最終話 怪異そのもの
西本拓実は走っていた。
呼吸が乱れる。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
やっぱりおかしい。
さくらは普通じゃない。
若菜の時も。
由奈の時も。
清人の時も。
全部。
「……っ」
夕暮れの住宅街を曲がった瞬間、誰かとぶつかる。
「うおっ!?」
「す、すみません!」
拓実は慌てて頭を下げる。
相手は、中野正司だった。
学校周辺を歩き回っていたらしい。
鋭い目が、拓実をじっと見る。
「……お前」
拓実の顔は青ざめていた。
呼吸も荒い。
手も震えている。
中野は眉をひそめる。
「どうした」
「い、いや……」
「何かあったのか」
拓実は視線を逸らす。
「別に……」
「別にって顔じゃねぇだろ」
一歩、詰め寄られる。
拓実の肩が震えた。
「お前、どっから来た」
「……っ」
「何隠してる」
低い声だった。
刑事の目だった。
拓実は唇を噛む。
逃げたい。
でも。
頭の中で、さくらの笑顔が浮かぶ。
好きだった。
本当に。
でも。
これ以上はダメだ。
拓実は震える声で口を開いた。
「……佐野、さくらが」
中野の表情が変わる。
「どこだ」
拓実は俯いたまま、小さく答える。
「……廃屋です」
◇
バンッ!!
突然、廃屋の扉が開いた。
「やめろ!!」
怒鳴り声。
さくらがゆっくり振り返る。
そこには、中野正司と拓実が立っていた。
「……刑事さん」
清人が掠れた声を漏らす。
「それに、さっきの男の子……」
さくらはきょとんとした顔をする。
「……拓実くん?」
数秒遅れて、状況を理解したみたいに首を傾げた。
「なんで戻ってきたの?」
「それに刑事さんって、どういうこと?」
拓実は俯いたまま何も言えない。
さくらは不思議そうに笑う。
「……拓実くん、わたしを裏切ったの?」
「拓実くんって優しい人だと思ってた」
「わたしのこと好きなのに、なんで?」
静かな声だった。
本当に理解できないみたいに。
「わかんないなぁ」
さくらは小さく笑う。
「好きな人のためなら、それくらい普通にできると思ってたのに」
「あ、そっか」
少しだけ首を傾げる。
「好きじゃなかったのかな」
「えー、思い違いかぁ」
「ちょっと恥ずかしいかも」
「違うだろ!!」
清人が怒鳴った。
廃屋の空気が震える。
さくらがゆっくり振り返る。
清人は息を荒げながら叫んだ。
「好きだからこそ!!」
「間違ってるってちゃんと伝えるために、ここに来たんだろ!!」
「この子、自分が喋れば捕まるって分かってたはずだ!!」
「それでも、お前が好きだったから!!」
「正そうとしてくれたんだろうが!!」
静寂。
さくらは、しばらく黙っていた。
やがて。
ゆっくり拓実を見る。
拓実の肩は震えていた。
「……さくら」
掠れた声。
「ごめん」
涙を堪えるみたいに俯く。
「その人の言う通りだよ」
「好きなんだよ」
「お前が」
さくらの表情が、わずかに止まる。
「だから……」
拓実は震える声で続けた。
「だから俺、一緒に償うから」
「もう、こんなことやめよう……」
沈黙。
廃屋の外では、風が鳴っていた。
さくらは静かに俯く。
長い髪が、顔へ影を落とす。
「……そっか」
小さな声だった。
「優しいんだね、拓実くん」
ゆっくり顔を上げる。
その笑顔は、ひどく綺麗だった。
まるで映画のワンシーンみたいに。
けれど。
その奥には、底の見えない暗さがあった。
そして。
さくらは、縛られた清人へ視線を向ける。
「大丈夫だよ、清人くん」
静かな声。
「わたし、何もしてないから」
「だから、すぐ戻ってくるね」
その言葉に、清人の背筋が凍る。
本人だけが、本気でそう思っている顔だった。
◇
取調室。
佐野さくらは、ずっと笑っていた。
机へ頬杖をつきながら、楽しそうに。
中野正司は、ガラス越しにその姿を見つめていた。
「……結局、怪異なんていなかったんですね」
若い刑事が疲れたように呟く。
「全部、人間がやったことだった」
中野は煙草を取り出す。
だが火はつけない。
ただ、静かに指で弄ぶ。
「……いや」
「え?」
「あれはいたさ」
中野は小さく笑った。
「人の形をして、日常に紛れ込んでた」
取調室の中。
さくらが、こちらを見る。
まるで全部分かっていたみたいに。
中野は目を細めた。
「あれはもう——怪異そのものだよ」
さくらは、静かに笑っていた。
後書き
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
この作品は、「怪異って本当に幽霊なのか?」というところから始まりました。
気づけば、人間の噂や感情、執着の方がよっぽど怖いんじゃないか、そんな物語になっていた気がします。
正直、書いていてかなり苦しかったです。
でも同時に、すごく楽しかった。
さくらという“怪異”を書き切れたこと、自分の中ではかなり大きかったです。
そして最後まで読んでくれた皆さんのおかげで、この物語は完成しました。
本当にありがとうございました。
あと、この作品はあえて少しだけ“余白”を残しています。
怪異の噂を誰がどこまで広げたのか。
さくらはどこまで計算していたのか。
若菜は本当に操られていたのか。
細かく説明することもできました。
でも全部説明してしまうと、“ただの事件”になってしまう気がしたんです。
だから今回は、少しだけ謎を残しました。
読後に「あれって結局どういうことだったんだろう」と、少しでも考えてもらえたなら嬉しいです。
もし少しでも面白かった、作者やばいなって思っていただけたなら、ぜひ他作品も覗いてみてください!
現在は、
・AIと異世界を生き抜く異世界転移もの
・妄想を具現化して戦う異能バトル
・平成ギャルが異世界貴族社会を盛り倒す転生コメディ
・子供向け妖怪図鑑風作品
など、かなりジャンル幅広めに書いています。
「同じ作者か?」ってなるくらい作品ごとに空気を変えて書いていますので、気になるものがあればぜひ。
改めて、本当にありがとうございました。




