第4話 貸し、また増えたわね
嘲笑に俯く少女へ
旅人は手を伸ばす
☆注意☆
いじめシーンあります。
そしてスカッと回でもあります!
「ゲホッゲホッ……大賢者様のお願いは光栄だけど、あまり気が乗らないし、セイリアも迷惑だろう?」
マサキの言葉に、セイリアは困ったような、ホッとしたような、複雑な表情をした。
彼女の身の上には同情したいが、マサキに付き合う義理はない。
それにあの高名な大賢者エルミラだ。
おそらく王国との繋がりはまだあるのだろう。
最初のセイリアの反応を見ても、政敵から狙われた経験がある証拠だ。
「そうですか……残念です」
「それより、ここから最寄りの町はどこですかね?」
「プロスタの町よ。明日の朝、ギルドへ依頼完了の手続きに向かうから、連れて行くわ……もう寝るわね」
セイリアはそう言うと、部屋の奥へ向かった。
「じゃあそれで貸し借りなしだな」
マサキがセイリアの背中に声をかける。
「……そうね……」
セイリアは振り返らず答えた。
プロスタの町の冒険者ギルドは、昼時で混み合っていた。
とは言っても、マサキが依頼を受けてきたグラントの町ほどではない。
グラントの町は、リビン王国中興の王ケリーを生んだグラント一族の旧領である。
そのため、グラント家が天下を取った現在、プロスタ側の街道は整備が遅れ、この町は割を食っているのだ、とセイリアは教えてくれた。
「早い話が政治で負けたってママが言ってたわ」
それでも依頼掲示板の前に人だかりができ、受付では書類の山が積まれている。護衛完了や魔物討伐の報告が飛び交い、併設している宿屋《カバのヒゲ亭》では早くも昼前から安酒の匂いが漂っていた。
「カバってなんだ?看板に描かれてる動物か?」
「南方の魔獣らしいわ。大きくて、素早くて、皮膚は硬くて、牙でドラゴンの鱗を貫いちゃうんだって」
「一度見てみたいな」
「そうね……」
セイリアは一瞬、哀しげな目をしたが、マサキの方を笑顔で振り返る。
「じゃあ、私はこれで……また命があったら会いましょう」
「ああ、世話になった」
セイリアは踵を返すと、受付へ歩いていく。
マサキは適当に酒場スペースに腰掛け、麦酒を注文した。
セイリアの後ろ姿を眺める。
肩にかけた草色のケープは古びている。
腰の短剣は手入れが行き届いているが、全体としては"目立たない冒険者”のそれだった。
受付に依頼書と薬草の束を渡す。
「薬草採取の納品よ」
受付嬢は軽く目を通し、淡々と銀貨を三枚置いた。
「はい、これで」
その瞬間、後ろから笑い声がした。
「おいおい、それで終わりかよ」
セイリアが振り向くと、二人の男が立っていた。どちらも顔見知りの中堅冒険者たちだ。
少し酔っ払って、顔には見下すような余裕がある。
「セイリアさんよぉ、また薬草か?相変わらず地味だな」
「仕方ねぇだろ。魔力補充できねえと、すぐ倒れるんだもんな」
わざとらしい同情の声。周囲の冒険者らからも、小さな笑いが漏れる。
セイリアは眉一つ動かさず、銀貨をしまった。
「そうね。本当のことだもの……ねえ、グルナード、用がないならどいてくれる?」
その反応に、男たちは少し拍子抜けしたように顔を見合わせる。
「おいおい、張り合いねーな。前はもうちょい尖ってたろ?」
グルナードと呼ばれた斥候風の小男が、つまらなさそうに鼻で笑った。
戦士風の大男が下卑た笑みを浮かべながら、セイリアに近づき、その横顔を覗き込む。
「オレの愛人になれよ、セイリア。魔力なんざ、いくらでもくれてやる……」
セイリアは大男を睨みつけるが、彼は意に介さない。
「呪われた体で、余計なことを考えんじゃねぇよ。ただオレのために座ってりゃいいんだ。冒険者より楽だろ?」
「ま〜た、ダリオンの口説きが始まったぜ!」
「物好きだなあ……痩せこけたハーフエルフの何が良いのやら」
「おい、やめとけよ」
そう言って笑い、さらに囃し立てる。
「でも、魔石より安上がりじゃねぇか?」
「ダリオンなら毎晩、魔力補充できそうだしな!」
「呪われてても使い道はあるってこった!」
調子に乗った連中が加わり、ギルド中に下卑た笑い声が響く。
セイリアは軽くうつむいたまま、身動きひとつしない。
その光景を見ていたマサキの脳裏に声が響いた。
——お前は余計なことを考えるな……
——家のために座しておればよい……
そして……首台に置かれたものが脳裏をよぎった——
「なあ」
グルナードの真後から声がする。
軽い、どこか退屈そうな声。
いつの間にか背後を取られ、焦った小男が慌てて振り向く。
ダリオンが眉をひそめた。
「誰だ?」
そこに立っていたのはマサキだった。
マント姿のまま、腕を組み、周囲を眺めている。
