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学校の怪異  作者: qp46
第三章 怪異とは

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十話 お別れしませんか?

 雨が降っていた。


 放課後の校舎は静かだった。


 教育実習が中止になったことで、高橋由奈は今日で学校を離れることになったらしい。


 若菜は教室の窓から、昇降口へ向かう由奈の姿を見つめていた。


 少し小さく見える背中。


 何度も教師へ頭を下げている。


 本当に真面目な人なんだと思う。


 だからきっと。


 話せば分かってくれる。


 若菜はそう信じていた。


 


     ◇


 


「由奈先生」


 昇降口へ向かおうとしていた由奈が振り返る。


「あ、木下さん」


 由奈は少し驚いたように笑った。


「どうしたの?」


 若菜は少しだけ迷うように視線を落とす。


「その……短い間だったけど、お世話になったので」


「うん?」


「お別れ、しませんか?」


 一瞬だけ、由奈がきょとんとした顔をする。


 けれどすぐに、小さく笑った。


「ふふっ、何それ」


「あ……すみません。変ですよね」


「いや、なんか木下さんらしい」


 由奈は優しく笑う。


「ありがとう」


 その笑顔を見た瞬間、若菜は少しだけ安心した。


 やっぱり。


 悪い人じゃない。


 


「少しだけなら大丈夫だよ」


「……本当ですか?」


「うん」


 若菜は嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、四階の空き教室でもいいですか?」


「四階?」


「静かなので……」


 由奈は少し迷ったあと、小さく頷く。


「分かった」


 


     ◇


 


 四階は静かだった。


 雨音だけが、校舎の外から響いている。


 空き教室の窓には、まだ白いシーツが掛かったままだった。


 麗奈が死んだ、あの日から。


 撤去する人もいないらしい。


「……まだそのままなんだ」


 由奈が小さく呟く。


 若菜は黙ったまま、教室の中央へ立っていた。


「先生」


「ん?」


「先生って、清人さんのこと好きですよね」


 由奈は少し驚いたように目を丸くする。


「え、う、うん……まぁ」


 困ったように笑う。


「急にどうしたの?」


 若菜は由奈を真っ直ぐ見つめていた。


「先生、昨日さくらに聞いてましたよね」


 由奈の表情が止まる。


「……聞いてたの?」


「少しだけ」


 若菜は静かに続ける。


「やましいことじゃないよねって」


 由奈は気まずそうに目を逸らした。


「……ごめんね。あの時は、ちょっと不安で」


「どうして不安になるんですか?」


「え……?」


「清人さんのこと、信じてるんですよね?」


 由奈は言葉に詰まる。


 若菜は一歩だけ近づいた。


「さくら、傷ついてました」


「……え?」


「噂って、広がるんです」


 雨音が強くなる。


「先生も分かりますよね」


 若菜は小さく笑った。


「人って、勝手に怪異を作るから」


 由奈の顔色が変わっていく。


 何かがおかしい。


 ようやく、そう気づいたみたいだった。


「……木下さん?」


「さくらは優しいから、何も言わないんです」


 若菜はゆっくり由奈へ近づいていく。


「でも、そのせいで傷つくんです」


「待って」


 由奈が一歩下がる。


 だが、その背中は窓際だった。


「木下さん、落ち着いて——」


「先生」


 若菜は静かに首を傾げる。


「白い女って、“悪い人”の前に出るんですよね?」


 その瞬間。


 由奈の表情が凍りつく。


「……っ!」


 逃げようとした拍子に、足がもつれる。


 若菜が反射的に手を伸ばす。


 掴もうとしたのか。


 押したのか。


 若菜自身にも、もう分からなかった。


 


 由奈の体が、ゆっくり後ろへ傾く。


 


「……え?」


 


 掠れた声。


 次の瞬間。


 


 ドン。


 


 鈍い音が、雨の向こうで響いた。


 


 若菜は動かなかった。


 ただ。


 窓の外を見下ろしていた。


 


 雨の中。


 人影が集まり始める。


 悲鳴が聞こえる。


 誰かが叫んでいる。


 


 騒がしいはずなのに、若菜には遠く感じた。


 


 若菜はゆっくりスマホを握りしめる。


 


 どうして。


 


 どうしてみんな、さくらを不安にさせるんだろう。


 


 どうして傷つけるんだろう。


 


 さくらは優しいのに。


 


 だから。


 


 ——私が守らなきゃ。


 


 若菜は静かに笑う。


 


 さくらの不安の種は。


 


 全部、取り除かなくちゃ。

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