わるや否や、全車両、全員が猛然と前進を開始する。正面に見える民家の窓から機関銃弾が撃ち込まれた。もう確実に気付いたろうが駄目押しといこうじゃないか。

 「神沢!目標、正面銃座!弾種榴弾!」榴弾が装填され、四十七粍砲が吼える。榴弾は窓とその周囲を吹き飛ばした。その後陣地から弾が飛んでくることはなかった。僚車も砲撃で残る二箇所をつぶした。

 民家の脇を通り村へ侵入する。九時方向に先程の音で駆けつけてきたのか一個分隊程の敵歩兵がいた。隣を進んでいた歩兵部隊が攻撃、戦闘に入る。そこにいた敵はその部隊に任せ、先を急ぐことにした。高々一個分隊程度、これしきに足を止めるわけにはいかない。

 とその時第二小隊長から通信が入った。「こちら第二小隊!偵察隊より入電!『我被害甚大、生還の見込み無し。これより最後の突撃を敢行せんとす。』!」通信は彼らが全滅しようとしていると言っていた。恐らく先の戦闘に呼応して攻撃を開始してしまったのだろう。敵に他方向から包囲されているよう感じさせ、混乱させる為だけの存在が、正面戦闘をするとなれば大損害は必至である。

 「至急伝えろ!『現状を維持されたし。我支援に向かわんとす。』!」小松原は命じる。幾ら大発で物資と共に戦力の補充も可能ではあるとはいえ、貴重な兵力が目の前で失われるのを見過ごすことはできない。司令部の特攻、玉砕禁止もあるが、何より彼は仲間を死なせたくなかった。

 新たに出てきた敵部隊を十二号車が榴弾で蹴散らしたのを見、更に速度を上げる。報告してきた位置からしてここを抜ければ敵後方に出られるはずだ。

 建物の影で一旦停め、準備をする。

 「榴弾装填!砲塔、九時!」砲塔が真横を向く。物陰から出てから砲塔を回したのでは何の為に隠れたのか分からない。

 「よし!前進、躍進射!」前進し、物陰から飛び出す。砲が物陰から出た瞬間「停車!目標正面敵歩兵!てぇっ!」と命じた。

 急停止し、神沢が照準を若干修正、引金を引いた。五、六人程の家を遮蔽物としていた敵歩兵の少し手前に着弾した榴弾はその集団を残らず吹き飛ばした。

 その一撃を合図として歩兵部隊も物陰から出、攻撃を始めた。少数の敵へ今までの恨みをぶつけるかの如く攻撃を加えていた敵は一転、前後から挟撃される羽目になった。然し流石空挺部隊に所属しているだけあってかこの状況でも応戦し、こちらに出血を強いてくる。

 小松原は一部の隊に回り込み偵察隊の生き残りを支援させると共にそちらからの圧力を強めさせようと移動を命じた。が、移動を開始して少しした後、通信が入った。我敵対戦車車両と交戦中、援護不能と。驚き敵をよく見てみると、確かに対戦車車両がいなかった。何時の間に逃げたのか。とにかく状況を知るのが先かと思ったが、その思考は自車に向けて噴進砲を構えている兵を見たことで中断された。

 「後退!」小松原は鋭く命じる。畑の戦闘から――ロタ砲の話を聞いたときに大体の予想はついていたが――噴進砲の命中精度は良くないのだろうと思っていた。敵との距離からして発射前に移動してやればそうそう当たらない筈だ。

 操縦手橋田が急発進、後退させる。案の定、弾は民家に命中し、その破片が車体に当たっただけだった。再び前進させ、榴弾で反撃する。一射ごとに後退し身を隠さねば敵に照準の隙を与えてしまうため、一々照準をし直さなければならなかった。せめて九八式軽戦車の様な主砲同軸機銃があればもう少しいいのだろうが、と思う。

 とその時向こうの脇道から別働隊と交戦しているはずの対戦車車両が飛び出してきた。驚き生じた隙に砲をこちらに向け、撃った。瞬く間に隣の九五式が一両車体に直撃弾を喰らい動かなくなった。そして別の道へ逃げていった。その間僅か十数秒程。追跡していたであろう九五式が一両、通りに出ようとしたが歩兵の攻撃に阻まれ進めないでいた。

 何もできないままに一両がやられ、而も其を見す見す逃がしてしまった。乙部隊――別働隊――もこれに苦しめられたのだろう。まさか装輪車の軽快さを機動戦に用いてくるとは敵ながら見事だ。あまりあれにうろつかれても厄介だが、先ずは目の前の歩兵を片付けるべきか。敵歩兵の数が大分減少していると見た小松原は「全隊突撃!敵を制圧せよ!」と命じた。

 全車両が一斉に敵へ向け前進を開始する。それと同時に歩兵部隊も突撃を始めた。明らかな劣勢でさえ、敵は折れることもなく、寧ろこちらに向かってくる分狙いやすいと盛んに撃ち返してくる程士気が高い。

車体に銃弾が当たった音がした。然しその数は決して多くなく、殆どは歩兵部隊に向けられていた。

 「二時に榴弾、用意!」神沢が最も攻撃が激しい敵部隊へ照準を定める。「てっ!」一式四十七粍戦車砲が放った榴弾は確かに敵を削った筈だが、それでもなお生き残った者が仲間の死を乗り越え、一兵でも多く道連れにと抵抗を続ける。