「そいつは相棒なんだ。早く出発したいから、どいてやってくれよ」
マサキは欠伸でもするように言った。
一瞬、空気が止まる。
「は?」
グルナードが笑い出す。
「なんだ、お前……セイリア、お前の新しい男か?」
セイリアが明らかに動揺する。
「違うわよ!……マサキ、大丈夫だから。いつものことだから、放っておいて!」
「そうそう、よそ者がオレたちのじゃれ合いに口を挟んダバァ!!」
顔をマサキに近づけたグルナードの体が、横に吹き飛び、木製のテーブルに叩きつけられる。
遅れて、椅子が倒れる音。
「……え?」
誰も何が起こったのか一瞬、理解できなかった。
しかしマサキが裏拳で吹き飛ばしたことと、彼が怒っていることは雰囲気で理解した。
「臭ぇ息を吐きかけるんじゃねえよ——」
「グルナード!?……この野郎!!」
ダリオンがマサキに殴りかかる。
丸太のような腕が振り下ろされた次の瞬間、マサキの身体が回ったかと思うと、ダリオンの体が空振りして回転した。
すかさずマサキがその尻を蹴りつける。
ダリオンは派手な音と共にカウンターにキスをして、そのままのびてしまった。
我に返った受付嬢が叫ぶ。
「ギ、ギルド内での喧嘩は厳禁です!すぐ出てください!!」
マサキは片手を上げる。
「あー、悪い」
倒れた男たちに視線も向けず、淡々と言った。
「俺の相棒にちょっかい出すやつを、引き剥がしただけだ。すぐ出るよ」
静寂の後、セイリアがようやく動いた。
「……は?」
本人が一番、理解していない顔をしている。
だが、周囲の空気は完全に変わっていた。
さっきまで二人と一緒に、ヘラヘラとセイリアのことを笑っていた冒険者たちが、引きつった表情のまま、一歩、二歩と距離を取る。
「ダ、ダリオンが一撃でやられた……」
「あのダリオンが?」
「何が起こったんだ?」
マサキは何事もなかったように、セイリアの方へ視線を向ける。
「依頼、終わったんだろ。行くぞ」
「……え?」
セイリアは一瞬遅れて反応する。
その間に、マサキはもう受付から背を向けていた。
まるで“最初からそういう話だった”かのように。
セイリアは慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
ギルドの扉を出たところで、ようやく隣に並ぶ。
「今の、何?」
「何が」
「俺の相棒って——」
マサキは少しだけ横目で見る。
「気が変わっただけだ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
だが、セイリアの声は怒っていない。
むしろ、少しだけ困っている。
その頬が、わずかに赤い。
マサキは前を見たまま、ぽつりと言った。
「勘違いするな。お前のためじゃねぇ……ああいうこと言う手合いを見ると、虫唾が走る」
「……」
セイリアは少し黙ってから、小さく息を吐いた。
「……貸し、また増えたわね」
「ふん……そうかもな」
そのやり取りを最後に、二人は並んで歩き出した。
最後までお読みいただきありがとうございます。林忍です。
第4話では、セイリアが冒険者として受けてきた偏見と、それに対してマサキが初めて明確に彼女の側へ立つ姿を描きました。
「相棒」と呼ばれたセイリアも、かなり驚いたことでしょう。
しかもマサキ本人は、あくまで「気が変わっただけ」。
助けた理由も「つい手が出た」だけ。
それでも、セイリアにとっては大きな出来事でした。
これから二人の関係がどう変わっていくのか、引き続き見守っていただければ嬉しいです。
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次回予告
旅立ちを前に重ねた体温
少女の胸に灯火が戻る
第5話 暑くなってきたら、離れていいからね?
2026年9月11日(金)午前8時 更新予定
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設定資料紹介
魔石
《大地の魔力》を蓄えた特殊な鉱物。
魔力を持たない者でも、その魔力を利用することができるため、古代魔法文明において魔導具や強力な魔法を操るための、貴重な資源となっていた。
大量生産による《大地の魔力の枯渇》が古代魔法王国滅亡の原因とも言われる。
古代魔法王国の遺跡でも時々見つかる。
品質によって蓄えられている魔力量が異なり、上質な魔石ほど高価で、冒険者らの重要な収入の一つである。
現在、その製造・加工技術は失われており、エルフ族が儀式用に作る技術を転用し、エルミラがセイリアのために生成しているが、一日一個か二個が限度である。




