第2話 ようこそ、旅人さん
命をつなぐために重ねた手
女の帰る場所へ、旅人は歩く
「このブローチは《ゲルギア》。あたしの胸に寄生している魔法生物の活動を抑える魔道具なの。ただし魔力を大量に使うから、一日ちょっとしか保たないの。あ、魔力って魔石の持つ《大地の魔力》と男性の持つ《太陽の魔力》ってのがあってね。女性の持つ《月の魔力》を使えるようにしちゃうと、あたしの魔力を吸うもんだから、使えないように調整してあるの。で、魔力を補給する必要があって。その方法は二つ。魔石か男性の体と接触することで補充されるのよ。そして……」
「……セイリア、説明が下手くそってよく言われるだろ?」
「はあ!?そんなことないし!素人でも分かるように説明してるけど?」
「要は俺に触れていれば、俺の魔力?がその封印に吸収されて、楽になるってことだろ?」
「わかってんじゃない」
「で、男がいない時は魔石だけど、その補充を忘れてたと」
「それはアンタを助けるために、魔法使おうとして、足りない魔力を魔石から吸ったら、なくなったの……残りの数え間違いをしてたのは、あたしが悪いんだけど……」
マサキは少し驚き、申し訳なさそうな顔をした。
「そうか……それは悪いことをしたな」
「うん、だからアンタの魔力、しっかり吸わせてもらうんだから。もっとくっついて」
「……動きにくいから、手繋ぎで勘弁してくれ……」
セイリアは不満げな表情だ。
この女を信用したわけではない。
だが、帰宅して魔石を補充するまでに、途中で《ゲルギア》とかいう魔導具が魔力切れを起こすと死んでしまうという。
マサキも迷子で困っているので、セイリアが自宅まで道案内し、マサキの森からの脱出を助ける代わりに、その間は魔力補給をさせるということになった。
「さっきの戦闘で短剣しか使ってなかったけど、その長剣は飾りなの?」
初対面の男と手を握ったまま歩いているという状況を、セイリアはまったく気にしていないようだった。
「ん?これか?……打刀ってんだ。手入れが面倒だから、滅多に使わねぇな。だから普段はこっちの脇差を使う」
「カタナ……あなた、アズマ国のサムライなのね」
「よく知ってんな」
「一応、冒険者だもの。話くらい知ってるわ。どうしてリビン王国まで来たの?」
「……世界を見てみたくてな」
セイリアが少し驚いたような顔をして、マサキの顔を覗き込んだ。
「なんだよ?」
「ううん……何でもない」
「セイリアはどうして魔物に寄生なんかされたんだ?」
「去年、探索中にヘマしてさ……あたしのママがこの《ゲルギア》を作ってくれて、何とか生き延びてるの」
「魔法の道具が作れるとか、すげえ人だな……《ゲルギア》が動かなくなるとどうなるんだ?」
「死ぬらしいよ……」
セイリアは吐き捨てるように、小さく呟く。
「おかげで、遠くまで行けなくなっちゃった……」
やがて、森が少し開けた小高い丘の麓に、ぽつんと建つ木造の家に到着した。
風に揺れるランタンの明かりが窓辺に灯り、柔らかく夕闇を照らしている。
「あれがあたしの家よ。プロスタの町までもう少しかかるし、陽が落ちると森は危険だから、休んでいくといいわ」
「ああ、ありがとう」
セイリアはパッと手を離した。
マサキから離れて、扉の方へ駆けていく。
そのとき扉が開き、ひとりの女性が出てきた。
セイリアと軽く抱擁し、帰宅の無事を喜び合う。
やや色褪せはしているが、見事な金糸の刺繍がされた美しい青のローブ、長い金髪、澄んだ緑の瞳、そしてセイリアよりもさらにくっきりと尖った耳。
「えっ……エルフ!?本物?」
「ママ……紹介するわ。森の中で出会ったマサキよ」
「……ようこそ、旅人さん。私はエルミラ。この子、セイリアの母親です」
マサキは目を見開き、笑顔で一歩前へ出た。
「ふふ、珍しいのね?その反応」
エルミラは優しく微笑んだ。
