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学校の怪異  作者: qp46
第一章 四階の白い女

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三話 四階

 最初は、ただの冗談だった。


 四階の窓に立つ白い女。夜の校舎を歩く足音。誰もいない教室から聞こえる呼吸音。


 そんな噂、どうせ誰かの悪ふざけだと思っていた。


 少なくとも、昨日までは。


 


「……はぁ」


 田中麗奈は小さくため息を吐きながら、雨の歩道を歩いていた。


 空は朝からずっと曇ったままで、夕方になった今はもう夜みたいに薄暗い。街灯が濡れたアスファルトへぼんやり反射し、降り続く雨が白く煙って見えた。


「貸し出し用あってほんと助かった……」


 手にしたビニール傘を見ながらぼやくと、隣を歩く遥香が呆れたように笑う。


「だから言ったじゃん。傘持ってこいって」


「朝降ってなかったじゃん」


「天気予報では降るって言ってた」


「見てませんでしたー」


「でしょうね」


 二人は並んで駅へ向かっていた。


 雨はさっきより少し強くなっている。


 その時だった。


「……あ」


 突然立ち止まった麗奈に、遥香が振り返る。


「どうしたの?」


「スマホ」


「え?」


「教室に置いてきた」


 遥香が露骨に嫌そうな顔をした。


「うそでしょ」


「机の中入れっぱだ」


「今から?」


「スマホないと普通に詰むんだけど」


 遥香は深くため息を吐く。


「……じゃあ私も」


「いや、すぐ戻るだけだから大丈夫」


「でも——」


「ほら、まだ校門見えてるし」


 そう言って笑うと、遥香は少し迷ったあと、諦めたように肩を落とした。


「じゃ、戻ったら連絡して」


「りょーかい」


「絶対だからね」


 軽く手を振り、麗奈は一人で学校へ戻り始めた。


 


     ◇


 


 校門をくぐろうとした、その時だった。


 ふと視線が上へ向く。


 四階。


 東側の端の教室。


 誰も使っていないはずの空き教室に、ぼんやり白いものが見えた気がした。


「……え?」


 窓ガラスからこちらを見ているような女の姿


 長い髪みたいなものが揺れた気がする。


 けれど次の瞬間には、もう何も見えなかった。


「……見間違い、だよね」


 苦笑しながら校舎へ入る。


 校舎の中は、不気味なくらい静かだった。


 雨音だけが響いている。


 夕方のはずなのに廊下は薄暗く、曇った空のせいで窓の外も灰色に沈んで見えた。


「空気こわ……」


 思わず漏れた声が、やけに廊下へ響く。


 昼間なら何とも思わない場所なのに、今は別の校舎みたいだった。階段を上がる足音までやけに大きく聞こえる。


 カツン。


 カツン。


「こういう時に限って誰か出てきそうなんだよね……」


 半分冗談みたいに呟きながら教室へ向かう。


 すると、教室の扉が少しだけ開いていた。


「あれ……?」


 一瞬、足が止まる。


 誰かいる?


 そう思ったが、中は暗い。


 麗奈は恐る恐る扉を開けた。


 誰もいなかった。


「びっくりした……」




 机の中を探ると、スマホはすぐに見つかった。


「よかったー……」


 麗奈は安堵したように息を吐く。


 静かな教室だった。


 窓を叩く雨音だけが響いている。


 その時だった。


 ——ピコン。


 突然、スマホが震えた。


「っ!?」


 肩が跳ねる。


 画面を見る。


 知らない番号だった。


 そこに表示されていたメッセージを見て、麗奈は眉をひそめる。


 


『どうしてわらったの?』


 


「……なにこれ」


 意味が分からない。


 誰かの悪ふざけ?


 そう思った瞬間。


 ——ガタン。


 上の階から、大きな音が響いた。


 麗奈の表情が固まる。


「……四階?」


 噂の空き教室がある場所だった。


 静まり返った校舎に、雨音だけが響いている。


 その空気が、やけに気味悪かった。


 ——カツン。


 階段の方から音が聞こえる。


 麗奈はゆっくり廊下へ出た。


 四階へ続く踊り場。


 誰もいない。


 けれど。


 一瞬だけ、女みたいな人影が見えた気がした。


「っ……」


 長い髪。


 白い服。


 俯いた顔。


 だが次の瞬間には、もう消えている。


「……は?」


 その場に残っていたのは、濡れた足跡だけだった。


 雨で濡れたみたいに、点々と四階へ続いている。


 背筋が冷える。


 けれど同時に、別の感情も湧いてきた。


「……いや、絶対イタズラでしょ」


 そうだ。


 怪異なんているわけがない。


 どうせ誰かがふざけているだけだ。


「めっちゃ腹立つんだけど」


 怖がってると思われるのも癪だった。


 誰がやってるのか知らないけど、見つけたら絶対文句を言ってやる。


「……首謀者、捕まえてやる」


 強がるように呟きながら、麗奈は四階への階段を上がった。


 カツン。


 カツン。


 自分の足音だけが静かな校舎へ響く。


 四階へ辿り着く。


 東側の廊下は、他よりさらに暗かった。


 灰色の光だけが窓から差し込み、雨音が遠くで鳴り続けている。


 その時だった。


 廊下の奥。


 東端の空き教室へ、人影が入っていくのが見えた。


「……っ!」


 女。


 そう思った。


 長い髪が揺れた気がした。


「待って!」


 麗奈は反射的に駆け出す。


 空き教室の扉は、少しだけ開いていた。


 中は暗い。


 けれど。


 窓に、白い布みたいなものが掛かっていた。


 空き教室だからだろうか。


 その白い布へ、ぼんやり女の姿が映っている。


「っ……」


 長い髪。


 青白い顔。


 俯いた女。


 雨で滲んだみたいに揺れていた。


「……なに、これ」


 麗奈の喉がひゅっと鳴る。


 けれど、その姿はどこか不自然だった。


 輪郭が曖昧で、現実感がない。


 その時だった。


 ふっと、女が消える。


「……え?」


 そこには白い布だけが残っていた。


 麗奈は眉をひそめる。


「……なんだったの」


 気づけば、窓へ近づいていた。


 開きかけた窓から、冷たい風が吹き込んでいる。


 誰かいるのか確認しようとして、麗奈は窓へ手をかけた。


 ガラリ、と窓が開く。


 その瞬間だった。


 強い光が、視界いっぱいに広がる。


「っ——」


 一瞬、世界が真っ白に染まった。


 


     ◇


 


 ——ドシャ!!


 


 雨音に混ざって、何かが地面へ叩きつけられる音が響いた。

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