第3話 俺にメリットはないな
スープの湯気とともに
冒険の夢は消えていく
マサキとセイリアが家に戻ると、食卓にスープとパンが用意されていた。エルミラはマサキに席を勧めると、湯気の立つ器を手渡した。
マサキが礼を言ってスープに口をつけると、味は少々薄いが、優しいハーブの味が広がる。とびきり美味いものでもないが、ホクホクと柔らかくなったレンズ豆がたくさん入っていて、体が内側からほぐれていくようだった。
その後、簡単な夕食を終えた頃、セイリアはあくびをかみ殺しながら言った。
「マサキ、ハーブティー飲む?」
「ん?ああ、いただく」
エルミラはマサキに向き直り、頭を下げた。
「セイリアから話は聞いたわ。あなたが魔力補充に協力してくださったと……娘の命を救っていただき、心から感謝申し上げます」
若く見えるが、やはり母親なのだろう。
「いや、こちらも魔物に襲われているところを加勢してもらったので、おあいこですよ」
セイリアがハーブティーの入ったカップを二人の前に置いた。
「何やら魔物に寄生されているせいだと理由は聞きました」
「そうです……《エッグ》と呼ばれる古代の魔法寄生生物と思われます」
「どんな魔物なんです?」
「わかっている範囲では、《エッグ》は人工的に作られた魔物で、体内で孵化すると《グレイプニール》という制御機構を全身に伸ばし、宿主の体を支配するのです」
「ん?つまり卵が割れると葡萄が産まれて乗っ取る??」
セイリアが呆れた顔でマサキを見ている。
「まあ、そういう理解で大丈夫です……そして《グレイプニール》は魔導具で制御できるらしいのですが、よくわかっていません」
「娘さんにくっついてるのは違うのかい?」
「あれは私が作った、《ゲルギア》とは名ばかりの簡易型……とりあえず寄生生物の孵化を止めるだけのものです。完全に制御する方法については調査中……というより、ほとんど何もわかっていません。」
エルミラの言うことの半分くらいしか理解できなかった。
「早い話がその簡易型は魔物の孵化を抑えるために、男や魔石の魔力を消費するってことですよね?」
エルミラはうなずいた。
「なんかすげぇ話だな……エルミラさんって、もしかして大賢者エルミラ?」
セイリアの目の色が変わり、短剣が跳ねるようにマサキへ向く。
次の瞬間には、その手首をマサキが軽く掴んでいた。
「なっ!?」
「もういいか?その反応だけで説明は十分だ」
そう言うと、マサキはセイリアの手をパッと離した。
セイリアはマサキからワンステップで離れると、母親を庇うように短剣を構えた。
大賢者エルミラ。
百五十年前、英雄ケリー・グラントとともに炎龍を退治した魔法使い。
その後、荒廃したリビン王国は分裂し、ケリー・グラントが王の長女である妻のイレイを擁立した。
そして十年ほどで王国を再統一し、禅譲で王位に就くことになるのだが、いつの間にかエルミラは歴史の表舞台から姿が消えてしまっている。
とはいえ、現在も魔法を研究している魔法使いの人々は、大部分がエルミラの弟子であり、エルミラ本人も、王都の大学で魔法を教えているという噂はある。
「大賢者かどうかはともかく、英雄王ケリーとともに炎龍を退治したことはありますね」
エルミラは優しく微笑んだ。
「ママ!刺客かもしれないのに!」
「刺客なら、セイリアが腕を掴まれた時点で終わってる……ただの確認だろ?」
マサキが呆れ声を出し、目の前のハーブティーを一口飲んだ。
「ごめんなさいね、マサキさん。この子ったら、疑り深くて……」
「ママ!」
「私を排除したところで、得るものは何もないわよ……それより謝罪なさい」
「いや、気にしてないから大丈夫ですよ。冒険者ギルドで伝説の有名人に会ったと、自慢話にするくらいです」
マサキの余裕に、セイリアも自尊心を傷つけられたのか、口をへの字に曲げて押し黙る。
しかしエルミラが優しく背中を叩き、渋々マサキに頭を下げた。
「……悪かったわ」
「いいさ」
セイリアは言葉とは裏腹に、マサキを睨みながら、やや乱暴な音を立てて椅子に座った。
「マサキさん、お強いのですね」
「……冒険者生活が長いもんですから」
マサキはすぐ答えず、少し遅れて答えた。
「もし……叶うならば、セイリアに協力してあげてもらえないでしょうか?」
「ママ!やめて!」
セイリアがエルミラに噛み付くように叫んだ。
