第十一話 渡河
遂に陸軍第一飛行場が発見された。といっても、直接その姿を見られたわけではなく、偵察に出ていたダイナ―― 一〇〇式司偵――が十安島――陸軍第一飛行場がある島――へ向かったのを数度見られそこから飛行場があると推測しただけなのだが。兎も角、米軍は今度こそ日本軍の飛行場を発見したといきり立った。しかし、本当に飛行場がそこにあるのか確かめる必要があった。いざ部隊を進攻させて何もありませんでしたなどということは許されない。
だが、シーホークを飛ばして万一撃墜されるようなことがあれば空母が到着する迄本当に航空機が無くなってしまう。とはいえ、偵察しないというのも好ましくない――というより無謀――ので、一先ず島の入口周辺を歩兵で偵察することにした。しかし、偵察島内へ入ることはできなかった。向かえる場所で二つ、遠方にもう一つ島へ続く橋があったのだが、全て落ちていて渡ることができなかったのだ。その為偵察隊は橋周辺までしか進出できなかった。だが、偵察中に十安島から本島へ向かうダイナを見ることができたため、飛行場の存在は確実なものとなった、
敵飛行場攻略時に先ず考えなければならないのが制空権である。ただでさえ橋が落ちているので重車両の参加は現実的といえないのにこの上制空権まで取られた状態で攻撃するのは自殺に近いものがあった。そこで発案されたのがB-29による爆撃である。確かに、この方法なら護衛機を付ければ制空権を気にする必要も無く、首尾よく成功したのなら占領時に制空権を気にする必要も無くなる。
しかし、飽くまで島に飛行場が「ある」というのが分かっただけで「何処に」が分かっておらず、またそこが有する航空兵力も不明であり、危険だと判断された。そのため、歩兵一個分隊を渡河させ、飛行場の位置を探らせると同時に守備兵力に対する威力偵察を行わせた。
神無月三十日 二三〇〇
「随分と広い川だな。」ダック―DUKWの愛称―の座席で辺りを眺めた後カール上等兵は一言呟いた。
「川というよりは海峡だしな。あっちに行きゃ海に出ちまう。」同じ分隊のシリル上等兵が左を指さしながら言う。
「無駄口をたたくな。どこから撃たれるか分からんぞ。」分隊長のアーロン軍曹が注意する。
上陸した時と状況は似ているが、流石に撃ってはこないだろう。砲撃範囲こそ狭いが至近弾でもない限りただただ水しぶきを上げるだけで無意味だ。ならば待ち伏せか。逃げる場所も無く、行うにはいい場所だろう。だが、敵が隠れられそうな場所は無く、またそもそも偵察隊は日本軍に発見されていないのだが。
二両のダック――偵察隊はダック一両に二個分隊で二両いる――が陸上へ上がる。直ぐに乗員が周囲を見渡し周辺警戒をする。
「三時間後にここで合流しよう。万一合流できなかった場合は各個に撤退せよ。」第一分隊長兼偵察隊長のセオドア一等曹長が二号車へ伝える。直ぐに了解したとの返答が返ってきた。
二号車が西へ向かった。一号車は南へ続く道程をゆく。
見渡す限りただの草原でこんなところにあるのかと疑いそうになる。だが、あの時敵と遭遇した以上それは存在するはずだ。
道沿いに暫く移動するが、何も無い。もうじき島の南端に着きそうだ。恐らく島の東側には無いのだろう。先の道は西側へ折れている。少し周囲を見回した後、隊は西側へ移動を始めた。
暫く進むと集落跡があった。もしこの島を攻略するのなら野営地として使えそうだ。と、その時「隊長!あれを!」とカールが叫ぶ。カールが指差す先には米軍機の残骸があった。直ぐに「止めろ。」とセオドアが命じる。車両が止まるや否やセオドアがダックから飛び降りる。慌てて第一分隊の兵士が後を追うダックに残った兵も何時敵の奇襲があっても大丈夫なよう警戒態勢を取る。
第一分隊は罠を警戒してゆっくりと残骸へ近づいていく。
「これは・・・ヘルダイバーか。」セオドアが呟く。「事前偵察のときに未帰還だった一機でしょうか?」と部下の一人。
別の一人が近づこうと一歩踏み出した次の瞬間、地面から跳躍地雷が飛び上がった。
「! 伏せろ!」セオドアは自らも伏せつつ踏んでしまった兵を引き倒す。二人が地面に倒れると同時に炸裂。対応が遅れた一人が破片を喰らい負傷した。
慌てて仲間が駆け寄り応急手当をする。
「申し訳ありません、隊長。」助けられた兵が礼を言う。
「隊長、これ以上近づくのは危険かと。」駆け寄った兵が進言する。セオドアも「そうだな。」と其を受け入れた。そしてその場で残骸に向け敬礼した。第一、第二分隊全員が其に倣った。
下車した全員がダックに乗り込み、再び進んでいく。空には少し雲が出ていた。
もう中央部あたりに来ただろか。一向に敵の姿は無い。と、いきなり銃声が聞こえた。一発は車体に当たったが、もう一発は運転手の頭を貫いた。ダックが少しの間蛇行してとまる。
「敵襲!」シリルが叫ぶ。直ぐに全員が遮蔽物に隠れる。しかし、その後どれだけ待っても敵は発砲してこない。適当な方向へ威嚇の意味を込めて一発撃ってみる。それでも何も起こらない。
「逃げたか・・・?」カールが呟く。
「もう少し待て。未だいるかもしれん。」アーロンが言う。しかし、その後やはり何も起きなかった。「もう逃げただろう。」再び前進を始めた。
この狙撃でやられたのは一名のみで、然程問題は無いように思えた――運転手がやられたのを「然程」というのもどうかとは思うが――。しかし、彼らはこの先常に狙撃への警戒をしなければならなくなった。また、何処から来るか分からない攻撃への恐怖は兵士達の心理的負担となった。言わば、この狙撃は直接的損害よりも間接的損害の方が大きかったのだ。
更に進んでいく。と、シリルが叫んだ。「一時方向!敵飛行場らしきもの確認!」全員の視線が集中する。カールも双眼鏡を其方へ向けた。遥か向こうに見えるのは確かに人工物であり、その形状と状況からして敵飛行場に間違いない!
