第8話 明日、必ず連れて帰ります
夜明けを待つ者たち
その先に救うべき命がある
第8話 明日、必ず連れて帰ります
行方不明になった斥候ジョンの捜索パーティは、マサキ、セイリア、ベテランパーティの神官ミーガンとなったが、その日の許可は出なかった。
セイリアとミーガンは文句を言ったが、ギルド側の回答は予想通りだった。
「明日以降、準備を十分整えてからでなければ許可しない」
ミーガンの仲間であるロイとユリウス、前衛二人は重傷のため、戦線を離脱してしまったこともある。
「贅沢言うなら、もう一人くらい仲間が欲しいな」
その日の夕食の席でマサキが言うと、向かいに座っているミーガンが大きくうなずいた。
「だけど、誰も名乗りを上げてくれませんでしたね……ジョンが心配です」
そう言いながら、ミーガンは胸元の聖印を握りしめた。
祈るような仕草だった。
「そりゃ、この町でロイやユリウスに肩を並べる自信がある奴なんて、そうそういねーよな」
マサキは麦酒をあおった。
「どいつもこいつも意気地なしよね……今日、三人で出ても良かったのに……」
マサキの隣でセイリアが文句を垂れながら、パン屑を指で弾く。
その横顔を、マサキはちらりと見た。
この女はせっかちで、遠慮がない。
だが、自分とは無関係な斥候の身まで案じている。
「今日はミーガンも疲れてるんだ。十分に休んでもらわないと、俺たちも困る」
「わかってんだけどさ……」
「いいじゃねーか。トビーのおっさんがギルド長に掛け合って、セイリアも行っていいって許可くれたんだし」
「明日は一番鶏で起きるからね?ミーガンもマサキも頼んだわよ?」
「せめて三番鶏だろ……店で装備整えてから行きたいし」
「だから夕方、店に行こうって言ったのに」
「夕方は情報収集と整理、作戦会議してたろ。一番鶏では作戦会議できねーよ」
「ああ言えば、こう言う……マサキって、戦士のくせに理屈っぽいわよね?」
「魔法使いのくせに脳筋のセイリアに言われたくねーな。焦りすぎだろ」
「言ったわね?誰が脳筋よ!?」
睨み合う二人の間に、ミーガンが慌てて割って入った。
「セイリアさんは、魔法も使えるんですよね?杖はないんですか?神聖魔法は聖印があれば使えますけど、古代魔法は発動体が必要なんですよね?」
取りなすような笑顔だった。
修羅場慣れしているのか、それとも元々こういう性格なのか。
セイリアはミーガンの方を向き直ると、左手の中指にはまった指輪を見せた。
「魔法の発動体はこれね。これが杖の代わりよ」
「魔法の指輪ですか!噂には聞いたことがありますけど、初めて見ました」
セイリアが少し笑顔になる。
「ママが冒険者時代に使ってたものよ」
「すごい!お母様も冒険者でいらしたのね」
(英雄譚級のな)
マサキが心の中で付け加える。
セイリアの母エルミラは百五十年前、この国の英雄王ケリーと共に炎龍を討伐した大賢者である。
セイリアからは「絶対に口外するな」と釘を刺されている。
王家や貴族、王都の大学とも深く関わっているため、敵対勢力に命を狙われたこともあるという。
だが隣を見る限り、セイリアはその秘密を誰かに聞いてほしくて仕方がない顔をしている。
マサキは笑いを噛み殺した。
やがて食事が終わり、三人が席を立とうとした時、ミーガンがぽつりと言った。
「……ジョンはパーティで一番臆病なんです。だから斥候をやってるって、本人は言ってましたけど」
マサキとセイリアが黙って続きを待つ。
「臆病だから、誰より先に危険を察知できる……って。おかしいでしょう?」
ミーガンは小さく笑った。
笑いながら、また聖印を握っている。
マサキとセイリアは何も言えなかった。
「明日、必ず連れて帰ります」
それだけ言うと、ミーガンは席を立った。
シングルベッド一つ。
上半身肌の男と肌着の女が肌を寄せ合って寝転んでいる。
聞こえてくるのは睦言ではなく、文句の言い合いだ。
「狭い……」
「もう少し壁の方へ行けよ」
「行けるなら行ってるわよ」
「じゃあ俺は床で寝る」
「バカ言わないで。今、補給中よ?誰が《ゲルギア》の魔力の補充するのよ?」
