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ゲルギア  作者: 林忍


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第9話 お二人は恋人同士なんですよね?

いつしか縮まった距離

二人だけが気付かない


 一番鶏が鳴いた。

 ベッドの横から這い出る気配がする。

 

 物を鞄から出したり詰めたりする音……

 その後、延々と続く金属音……

 

 マサキは薄く目を開ける。

 セイリアが蝋燭の薄明かりの中、荷物をまとめ、やる気満々で支度を始めていた。

 マサキの気配に気づき、セイリアはご機嫌の笑顔を向けてきた。


「おはよう、マサキ。まだ早いから寝てて良いわよ?」


「……だったらもう少し静かにしてくれ……」


「あ……ああ、ごめん」


 少しイライラしながらも、セイリアが抜けたベッドで思い切り手足を伸ばし、二度寝を決め込んだ。


 セイリアが準備する音を子守唄代わりに、うつらうつらし始める。


——二番鶏?……


 マサキはゆっくり目を開け、天井を見上げた。

 横を向くと、まだセイリアが蝋燭の薄明かりの中、荷物をまとめていた。


 保存食を一つずつ数え、包帯を巻き直し、火打石を確かめる。

 使いかけの薬草まで丁寧に結び直している。


「……本当に好きなんだな」


「ん?何が?」


「冒険」


 セイリアは少し不思議そうな顔をしたあと、微笑んだ。


「今回はジョンの救出が最優先だけどね……でも、当たり前でしょ。知らない場所に行って、知らないものを見る。こんな楽しいこと、他にないもの」


 その横顔には、不安よりも期待の方が強く浮かんでいた。





 夜が明け、三番鶏の鳴く頃には、神官のミーガンと合流して朝食を済ませた。

 食後、その足で近くの道具屋へ向かう。


 中は雑然としていたが、品揃えは悪くない。松明、縄、保存食、水袋等……すべてが冒険者の生活に不可欠な道具たちだ。


「松明は三本……保存食と水袋も足りないわね。とりあえず五日分ずつ足しておこうかしら」


 そう呟きながら、セイリアが商品をまとめてカウンターに置いた。

 マサキとミーガンも必要物品を一緒に置く。


「これ全部一緒に頼むわ」


 老ドワーフの店主が面白そうにマサキの顔を覗き込んだ。


「いらっしゃい。マサキ君は珍しくパーティなんじゃな?」


「そう。いつもの小遣い稼ぎじゃなくてね。今日は行方不明者の探索さ」


「ほう、それは大任だ。気をつけなされよ」


 そんなやりとりを聞きながら、セイリアはふと隅にあった麻紐に革の切れ端がついた道具に目を止めた。


「おじさん、これって投石器(スリング)かしら?小ぶりだけど」


「ああ、暇な時の手慰みで作った玩具だ」


「おやっさん、一個もらうわ」


「おや……マサキ君、使えるのかね?」


「そりゃな。ガキの時、これで弟と鳥やウサギを捕まえてたんだ……」


 マサキが投石器をじっと見つめている。


「マサキさん?」


 ミーガンが声をかけると、マサキは驚いたような表情で彼女の顔を見た。

 しかし、すぐ破顔した。


「あ……ああ、すまん。ちょっと思い出に浸ってた……おやっさん、いくらだい?」


「お代はいらないよ。言ったろう?子ども用の玩具だ」


 店主は優しく微笑んだ。





 三人はグラントの町を出て丸一日かかり、"沈黙の森"の東端にある遺跡の入口にたどり着いた。

 辺りは少し薄暗く、巣に戻るカラスの鳴き声が響いていた。


「"沈黙の森"という割に、いつも鳥が騒がしいよな」


 そう言いながら、マサキは空を見上げた。


「この森の地形は、地面が音を吸い込むから、声が届きにくいんだって……エルミラ(ママ)が言ってた」


 セイリアは荷物を置いて深呼吸する。


「そういえば、沈黙の森はそこまで広くないのに、遭難者が出やすいと聞いたことがあります」


 ミーガンも荷物を下ろした。


「獣もたくさんいるからね。獣道が多くて、道を間違える人が少なくないのよ……ね、マサキ?」


「うっせぇ」


 セイリアの悪戯っ子のような笑みに、マサキは苦笑するしかなかった。

 しかし道に迷わなければ、セイリアと出会うこともなかったのだと思うと、不思議な感じがする。


「今日はここで一泊するわ。明日の朝、遺構に入るからね。寝る前に準備をしっかりしなきゃ」


