第10話 ジョン、あなたなの?
再会を願った、その扉の向こう
待っていたのは……
夜明けとともに、野営地には淡い霧が立ちこめていた。
小鳥のさえずりと共に、森の空気がゆっくりと目覚めていく。
焚き火はすでに消え、灰の中にかすかな熱が残っている。
マサキは寝袋の中で大きく伸びをしてから、半分だけ目を開けた。
隣では黙々と支度をする銀髪の姿が見えている。
未明に火の番を交代してからマサキが目を閉じるまで、セイリアはずっと落ち着きなく動き続けていた。
マサキが目を覚ましてからも、セイリアの手は止まらなかった。
短剣を拭き、鍋を火にかけ、しまいにはいつの間にかマサキの革鎧まで磨いており、愛用の鎧は見たこともないような光沢を放っていた。
「……おはよう、セイリア……その革鎧、何回磨いた?」
「あ!おはよう、マサキ……三回……かな?」
セイリアは少し気まずそうに微笑んだ。
落ち着かなくて、よほど手持ち無沙汰だったようだ。
「うん……ありがとう……もういいからな」
マサキはひょいとセイリアの手から革鎧を取ると、そそくさと装備する。
やがて、ミーガンが目を覚まし、無言で水袋を手に取り、口をゆすぐと、淡々と鎚矛と小楯の点検を始めた。
「……出発は三十分後くらいでいいか?朝食の準備は……万端だな」
マサキが確認するまでもなく、セイリアは朝食用にスープを完成させている。
ここまでくると、流石のマサキも苦笑した。
「ビスケットとスープ、冷める前に食べましょう」
いつしかセイリアの顔は引き締まっていた。
彼女は腰のポーチから水晶片のような魔石を取り出してひとつ見つめる。
「……まだ大丈夫けど、そろそろ"補充"しておくわ」
「手を繋いで入ろうか?」
「ふざけないで。魔物に襲われる可能性があるし、魔石は握っておくわ」
「あといくつある?」
「これを入れても八個あるから。休憩の時は……お願いね」
セイリアは少し照れながら視線をそらす。
「あいよ。なんなら抱擁してもいいぜ」
「バカなの?」
緊張をほぐすため、思わず出た軽口に、セイリアが眉をしかめて睨んできた。
「あのぅ……いちゃつくのは、後にしませんか?」
二人の背後から、ミーガンの悪意のない困惑の声がして、セイリアは顔を伏せたまましゃがみ込んでしまった。
「火を消す前に松明に火を付けるの、忘れずにね」
セイリアを先頭に、目の前の古びた石の構造物に近づいていく。
ツタと苔に覆われた石柱。崩れかけた階段。
風化した外壁の向こうには、ぽっかりと開いた闇の穴がある。
「何の遺構だ?」
「これまでの調査では“古代神殿の地下拝所”……のはずです」
ミーガンが緊張した面持ちで答えた。
「あたしが前に来た時もそうだったけど、この建物全体がうっすらと魔力を放っているわ。深層に行くほど、強くなるの。まだ古代魔法文明の仕掛けが生きてるから、気をつけてね」
セイリアが柱に触れながら警告する。
「以前、魔物はいたのか?」
マサキが脇差を抜いた。
「ええ。魔力を好む魔物は少なくはないからね。踏破するには避けて通れないわ」
セイリアの言葉にミーガンもうなずいた。
「主に獣の類ですが、私たちも何度か戦闘しました」
「そうか……ここからは静かに進もう」
一行は遺構に足を踏み入れた。
長い通路はひんやりと冷たく、石の壁からは水が滴っていた。
松明の炎が揺れるたびに、天井の蜘蛛の巣が淡く光を反射する。
「ゴブリンの死骸だわ」
腐臭にセイリアは顔をしかめた。
「それは私たちのパーティが退治した魔物たちですね……」
ミーガンが軽く聖印を握りしめた。
「じゃあルートは合ってるわね」
セイリアはギルドから借りた地図を確認する。
セイリアたちが一年前に調査し、別のパーティを経て、ミーガンたちが引き継いだ地図である。