 歩兵部隊が敵に肉迫、乱戦になった。米軍は機関短銃など接近戦に有利な火器を持っているものの数の不利を覆せるだけの力は無かった。吾登威にいた敵歩兵は制圧された。残るは対戦車車両一両のみ。だが、その一両が厄介だった。

 装輪の機動力を以って接近戦を挑んでくる相手に対し戦車は不利だった。懐へ潜り込まれては照準が付けられない。かといって歩兵では対抗できるだけの火力が無く、乗員を狙えば戦車隊と同じことになる。つまり、敵車両を接近させた段階で損害は免れ得ない。敵とて激しく動き回っている以上照準は疎か装填さえ難しいはずなのだが、先程停止直後に撃ってきたことから考えるに、少なくとも装填はできるのだろう。ただ、砲が後方を向いている以上絶対に隙が生じるはずだ。狙うならその一瞬だろう。

 「笹野、全隊へ連絡。『ここで敵対戦車車両を迎撃する。全周警戒を厳とせよ。敵を近づけるな。』」了解、と言って笹野が無線機を操作し始めた。

 「橋田、車体八時へ。」橋田が車体を前後に動かして向きを変える。信地旋回も可能ではあるのが迂闊に履帯へ負荷を掛けて切ったり外したりすれば大変なことになる。

 車体が八時方向を向いた。覗視口から辺りを見回し、時には少しだけ頭を出し双眼鏡を使って周囲を観察する。僅かな変化を見逃し、それが敵車両だったら目も当てられない。狙撃される危険を冒してでもより細かな部分まで見つけなければ。

 然し、敵車両は現れない。警戒し、身構えている前に態々その身を晒しはしないだろうと分かってはいても不安になる。つい、偵察を出したくなるがそんなものを出したところで各個撃破されるだけだ。

 と、次の瞬間一時方向に見える路地から敵車両が後ろ向きに飛び出してきた。

 「二時!」敵の速度と神沢が反応、砲が向くまでの時間を考え少し手前の位置を言う。神沢が肩付け照準の利点を生かし素早く指示された方へ砲を向けた。だが敵の速度が思っていたよりも速く、命中しなかった。

 敵車両は停止し、射線上にいた九五式一両を鉄屑に変えた。そして若干蛇行させつつ左側の路地へ逃げようと急加速した。

 「前進!敵進路を塞げ!」橋田に命じた。急発進するも間に合わず敵車両は難無く躱し逃げていく。が、小松原の意図を読んだ九五式一両が同様に前進、予想進路上に立ちふさがった。これは予想外だったのか避けられそうになかった。停止するよりはと思ったのだろうか、敵車両は減速し一本奥の道へ進路を変えた。然しそうしてできた隙を見す見す見逃してもらえる筈はない。速度を落として無理矢理曲げたそこは九五式の射線上だった。

 助手席にいた敵兵が噴進砲を構えるより速く、九五式が発砲した。車体前部に被弾した敵車両は文字通り吹き飛び、横転した。

 歩兵一個分隊が近づき、生存者の有無を確認する。全員死亡していたと報告が入った。小松原は敵を殲滅したと判断、敵残存兵力が無いことを確認する為村及び周辺の捜索を命じた。結果は予想通り敵兵無しだった。

 「全隊へ通達、帰投せよ!」そう命じ、部隊は帰途へついた。

 村を出、畑の中を進む。まだ安心するのは早いと分かっていても少し一息つきたくなる。然し、八時方向から聞こえた噴迫砲独特の発射音で一気に現実へと引き戻された。振り向くと九五式が一両停止していた。

 「九五式一両履帯大破!」戦車第一小隊長から報告が入った。

 「停止!」鋭く命じる。「砲塔八時方向榴弾用意!」小松原は弾種、砲の向きを指示した。砲塔が旋回し、榴弾が込められる。「てっ!」榴弾が発射煙の見えた周囲を爆発で包んだ。その後反撃が来ることは無かった。

 歩兵が慎重に近づく。周囲に敵影は無く、一名の死体があったとのことだ。小松原は被弾した九五式をどうするか考えていた。乗員は一式装甲兵車に乗るものとしても、車両は牽引できない。なら爆破か。だがいつ何時攻撃を受けるか分からない中で爆破準備をするのは些か危険だろう。本来的には周辺の安全を確保すべきなのだろうが、それができるだけの力はもう残っていない。そう考えた末、そのまま一度放棄し戦力を立て直すべきだろう。後から工兵に回収要請を出すことにしよう。そう思って、小松原は全部隊に前進再開を命じた。



 陸軍第一飛行場及び十安島占領作戦は失敗に終わった。米軍は白井音橋の確保に失敗、予定されていた増援――言わば本隊が上陸できなかった。原因は複数の目標を定めたこと、兵力不足等様々あった。だが、最大の原因は爆撃機隊が任務に失敗――二機しか投弾できず、而も空の格納庫と高射砲一門を破壊しただけだった――し、飛行場は疎か地上兵力さえ丸々生き延び、更に空挺部隊が発見されたにも関わらず作戦を強行したことだろう。

 この戦いで、米軍は投入された基地航空隊の多くと貴重な空挺兵、更には輸送機――降下前に数機が撃墜された――を失った。


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