が、突如!先程死亡した運転手の代わりに運転しているエイベル上等兵が「何かにつかまれ!」と叫び車を右へ急角度で曲げた。と、次の瞬間砲声と共についさっきいた場所を砲弾が通り過ぎていった。
車は草叢へ突っ込み、半円を描いた後停止した。直ぐに砲撃があった場所から銃弾が飛んでくる。
「応戦せよ!」アーロンが命じる。カールも直ぐにガーランドを構え発砲、敵を倒す。しかし、「前進する!車を出せ!」とセオドアが命じる。「し、しかし・・・。」エイベルが戸惑うが、「早くしろ!」と言われ、急発進させた。と同時に敵砲が吼える。今度は車両後部を掠めていった。
「何処へ向かうのですか!?」エイベルが問う。「飛行場だ!」セオドアが答える。「しかし、危険ではないでしょうか!?」とアーロン。
「我々の任務は飛行場の位置確認、そして守備兵力への威力偵察だ!ならば敵飛行場をこの目で見て、迎撃体制を取りつつある今攻撃をすれば、よりよい結果が得られるはずだろう!」
・・・退路を断たれる可能性があるってのによくもまぁ。後方で応戦しつつカールは思った。
やがて、敵飛行場が見えてきた。近づくにつれ、飛行場の配置がはっきりしてくる。
セオドアが周囲を見渡し、大まかな現在地を把握、そこから敵飛行場の位置を特定した。車両が半円を描き来た道を引き返す。
「一時より装甲車!」全員の視線が其方へ向く。ハーフトラックに似た装甲車が上部の機銃を撃ちつつ接近してきている。
「応戦!」セオドアが命じる。こちらも負けじと撃ち返す。アルバート上等兵がバズーカを撃った。が、照準が少し下過ぎたのか左へ曲がり、回避しようとした敵の履帯を吹き飛ばしただけに留まった。
尤も、それに因り敵は行動不能になったため意味が無かったというわけではないが。
しかし、装甲車両を相手にするには少々不利である。バズーカとてそう何発もあるわけではなく、尽きてしまえば全くといっていい程勝ち目は無い。尤も、タイプ95ぐらいならどうにでもなりそうだが。
とはいえ、それ以上の戦力がいる可能性も十分にあり、このあたりが潮時と判断、セオドアは撤退命令を出した。
草叢を突っ切り最短距離で合流地点へ向かう――行きは何処にあるのか分からない飛行場を探すという任務上島全体を見る必要があったが帰りはその必要もなく寧ろ早急に合流、島を脱出しなければ得ることができた情報さえ持ち帰れなくなってしまう――。
追撃を何とか振り切り合流地点へ着いた。しかし、ダック二号車はそこにいなかった。予定時刻まであと五分。本当なら合流を待ちたいところだが、後方からは敵も迫ってきているためそう長くも待てず、五分間だけ待つことにした。
早く来てくれ。来さえすれば、例え敵に追われていたとしても我々が加勢することができる。しかし、その願いもむなしく先に現れたのは敵だった。
「九時より敵装甲車三!」「バズーカで迎撃しろ!」セオドアが命じる。すぐさまバズーカを装備した兵が狙いをつけ、発射。しかし距離があったせいか発射した二発全てかわされてしまった。お返しとばかりに敵装甲車の機銃が唸る。素早く次弾を装填しようとするが、その前に射手が斃れてしまった。装填手が代わりに射手を務める。
直に予定時間となるが、二号車が現れる気配はいっこうにない。
この時点で既に四名が死亡していた。これ以上待ったとしても合流できる可能性は少なく、寧ろ徒に部下を死なすだけだとセオドアは判断した。
セオドアがスモークグレネードを投げた。と同時に「煙幕を張れ!撤退するぞ!これ以上は待てん!」と部下に命じた。
直ぐに発煙手榴弾が投げられ、敵との間に煙幕が張られる。
「出せ!」ダックがセオドアの命令で海峡へ突っ走る。そのまま無事海峡を渡りきり、第一、第二小隊は帰還することができた。
戦後に分かることだが――ダック二号車は一号車が遭遇したのと同様の歩兵砲陣地を突破できず、そのまま飛行場を見ることなく全滅していた。尚、何故一号車が回避できたのか。運転手によると月明かりで砲身に光が一瞬反射したのを見つけたらしい。
この偵察に因り、陸軍第一飛行場の所在が明らかとなった。更に、島の中央の地峡状となっている地域に戦車と歩兵で構成された防衛陣地を発見した。
これらを受け、司令部はそこが日本軍の後退限界点と判断、B-29をも投入して飛行場と防衛陣地を同時に攻撃すると決定した。この判断は半分正しく半分間違っていた。確かに、 その陣地――蛙根陣地という名がついている――が陥ちれば重要施設や司令部のある島南部への侵攻を許すことになるため、要所ではある。しかし、日本軍は米軍が思っているより遥かに健在で、ここで敵の進撃食い止めんと少々過剰ともいえる程の戦力を投入する予定だった。そして、徐々に蓄積する損害を無視したつけを米軍は払うことになる。