 三人は手早く火を起こし、キャンプを設営した。


 火を囲むと、マサキは投石器を取り出して、微調整を始めた。

 それを見てセイリアは眉をひそめる。


「……それ、本当に役に立つの?」


「使ってみればわかるさ。まずは、あの倒れかけてる木の根っこ狙ってみる」


 マサキは少し離れると、森の中の倒木を指差した。

 小さな石をセットし、紐をしっかり握って振りかぶった。

 勢いよく投げられた石は見事に根元に当たり、カツンと乾いた音を立てた。


 セイリアとミーガンの目が一瞬、驚きに見開かれる。


「なかなかやるじゃない」

「大したもんですね!」


 マサキは少し自慢げな顔をした。


「うちの国じゃ、普通に雑兵が戦で使うからな。意外にバカにできないだろ?」


 再び石をセットして狙いをつけるマサキに、セイリアは目を細めて観察する。


「これなら罠のスイッチに当てることもできそうね。魔法みたいに爆発しないけど、細かく狙える強みありそう」


「そこまで正確に命中するもんでもないし、スイッチ押すほど威力ないけどな。そんなに簡単なら、みんなやってるさ」


「そりゃ、そっか」


 三人の笑い声が響いた。





 笑い声が途切れる頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。


「さて、寝床を決めましょうか」


 ミーガンが周囲を見回す。


「見張りは交代制ですね」


「じゃあ、あたしとマサキは——」


 そこまで言って、セイリアの言葉が止まった。


(……あ)


 昨夜までとは違う。

 今日はミーガンがいる。


 《ゲルギア》へ魔力を補充するには、寝ている間もマサキと肌を触れ合わせる必要がある。


 だが——


(目の前で裸でくっついて寝るなんて、恥ずかしすぎるでしょ……)


 セイリアはちらりとミーガンを見る。


「どうしました?」


「い、いや……その……」


 魔石を使えば済む話だ。

 だが、一つで二日分補える上質な魔石とはいえ、遺跡探索で何個消費することになるか、わかったものではない。


(冒険をつづけるためにも、節約しておきたい……)


 考え込むセイリアを見て、ミーガンが不思議そうに首を傾げた。


「そういえば、お二人は恋人同士なんですよね?」


「ち、違っ……!」


 否定しようとした瞬間、マサキがぼそっと言う。


「説明すんの面倒だから、そのままでいいんじゃね?」


「よくないわよ!」


「勘違いでした?」


 ミーガンは純粋な瞳で首を傾げる。


「まあ、一緒に寝ないと死んでしまう」


 マサキが説明した。


「仲が良くて羨ましいです」


 にこりと笑う。

 

「ちょっ!言い方!雑!!……ちゃんと説明してよ!」


 セイリアは顔を真っ赤にしたまま叫んだ。


「やだよ、面倒くさい」


「でしたら、お二人はいつも通り隣同士でどうぞ。私は一番手で火の番をしておきますね」


 ミーガンは気を遣うように、離れて焚き火の前に座る。


「……じゃあ、俺は二番手でいくわ」


 マサキは革鎧と上着を脱いで、毛布に潜り込んだ。

 セイリアは耳まで赤くなって、両手で顔を覆ったまま、マサキの背中に自分の体を押し付け、魔力補給の呪文を唱えた。


最後までお読みいただきありがとうございます。林忍です。


第9話では、セイリアたちはいよいよ沈黙の森にある遺構へ向かいます。


そして、ミーガンの一言から、セイリアとマサキの距離が思わぬ形で意識されることに。


本人たちはまだ恋人ではない……はずです(笑)。


***


次回予告


再会を願った、その扉の向こう

待っていたのは……


第10話 ジョン、あなたなの?


2026年10月16日(金)朝8:00更新予定


***


設定資料紹介


沈黙の森


リビン王国東部に広がる広大な森林。

その名の通り、森の中では不思議なほど音が遠くまで届きにくい。


森の一帯は、かつての火山活動によって生まれた地形の上に広がっている。

多孔質な火山性の土壌や岩場は音を反響させにくく、さらに樹木が密生しているため、森の中では声や物音が遠くまで届きにくい。


森には冒険者や旅人が利用する道がある。

しかし、野生動物が通る獣道も数多く存在し、森に不慣れな者が道を外れると、いつの間にか正しい道を見失ってしまう。


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