「この子は、亡くなった父親に似て冒険好きなのですが、《ゲルギア》が大量の魔力を消費するせいで遠出ができません」
「ママ、本当にやめて!私が他の冒険者にどんな扱いを受けてるか知ってるよね!?」
「でも……」
「コイツはそういうことしないけど、私がハーフエルフだからって、魔力を吸う魔女だと陰口たたかれるのよ?」
セイリアの表情は険しい。
「体が目当てで近づいてくる奴もいた。勘違い野郎も」
(体目当て野郎や勘違い野郎は出てくるだろうな……もっとも見ず知らずの男に体を密着させてくれなど、普通は頼みにくいだろうけどな)
マサキは冷静に考えたが、なぜか不快感が心を支配した。
「中には親切な人もいたけれど、効率が悪いと感じたら離れて行ったり、パーティから追放したり……コイツだって、そのうち面倒くさくなって、離れるだけよ!」
マサキは興奮するセイリアをぼんやり眺めながら、ハーブティーを一口飲んだ。
確かにハーフエルフは被差別対象になりやすい。
エルフは、その美貌から王侯貴族が奴隷として所有する者も少なくないため、奴隷の子どもとして蔑まれることが多いからだ。
そして先祖にエルフが混ざっていると、ヒューマン同士の間からも"チェンジリング"と呼ばれるハーフエルフが突然生まれ、忌子として忌避されるのも関係している。
世間に多くいるハーフエルフはほとんどが奴隷、またはチェンジリングで差別され、冒険者や盗賊に身を落とす者は多い。
セイリアのような一般エルフと一般ヒューマンの純粋ミックスはなかなかお目にかからない。
しかし、見た目で判断できるわけもなく、他のハーフエルフたちと同じような境遇に晒されているのは、容易に推察できた。
「確かに俺にメリットはないな……」
セイリアがビクッと体を震わせた。
唇を噛み、手を握りしめている。
「毎日、何時間も異性から魔力補充しなきゃならないなんて、冒険者は難しいだろ」
そう言うと、マサキはカップを見つめる。
「構わないわよ。ここの工房なら、一日一個魔石を精製できるし……節約して魔石を貯めれば、多少の遠出はできるもの」
セイリアが少し言いにくそうにする。
「何時間も?節約?」
エルミラが不思議そうな顔をした。
「一日に魔石一個は消費するのに?」
「ちょ、ちょっと……ママ!」
「あなた、またフラフラと男漁りを……」
「勘違いしないでママ、お金を払って知り合いに頼んで魔力をもらってるだけだから!」
耳まで赤くなっている。
(魔石一個で一日分か)
マサキはカップを見つめた。
それなら、マサキが協力したところで大した負担ではない。
むしろ問題なのは……さっきから、他の男の話を聞くたびに妙に腹が立つことだった。
(エルミラは俺が聖人君子に見えるのだろうか?)
マサキが呆れながら、カップをあおった。
「ならセイリア……マサキさんと結婚してもらえばいいんじゃないかしら?子作りすれば魔力補給は三十分で終わるわよ?」
セイリアは両手で顔を覆い、マサキの口からハーブティーが噴水のように噴き出した。
最後までお読みいただきありがとうございます。林忍です。
第3話では、《ゲルギア》によって冒険を制限されているセイリアの事情と、彼女がこれまで冒険者としてどんな扱いを受けてきたのかを描きました。
そしてマサキにあっさり振られてしまったセイリアですが、最後にエルミラからとんでもない提案が飛び出しました(笑)。
二人の旅は、果たして始まるのでしょうか?
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次回予告
嘲笑に俯く少女へ
旅人は手を伸ばす
第4話 貸し、また増えたわね
2026年9月4日(金)午前8時 更新予定
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設定資料紹介
魔法
古代魔法王国の技術。
《大地の魔力》を利用することで、古代人は魔力を増幅・制御し、生活の中でも魔法を使っていた。
しかし、やがて《大地の魔力》が枯渇。
魔法文明は衰退し、魔力の乏しかった蛮族や、奴隷と呼ばれていた人々の反乱によって古代魔法王国は滅亡した。
その際、多くの魔法技術も失われ、現在では戦闘や簡単な演出などに使われるものがわずかに残っている。