「久しぶりに純粋なエルフを見たんでな。本当にセイリアの母親なのか?」
セイリアが横から口を挟む。
「正真正銘、あたしのママよ。父親はヒューマンだったの。とりあえず入って休憩しましょう」
セイリアに勧められて入ると、室内は思いのほか整っており、穏やかな田舎の家庭といった趣だった。木のぬくもりと薬草の香りが漂い、炉の火がゆらゆらと温かい光を放っている。
室内着に着替えたセイリアが、マサキ用に服を持ってきた。生前父親が使っていたものらしい。
エルミラも快く了承した。
セイリアは服を手渡しつつ、顔をしかめた。
「……その格好じゃ、さすがに食卓につけないわね。汗も血も泥もついてるし」
「山水だから冷たいけど、裏手に小さな泉があるわ。そこで洗ってらっしゃい。セイリア、マサキさんのために準備を持っていってあげて」
セイリアが液体の入った鉄鍋とリネンを持って裏口を出た。
マサキも着替えを手に持って後に続く。
家の裏手の森の中を進むと、森の小道の奥、大人一人分ほどの高さしかない、小さな崖の上に泉があった。
澄んだ水が溢れだし、小さな滝となって、足元の岩場を濡らしている。岩場を流れた水は森の土に沁み込んで消えていく。
「なかなか……綺麗だな。神聖な感じすらある……」
セイリアは無言で横を通り抜けると、大きな岩の陰にリネンと鉄鍋を置いた。
「ほら、これ。薬草を煮出したものよ。布に浸して滝の下で肌をこすって使って。匂いは……まあ、ましなほう」
それだけ言うと、セイリアはくるりと背を向けて立ち去っていく。
マサキは息を吐いて衣服を脱ぎ、岩場で滑らないよう、ゆっくりと滝の下に入った。水飛沫が身体を叩く。湧水だけあって水温は冷たく、体の芯まできゅっと引き締まるようだった。
リネンで体を擦りながら泥や血を落としていると、足音が聞こえてきた。
「アンタ、まだここにいたの?……横で洗わせてもらうわよ」
振り返ると、下着姿のセイリアが、やや不機嫌そうに立っていた。
服は側の低木に掛けている。
「こっち見ないで。夜になると泉に獣が水を飲みに来るの。だから今のうちに済ませたいのよ」
そう言いつつも、彼女はマサキに背を向けて滝の水を浴び始めた。
マサキもセイリアに背を向け、冷たい水を浴び直す。
水をかぶった直後、心臓が早鐘のように打っているのがわかった。
──《ゲルギア》って、肌に張り付いてるんだな……
マサキはセイリアの姿を思い出すと、滝の冷たい水を手に掬って顔を洗った。
やけに水が冷たく感じられた。
最後までお読みいただきありがとうございます。林忍です。
第2話では、セイリアが抱える《ゲルギア》の秘密と、彼女がマサキと行動を共にすることになった理由を描きました。
命をつなぐためとはいえ、初対面の相手と手を繋いで歩く二人。
そして、セイリアの母・エルミラとの出会い。
少しずつ明らかになっていくセイリアの事情と、そんな彼女に巻き込まれていくマサキの旅を、これからも楽しんでいただければと思います。
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次回予告
スープの湯気とともに
冒険の夢は消えていく
第3話 俺にメリットはないな
2026年8月28日(金)午前8時 更新予定
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設定資料紹介
魔力
すべての生命に備わっているとされる、生命力の源。
古代魔法王国では、この力を操ることでさまざまな奇跡を起こしていたとされる。
魔法使いや神官が魔法を使う際にも消費され、枯渇すると意識を失い、最悪の場合は死に至る。
また魔力には三種類ある。
・男性が持つ《太陽の魔力》
・女性が持つ《月の魔力》
・大地や植物が持つ《大地の魔力》
性別や種族によって、使用できる魔力や魔法には違いがある。




