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ゲルギア  作者: 林忍


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第6話 楽しそうだな

失った旅路を、もう一度歩き出す

その隣には、いつしか彼がいた


第6話 楽しそうだな



 翌朝——


 森を抜ける細い獣道を、セイリアは慣れた足取りで歩いていく。

 《ゲルギア》の魔力切れを気にしなくて済む、という事実が、その足取りを軽くしているのだろう。


「ほら、早く」


「……一番鶏で叩き起こされた俺の身にもなってくれ」


 眠たそうな顔でぼやくマサキに、セイリアは振り返って笑う。


「文句言わない。グラントまで二日、途中で野営もするんだから」


 あの後、二番鶏で起こされたセイリアは、まるで子どものように拗ねていたが、三番鶏が鳴く頃には機嫌が直り、エルミラに見送られて意気揚々と家を後にした。


 今はすっかり上機嫌である。

 その笑顔を見ていると、未明に起こされたことも、少しだけ許せた。






 そして日が傾き始めた頃、大樹の木陰で、二人は野営の準備を始めた。

 セイリアが薪を集め、焚き火の準備に取り掛かった。


「そういや魔法ってよく知らねーけど、火おこしの魔法ってあるのか?」

 

 マサキは尋ねた。


「魔法は戦闘と演出に使うもので、生活空間で使うものなんてほとんどないわよ」


 セイリアは少し呆れ顔だった。


 彼女の話によると、古の伝承通りに火の魔法を家で調理に使えば家が燃え、水の魔法でコップに水を注げは床が水浸しになり、雷の魔法で肉を焼けば爆発する、つまり現代では出力が大きすぎてコントロールできる代物ではないらしい。


「古代魔法文明が栄えた時代には、そういう出力を抑えた生活魔法というのもあったらしいけど、今となっては失われた魔法よ。長寿のママですら魔法の簡単な道具を作るのが精一杯なんだから」


「魔法もなかなか不便だな」


「そういう意味では、聖職者の使う神聖魔法は生活魔法に近いかもね」


「じゃあ、魔法使いの火おこしも火打石か?」


「そうね。私はあまり得意ではないのだけど」


「じゃあ、任せな。これ、見たことあるか?」


 腰のベルトから小さな金属の箱を取り出した。蓋を開けると、灰が入っている。

 初めて見る道具にセイリアが興味を示した。


「火種入れ。俺の国では火種を持ち運ぶ道具さ」


 よく見ると箱の中では、小さな炭火が灰に埋もれて赤く燻っていた。


「出かける直前に暖炉の前で何してるのかと思ったら、これだったのね」


 マサキは乾いた細枝を組んで素早く火床を作ると、麻紐を取り出した。

 それを指先で手際よくもみほぐし、灰の上の火種に宛(あ)てがう。


 長く息を送り込むと、やがて麻紐が盛大に煙を出し始め、セイリアが身を乗り出した。

 マサキは燻る麻紐を慎重に火床に移し、息を吹きかけ、火を大きくしていく。


「やるじゃない!」


 セイリアがはしゃいだように手を叩いた。


「便利ね、それ」


「だろ?」


「でも火を持ち歩くなんて怖くないの?」


「火打石で毎回起こす方が面倒だろ」


「そういうものかしら……火種が消えちゃったらどうするの?」


「火打石でカンカンやるのさ」


 セイリアは楽しそうに大笑いした。





 焚き火が落ち着き、マサキがマントを敷いて腰を落ち着けた頃、セイリアが水袋の口を絞めて近づいてきた。


「……さてと、夜警はどうしよう?」


「俺が火の番してるから、適当に寝てろよ」


「……ちょっと、そっち寄って?」


 セイリアはマサキの隣に腰を下ろすと、袖から覗く二の腕にそっと触れた。

 マサキは一瞬驚いたが、セイリアは淡々と魔力補給の呪文を唱える。


「リ・プレニシ・マギカズ・フォルス・ト……ゲルギア……」


 胸のブローチに、わずかな暗赤色の光が点る。


「ごめんね。なんか面倒くさい相棒で」


 焚き火の明かりが彼女の銀髪を金色に照らしている。

 目を細め、焚き火を眺めている。


「楽しそうだな」


「うん……《エッグ》に寄生されて、《ゲルギア》で命は助かったけど、遠出はほとんどできなかったから……今は自由って感じ」


「寄生されたときに仲間はいなかったのか?遺構探索してたんだろう?」


 マサキは枝を折って火に焚べた。


「いたよ……頼れるリーダーで神官戦士のルシアン、バカだけど明るさだけが取り柄の戦士のカイト、その相棒で女戦士のエレン……」


 眠たいのか、マサキの肩に頭を乗せてきた。


「私が遠出できなくなって、最初はルシアンが魔力を分けてくれてたんだけど、神官戦士だし、自分も魔力を使うから限界があったの。そのうちカイトが代わってくれたんだけど……今度は恋人のエレンが面白くなかったみたいでね……だんだん面倒くさくなって、パーティ辞めちゃった」


