第7話 なら、一緒に来てくれ!
消えた仲間を追う者たち
少女は再び、あの場所へ
「はい、確かに。クロビル村までの護衛任務、ご苦労様でした」
冒険者ギルド受付のヤンが任務完了の証明書を受け取り、報酬を用意した。
黒髪に蒼瞳の好青年だ。
「戻ってくるのに時間がかかってすまん」
マサキは報酬の金額を確認し、領収書にサインしながら謝る。
「今回はギリギリで、トラブルかと心配しましたよ。マサキさん、いつも仕事早いから……何かあったんですか?」
「まあ……色々な」
森で迷子になってたとは言えず、マサキは少しお茶を濁した。
「間に合ったなら、多少の寄り道は大丈夫ですよ……ひょっとしてマサキさん、女の子と遊んでました?」
ヤンが小指を立てた。
「バッカ、そんなんじゃねーよ」
「さっき、すごく綺麗な女性と食事してましたよね?」
ヤンがニヤニヤして聞いてきた。
「ったく、よく見てるな。だけど、ただの道連れさ」
「まあ、そういうことにしておきますよ。幸運を!」
次の瞬間、悲鳴にも近い叫び声が隣から起きた。
「なんで!?再調査するだけよ!?」
マサキとヤンは驚いて、声のした方を見た。
少し離れたカウンターで、セイリアが受付頭のトビーに食ってかかっている。
彼は元冒険者で怪我を原因に引退した中年男性だ。
「一度、入ったところをもう一度見るのがダメなの?」
トビーは即答しなかった。
代わりに、深く息を吐く。
「結論から言うぞ」
ペンが机に置かれた。
「今は一般立入禁止だ」
「……え?」
セイリアの眉が動く。
「現在、"沈黙の森"の遺構はギルド直轄の“危険遺構”に指定されている。ギルドの依頼を受けたベテランパーティが常駐で調査中だ」
マサキが一歩前に出て、トビーに尋ねた
「まだ結果が出てねえのか?」
「わかってるも何も……先週から再開したばかりさ」
マサキは言葉に引っかかりを感じて重ねて質問した。
「再開?その前にも調査したのかよ?」
トビーは書類を一枚引き抜き、机に置いた。
そこには赤い印章が押されている。
——封鎖・特級危険区域
「一年前の時点では“寄生型魔法生物の単独事例”扱いだった」
ペンが軽く動く。
「その後、別の冒険者パーティに調査依頼したのさ……だが再び一人が寄生生物にやられ、よりによって搬送中に行方不明になった」
セイリアの顔がわずかに強張る。
「……他にも?」
「そうだ。そのおかげで調査は一旦中断……先週、ようやく別のベテランパーティに依頼できて、調査再開したところなのさ」
「行方不明の冒険者は見つかったの?」
セイリアの声が少し震えているように聞こえる。
「いいや。お仲間のパーティが必死に探していたが、三ヶ月前に諦めて、去って行ったよ。捜索願だけ残してな」
マサキはセイリアに尋ねた。
「なあ、セイリア……寄生生物が体を乗っ取るとどうなるんだ?」
セイリアは少し目を伏せながら、つぶやくように口を開いた。
「わからない……ママには死ぬ可能性が高いし、今のところ根本的な解決策はないとは言われるけど……」
「つまり……《ゲルギア》しか今のところ対応策がないから、近づくなといわれてるんだろ?」
マサキの仮定にトビーは肩をすくめた。
「お前さんらの話はよくわからんが、寄生された人間の命に関わるなら、貴重なベテラン冒険者をホイホイ投入するわけにもいかん。だから今は“個人調査は禁止”。最低でもベテラン三人以上の編成、それとギルド許可証が必要だ」
セイリアが食い下がる。
「でも、私は一度そこで——」
トビーの声が一段低くなる。
「お前さん、ハーフエルフのセイリアって言ったか……プロスタの町のギルドの報告書に名前があるが、一年前の事件の当事者らしいな?」
セイリアの体が僅かに震えた。
「相手が未知の魔法生物だ。一年前の“当事者”であるお前さんの体に、何が起こるかわからん。規則がなかったとしても、入ることはお勧めしないよ」
マサキが横目でセイリアを見る。
セイリアは唇を噛んでいた。
「……納得できない顔だな」
トビーは紙束をトントンと揃えながら続けた。
「気持ちはわかる。だがギルドは同情で動かない」
セイリアは踵を返した。
「セイリア!」
その背中にマサキが呼びかけた。
しかしセイリアは振り向かず、声を捻り出すように答えた。
