十四話 壊れてる
頭が痛かった。
榎本清人は、ゆっくり目を開ける。
薄暗い天井。
湿った木の臭い。
古びた廃屋だった。
「……っ」
起き上がろうとして、腕が動かないことに気づく。
縄。
椅子へ縛り付けられていた。
ぼやけていた記憶が、少しずつ戻ってくる。
帰り道。
後頭部への衝撃。
そして。
「……起きた?」
静かな声。
顔を上げる。
そこには、さくらがいた。
制服姿のまま、こちらを見つめている。
その隣には、一人の男子生徒が立っていた。
見覚えのない顔だった。
さくらのクラスメイトだろうか。
酷く怯えた表情をしている。
さくらは小さく笑う。
「もういいよ」
男子生徒が顔を上げる。
「でも……」
「二人で話したいの」
静かな声。
そのあと。
さくらは少しだけ首を傾げた。
「……お願い」
男子生徒は唇を噛む。
苦しそうに俯きながら、ゆっくり部屋を出ていった。
扉が閉まる。
廃屋の中へ静寂が落ちる。
「……なんでこんなことした」
清人が低く呟く。
さくらは少し嬉しそうに笑った。
「聞いてくれるんだ」
「答えろ」
さくらは古びた椅子へ腰掛ける。
まるで昔話でも始めるみたいに。
「本当はね」
静かな声。
「卒業するまでは、こんなことするつもりなかったの」
「……」
「でも今ならチャンスだって思った」
さくらはゆっくり笑う。
「だって清人くん、今すごく孤立してるでしょ?」
「学校でも噂されて、周りもみんな離れていって」
「だったら今なら、私だけ見てもらえるって思ったの」
清人の表情が歪む。
「お前……」
「清人くんが悪いんだよ?」
さくらは平然と続ける。
「彼女なんて作るから」
清人の息が止まる。
「最初は別に気にしてなかったの」
「だって、私たちの関係ってそんな簡単なものじゃないでしょ?」
「彼女ができたくらいで終わるような、そんな軽い関係じゃない」
さくらは静かに笑う。
「もっと深くて、もっと奥で繋がってて」
「ちゃんと、お互いの中に残ってて」
「今は違っても、いつか絶対一緒になるって思ってたの」
「だって私たち、ずっと前から繋がってたから」
清人の背筋に寒気が走る。
「でもね」
さくらは少し俯く。
「正直、うざかった」
「……っ」
「声も、顔も、姿も、何もかも」
「笑ってるところも、清人くんの隣にいるところも」
「全部見てるだけで気持ち悪かった」
感情のない声だった。
「だから誘導したの」
「若菜ちゃんが暴走するように」
清人の目が見開く。
「たぶんあの子、自分で“私のためにやった”って思ってるんじゃないかな」
「由奈のことか!!」
清人が怒鳴る。
縄が軋む。
「ふざけんな!!」
「怒らないでよ」
さくらは小さく笑った。
「私は頼んでない」
「そうなる空気を作っただけ」
「やったのは私じゃないよ?」
その瞬間。
清人の顔から血の気が引く。
「……今回って」
掠れた声。
「やっぱり、あの事故も本当にお前だったんだな」
「あぁ、それね」
さくらは少し考えるように目を逸らす。
「まぁ、そう」
「でも今言ってるのは、それじゃないよ?」
「……え?」
「麗奈ちゃん」
空気が凍る。
「あの子、笑ったの」
さくらは静かに言った。
「私たちの関係」
「この関係は、他人が口を出していいものじゃないのに」
「甘くて、切なくて、曖昧で」
「でもちゃんと奥で繋がってる、すごく大事なものだったのに」
「それを笑った」
さくらは少しだけ目を細める。
「だから殺した」
清人は言葉を失う。
「……そんな理由で」
「理由?」
さくらは不思議そうに首を傾げた。
「十分でしょ?」
その瞬間。
清人は理解した。
この女は、本当に壊れている。
「清人くん」
さくらはゆっくり近づく。
「これからは、私があなたの全部だよ」
——バンッ!!
突然、廃屋の扉が開いた。