マサキは後ろから、松明を掲げて手元を照らした。
「とりあえずジョンが消えたっていう、地下二階と地下三階の間まで近道して行こうぜ」
「そうね」
「セイリアさん、そこを右に曲がると下へ降りる階段があります。道を覚えているので、私が先行しましょう」
そう言うとミーガンは聖印を握りしめた。
地下二階の最奥。
二十メートル四方ほどの吹き抜け天井の広間が現れた。
天井は一部が明るく光を照らしている。
「な、何だこれは?俺たち、地下にいるんだよな?」
マサキは驚きの声を上げた。
「天井板に光を放つ魔法がかかっているのかも。前に来たときもあったわ。また詳しく調べたいわよね」
さっきまでの緊張感はどこへやら……セイリアは笑顔で目を輝かせている。
広間の奥は少しステージのように石段になっており、両脇には古代の服を着た女神風の女性の石像がある。
「あれなんてすごいよね。まったく同じ像が対称的に作られてるもん。古代のドワーフ職人が作ったのかしら……」
セイリアは上機嫌だ。
石像とその背後の壁の間は人が通れるようになっており、それぞれに石像で扉が隠れるように壁に扉があった。
ミーガンが指差した。
「あの右の扉が地下三階への扉です」
「左は?」
「前に来た時は空き部屋でした。地下三階へ降りる前に、あの部屋で休みましょう」
扉の前へ来ると、セイリアがミーガンの肩を掴んで制止した。
石像と扉の間に細い紐が張られ、簡単な罠が仕掛けられている。
扉が開くと、石像の陰に仕掛けられた矢が飛び出す仕組みだ。
扉には、ギリギリ人が通れる隙間がある。
「これは……誰かいるぞ。気配もする」
マサキは脇差を構えた。
その時、内側から微かに声が聞こえる
「……来るな……オレは……オレは……!」
ミーガンがハッとした顔になる。
そして扉の奥へ声をかけた。
「ジョン……ジョン、あなたなの?」
中から呻き声が聞こえる。
隙間から手が出てきた。
人の手より一回り大きく、毛むくじゃらで、鋭利なナイフの様な爪……
「下がれ!」
マサキが叫ぶ。
三人は数歩、後退した。
扉が開くと、大男が現れた。
普通と異なるのは、首から上が狼のそれだ。
扉から体が出た瞬間、仕掛けられていた矢が飛び出し、左肩に突き刺さる。
「グアァッ!」
化け物は悲鳴を上げ、矢を引き抜いた。
すると傷口は、みるみる塞がっていく。
「狼男!?」
セイリアが短剣を抜いた。
「気をつけて!狼男に普通の武器は効きません!」
ミーガンが鎚矛と小楯を構えた。
「こいつは……出し惜しみしてる場合じゃなさそうだな」
マサキはそう言うと、脇差を納め、打刀の柄に手をかけ、スラリと抜いた。
最後までお読みいただきありがとうございます。林忍です。
第10話では、セイリアたちはついに古代遺構へ足を踏み入れました。
そして、探していたジョンと思われる人物との再会。
しかし、その姿はかつての彼とは大きく変わっていました。
果たしてジョンに何が起きたのか。
そして三人は、無事に彼を救うことができるのでしょうか。
***
次回予告
深く、深く、闇の底へ
あの日の記憶が、待っている
第11話 ここからが本番だな
2026年10月23日(金)朝8:00更新予定
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設定資料紹介
冒険者ギルド
冒険者の互助会であり、冒険者への依頼案件を引き受けるところである。
魔物の討伐や護衛、遺跡探索、採取など、冒険者に適した依頼を集め、依頼掲示板を通じて冒険者へ斡旋している。
また、冒険者の活動実績を記録し、危険度の高い特別な依頼については、受注できる冒険者をギルドの判断で制限することもある。
冒険者同士の揉め事の仲裁や、負傷者の救済などもギルドの役割である。