そう言いながら、セイリアが寝苦しそうにモゾモゾしている。
「落ち着けよ。くすぐったいだろ。」
「暑いし寝苦しいんだもん」
「今夜だけは魔石で補充したらダメなのか?」
「ヤダ。もったいない」
「ったく……好きにしろ」
しばらくしてセイリアは静かになった。
ようやく眠れるとマサキが目を閉じると、不意に声をかけられた。
「ねえ……話していい?」
「明日、三番鶏で良けりゃな」
「……二番鶏で妥協して……」
「……ったく……で、なんだよ?」
「なんで、急に相棒になってくれたの?最初、嫌がってたのに……」
「さあな……気まぐれさ」
「ひょっとしてさ……アンタって……」
マサキは少し緊張する。
「あたしに親切にしてたら、抱けると思ってる?そ、そんなにチョロくないからね?」
マサキは脱力した。
「お前みたいな鶏ガラは好みじゃねーよ。安心しろ」
次の瞬間、背中を勢いよく押され、マサキはベッドから落ちて床に転がった。
「誰が鶏ガラよ!?」
セイリアは体を起こしてマサキを睨みつけた。
「いってーな!自分で豊満とでも思ってんのかよ!?」
セイリアの顔が羞恥と怒りで熱くなる。
「ちょ!?アンタ、ぶん殴られたいの?……じゃあ、なんで……」
急にセイリアが止まる。
少し弱々しく震えた声で続けた。
「……じゃあ、なんで付いてきてくれてるのよ?」
床に胡座をかいたまま、マサキはセイリアを見上げた。
暗い部屋の中で、それでも彼女の蒼い瞳だけははっきり見えた気がした。
マサキは黙った。
——お前は余計なことを考えるな……
——家のために座しておればよい……
従った。
裏切られた。
首台が脳裏をよぎる。
——呪われた体で、余計なことを考えんじゃねぇよ。ただオレのために座ってりゃいいんだ……
あの言葉を聞いた時、うつむくセイリアの姿が、あの日の自分と重なった。
——だから、あの言葉だけは許せなかった……
「……さあな」
我ながら情けない答えだと思った。
「何よ?気まぐれなの?」
「……かもな」
取りつく島もなく、セイリアは口を少し尖らせると、背中をマサキに向けて寝転んでしまった。
「……早くベッドに戻ってよ……魔力の補充はちゃんとしてよね」
マサキは床に座ったまま、その背中をしばらく眺めた。
ミーガンの声が、不意に耳に蘇る。
——明日、必ず連れて帰ります……
「……ああ」
マサキは小さく、誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。
最後までお読みいただきありがとうございます。林忍です。
第8話では、ジョンを救出するため、セイリアたちは翌日の出発に備えます。
そして夜、セイリアとマサキは互いの過去に少しだけ触れました。
マサキがなぜセイリアの旅に付き合うのか。
その答えは、まだ本人にもはっきりとはわからないようです。
……まあ、本人たちはともかく、周囲から見るとだいぶ仲の良い二人に見えるようですが(笑)。
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次回予告
いつしか縮まった距離
二人だけが気付かない
第9話 お二人は恋人同士なんですよね?
2026年10月9日(金)午前8時 更新予定
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設定資料紹介
一番鶏、二番鶏、三番鶏
読者の世界にも残る、古くからの時刻の呼び方。
時計のない時代、昔の人々は、鶏の鳴き声を未明の時刻を知る目安としていた。
鶏は夜明けが近づくと鳴き始める習性があり、その鳴き声によって、おおよその時刻を知ることができたのである。
一番鶏 午前二時ごろ
二番鶏 午前四時ごろ
三番鶏 午前六時ごろ
もちろん、鶏が時計のように決まった時刻に鳴くわけではない。
季節や天候、飼育環境などによって鳴く時間は変わるため、あくまで「だいたいこの頃」という時刻の目安である。
それでも、まだ空が白む前の暗闇の中で聞こえる鶏の声は、夜の終わりと朝の始まりを告げる、人々にとって身近な時の合図だった。




