五話 見てしまったもの
隣のクラスが、やけに騒がしかった。
「うわ、絶対かわいいって」
「いやマジで美人らしい」
「教育実習生だろ?」
「しかも若いって聞いた」
放課後。
教室でノートを片付けながら、綾人はうるさそうに隣を見た。
三年二組。
佐野さくらのクラスだ。
「……元気だな」
苦笑混じりに呟く。
どうやら今日から来た教育実習生の話題らしい。
廊下には様子を見に行く男子までいる。
「綾人、見に行かねぇの?」
同じ部活の男子が笑いながら声を掛けてきた。
「興味ない」
「嘘つけって」
「いやマジで」
適当に返しながら鞄を持つ。
今日は部活の日だった。
綾人は軽音部の機材庫へ向かった。
◇
気づけば、外はかなり暗くなっていた。
「やっば……」
綾人はスマホの時間を見て顔をしかめる。
居残り練習に集中しすぎた。
他の部員は先に帰っている。
音楽室の窓へ目を向けると、雨粒がガラスを叩いていた。
六月特有の重たい雨。
夕方なのに、外はもう夜みたいに暗い。
「最悪……」
綾人はケースを肩へ掛け、音楽室を出た。
校舎は静まり返っている。
遠くで雨音だけが響いていた。
誰もいない廊下を歩く。
その時だった。
——ガタン。
どこかで音がした。
綾人は足を止める。
上の階。
四階の方だった。
「……は?」
思わず階段を見上げる。
四階。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、昼間クラスで聞いた怪談が脳裏をよぎった。
白い女。
夜の校舎。
四階の空き教室。
「……いやいや」
綾人は苦笑する。
ただの噂だ。
そう思いながらも、なんとなく落ち着かなかった。
——ガタン!
また音が響く。
「うわっ……」
静かな校舎だからこそ、音がやけに大きく聞こえる。
しかも場所が悪い。
四階。
噂の空き教室がある場所だった。
「いや……普通に怖ぇんだけど」
綾人は苦笑しながら足早に昇降口へ向かった。
もう関わりたくなかった。
気味が悪すぎる。
◇
外へ出る。
雨はさらに強くなっていた。
綾人は傘を開きながら、小走りで校門へ向かう。
その時だった。
ふと。
視線が校舎へ向く。
四階。
東側の端。
噂の空き教室。
「……っ」
窓際に、白いものが見えた。
綾人は思わず立ち止まる。
白い人影。
長い髪にも見える。
けれど、妙に輪郭がぼやけていた。
窓に白い膜みたいなものが貼り付いているようにも見える。
雨のせいで、視界が滲んでいた。
「……なんだ、あれ」
しかも。
その白い影の横に、もう一つ別の影がある。
暗くて形は分からない。
ただ、雨の中で揺れていた。
傘みたいにも見える。
けれど、白い光に照らされるたび、人の形が歪んで見えた。
まるで別の何かみたいに。
その時だった。
窓際の白い影が、ゆっくり前へ動いた。
「……え?」
誰か近づいてる?
そう見えた直後。
ふっと、白い女が消える。
まるで光だけが切れたみたいに。
「っ……」
綾人の背筋が冷えた。
次の瞬間。
窓が白く光った。
「うわっ!?」
雷——。
そう思った。
けれど、一瞬だけ違和感があった。
窓の内側から光ったように見えたのだ。
「……なんだよ、今の」
喉が引きつる。
四階。
白い女。
呼吸音。
昼間聞いた怪談が頭から離れなかった。
もう嫌だった。
これ以上見たくない。
綾人は視線を逸らす。
そして、そのまま逃げるように学校を後にした。