「……マサキ……ここまで一緒に来てくれてありがとう……帰りは魔石あるし……一人で帰れるから……」
その時だった。
ギルドの扉が、内側に叩き開かれた。
風が一気に流れ込み、受付前の書類が数枚舞い上がる。
「……っ、なんだ?」
全員の視線が向く。
入口に立っていたのは、泥と血にまみれた男だった。
革鎧は大きく破れ、左腕には応急処置の布が巻かれている。それでも立っているのがやっとの状態で、息は荒く、目だけが異様に冴えていた。
「……ギルド長は……いるか……!」
声が掠れている。
続けて、女神官が負傷した戦士風の男の肩を支えながら入ってくる。
顔は蒼白で、唇が震えていた。
「……戻ったのは……この三人だけです……」
ざわり、とギルド内の空気が変わる。
トビーが即座に立ち上がった。
「調査隊か」
男は頷こうとして、膝を折りかけた。
「ロイ、ジョンは……?」
先頭の男にトビーが問うが、沈黙が返る。
数秒の間のあと、ロイが低く絞り出す。
「……消えた」
「消えた?」
「地下三階だ。偵察に降りたきり戻らない」
その言葉に、受付の奥にいたベテラン冒険者たちの顔色が変わる。
「お前らは何にやられた?」
トビーが三人に近づいた。
「狼のような魔物です。この辺りでは見かけたことがありません」
女神官が答えた。
短い応酬のあと、ロイは奥歯を噛みしめた。
「ジョンの気配が消えたことに気づいて、地下三階へ降りたら、その化け物がいたんだ……ジョンを見つけられず、そいつにやられてこのザマだ」
セイリアの肩が、びくりと跳ねたのをマサキは見逃さなかった。
「……地下三階?」
声が、思ったより小さく漏れる。
誰も気づかないと思った。
「セイリア、何か知ってるのか?」
マサキの言葉に、一瞬、周囲の空気が止まった。
ロイがセイリアを見る。
「化け物のこと……何か知っているのか?」
セイリアは首を横に振った。
「狼のような怪物のことはわからない。でも……」
セイリアは胸元のブローチを押さえていた。
「私がかつて魔物にやられたのは……その地下三階よ」
ロイの目の色が変わる。
「なら、一緒に来てくれ!ジョンを探しに行かないと!」
セイリアが目を見開いた。
だがセイリアの背後から声が上がった。
「ダメだ」
マサキだった。
セイリアがマサキを睨みつける。
「なんでよ!?本来の目的は……」
「この連中と行く?今なら三人とも素手の俺一人で叩きのめせるが?」
「——っ!」
「頭を冷やせよ、セイリア。奴らが万全だったとしても、ギルドの許可がなきゃ加われねーよ」
セイリアは俯いてしまう。
マサキはトビーの顔を見た。
トビーは腕を組んだまま唸る。
「ギルド長と相談してくる。許可が降りたら、マサキは行ってくれるのか?」
「ああ、相棒と一緒ならな」
マサキの言葉に、俯いていたセイリアがゆっくり顔を上げた。
その蒼い瞳には、消えかけていた光が再び宿り始めていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。林忍です。
第7話では、セイリアが再び《エッグ》に寄生された遺構へ向かうことになりました。
一度は諦めかけた彼女ですが、行方不明になったジョンの存在を知り、もう一度あの場所へ戻ることを決意します。
そしてマサキもまた、「相棒と一緒なら」と彼女と行くことを選びました。
二人の冒険は、ここからが本番です。
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次回予告
夜明けを待つ者たち
その先に救うべき命がある
第8話 明日、必ず連れて帰ります
2026年10月2日(金)午前8時 更新予定
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設定資料紹介
リビン王国
フレーザー王家が建国した、四百年近い歴史を誇る王国。
しかし百五十年ほど前、炎竜の復活によって壊滅的な被害を受ける。
若き騎士団長ケリー・グラントが中心となって炎竜を討ち取ったものの、荒廃したリビン王国は分裂した。
ケリー・グラントは、王の長女である妻イレイを擁立。
そして十年ほどをかけて王国を再統一し、禅譲によって王位に就くことになる。
こうしてフレーザー朝は滅亡し、グラント朝が成立した。




