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学校の怪異  作者: qp46
第三章 怪異とは

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十一話 広がる噂

 悲鳴が響いていた。


「誰か救急車!!」


「先生呼べ!!」


 雨の校庭は騒然としている。


 四階の窓際で立ち尽くしていた若菜を、駆け上がってきた教師たちが取り押さえた。


「木下!! 何があった!?」


「離し……っ、離してください……!」


 若菜は虚ろな目で呟き続けている。


「白い女が……」


「さくらを守らなきゃ……」


「違う、私は……」


 意味の繋がらない言葉。


 教師たちは顔を見合わせる。


 その様子を、廊下の奥からさくらと拓実が見ていた。


「……え?」


 拓実が呆然と声を漏らす。


 さくらも、何が起きているのか理解できないみたいに固まっていた。


「若菜……?」


 若菜は教師に腕を掴まれたまま、それでも何かを探すように周囲を見回していた。


 そして。


 さくらを見つける。


 一瞬だけ、安心したみたいに笑った。


「さくら……」


 その笑顔が妙に気味悪くて、拓実は思わず息を呑んだ。


「木下さん、何やってんだよ……」


 


     ◇


 


 パトカーの赤色灯が、雨の校舎を照らしていた。


 若菜は警察に囲まれながら、ゆっくり歩いていく。


「私、間違ってない……」


 ぶつぶつと呟き続けていた。


「白い女が……」


「だって、さくらが……」


「守らなきゃ……」


 警察官が顔をしかめる。


「かなり錯乱してるな……」


「取り調べできる状態か?」


 若菜は突然、小さく笑った。


「あは……」


「みんな、信じるんですよ」


 濡れた髪の隙間から、虚ろな目が覗く。


「白い女も……怪異も……」


 若菜は笑う。


 壊れたみたいに。


「だって、人って怖い話好きだから」


 


     ◇


 


 霊安室の前は静かだった。


 白い壁。


 冷たい空気。


 榎本清人は、ただ椅子へ座っていた。


 由奈が死んだ。


 頭では理解している。


 なのに、実感だけがなかった。


 昨日まで普通に笑っていた。


 電話もした。


 くだらない話だってした。


 なのに。


「……なんでだよ」


 掠れた声が漏れる。


 その時だった。


「榎本」


 低い声。


 顔を上げると、中野正司が立っていた。


 中野は少しだけ迷うように黙り込む。


「……聞いた」


 清人は何も答えない。


「彼女さんのこと、残念だったな」


 その言葉に、清人は小さく笑った。


 笑ったつもりだった。


 けれど、うまく顔が動かなかった。


「……またっすか」


「……」


「また俺の周りで、人が死ぬ」


 中野は静かに煙草を握る。


 火はつけない。


 病院だから当然だった。


「お前のせいじゃねぇよ」


「みんなそう言うんですよ」


 清人は俯いたまま続ける。


「でも結局、噂だけは残る」


 中野は何も言えなかった。


 十年前もそうだったからだ。


 


     ◇


 


 噂というものは、いつも真実から遠ざかっていく。


 一つの不安は、尾鰭をつけて広がる。


 一つの悪意は、誰かの想像によって膨らんでいく。


 


 そして。


 


 自分の耳へ届く頃には、それはもう“真実”とは別の何かになっている。


 


 誰も真実なんて見ていない。


 皆、自分が信じたい“噂”を信じているだけだ。


 


 ——十年前も、そうだった。


 


     ◇


 


 翌朝。


 噂は、もう学校中へ広がっていた。


 


『教育実習生、死んだらしい』


『昨日また四階で人落ちたって』


『白い女マジじゃね?』


 


 だが。


 噂はそれだけじゃ終わらない。


 


『でもあの人の彼氏ってさ』


『昔、小学生突き落としたって噂あるらしい』


『え、マジ?』


『じゃあ今回も怪しくね?』


 


 誰かが言う。


 誰かが広げる。


 尾鰭がつく。


 形が変わる。


 


『逮捕された木下さん、濡れ衣なんじゃね?』


『本当は別に犯人いるとか?』


『だって白い女の噂あったし』


 


 教室の隅で、それを聞いていたさくらは、小さく笑った。


 誰にも気づかれないくらい、小さく。


 


 ——ほらね。


 


 人は勝手に怪異を作る。

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