 マサキは何も言わずに水を一口飲んだ。


「その後はいろんな冒険者に声をかけたけど、面倒くさがられたり、不気味がられたり……仕方がないから、お金で魔力を買ってたら、勘違い男に襲われかけて……挙げ句の果てには、男狂いなんて変な噂まで立てられて……ソロで活動するようになってたの」


 マサキは再び枝を折った。

 折れる音が少し大きく感じた。


「そりゃ気の毒な話だ……」


 返事がないので隣を見ると、セイリアはすでに寝息を立てていた。






 グラントの町。

 王都の北西にある大都市だ。

 リビン王国中興の王ケリー・グラントの旧領だけあって、プロスタとは比べものにならない賑わいである。


「久しぶりに町に来たって感じだな」


 石畳の大通りには荷馬車がひっきりなしに行き交い、露店からは焼き肉や香辛料の匂いが漂う。

 三階建ての商館が並び、冒険者や商人、旅人が肩をぶつけ合いながら歩いていた。


 グラントの町とプロスタの町の間にはエルミラとセイリアが住んでいる"沈黙の森"が横たわっている。

 本来ならプロスタの町から東へ向かい、王都を経由して北のグラントの町に向かうのが正規ルートだ。

 しかし冒険者の中には、二日分の行程を節約するため、森を縦断するショートカットを選ぶ者も少なくない。


 二人がこのルートを選んだもう一つの理由は、セイリアが嫌がったからだ。


 「だって街道沿いのキャンプでくっついて寝てたら恥ずかしすぎるし、魔石で補ったら節約にならないじゃない」





 白鳥が巣の上に乗っかっている絵の看板の宿屋、《卵を温める水鳥亭》に二人は入った。

 ここはグラントの町の冒険者ギルドに併設された宿屋兼酒場だ。

 一階は食堂スペース、二階は宿泊スペースになっていた。


 都会の宿らしく客は多かったが、誰もがどこかよそよそしく、プロスタの町のような人懐っこさはない。


「昼飯を食ってから、ギルド受付に行こうか。人が多すぎる」


「そうね。マサキは依頼完了の報告……その間に遺構の情報を集めてくるわ」


 セイリアとマサキは角のテーブルに腰を下ろし、焼いた肉と野菜のスープ、黒麦パン、果実酒を分け合った。

 セイリアは、スープを口に運び、小声で続けた。


「あ!そうだ……少し待ってて」


 セイリアが、カウンター奥の宿の親父に視線を向けた。

 腹が出た白髪まじりの中年男が、料理の合間に帳簿を見ている。


 セイリアは席を立つと、親父のもとへ行き、手に銀貨を数枚滑らせた。カウンター越しに短く会話を交わすと、戻ってくる。


「シングルベッド一つだけ空いてたわ……なんとか同室は許可もらえたから、問題ないよね」


 そう言うと、セイリアは黒パンにかじりついた。


 マサキは緊張したように、しばらくセイリアの顔を見つめたが、彼女は何も気にしていない様子だった。


 マサキは諦めたように、果実酒をあおった。


最後までお読みいただきありがとうございます。林忍です。


第6話では、一年ぶりの旅を心から楽しむセイリアの姿を描きました。

魔力切れを気にせず歩けることが、彼女にとってどれほど嬉しいことなのか。マサキも少しずつ、それを理解し始めています。


そして、火入れに大はしゃぎしたり、朝一番からマサキを叩き起こしたり……


しかし次回は、不穏の影が二人に近づいてきます。


***


次回予告


消えた仲間を追う者たち

彼女は再び悪夢の場所へ


第7話 なら、一緒に来てくれ!


2026年9月25日(金)午前8時 更新予定


***


設定資料紹介


火種入れ


火を持ち運ぶための小型容器。

金属や陶器で作られている。

アズマ国では、野営や旅の際に火種を持ち運ぶための道具として古くから使われている。

灰の中に熾火を埋め、空気を遮断することで火種を長時間維持する。

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