第一章 三:ブルーボルト
山田リーコは疼く左腕を抑えた。火渡エクトはその一瞬の緩みを狙い、リーコに向けて火球を飛ばした。が、やはりリーコにとっては動きの鈍い火であった。
「お前の能力は瞬間移動か……時間停止か……。それとも世界がスローモーションに見えるのか。一体なんだ?」
「だから能力って何? 知らないって」
エクトはその後も火の玉を2発ほど撃ったが、避けられてしまい火種になってしまうのがオチだった。
先ほどリーコが月詠ももを吹っ飛ばしたという事実に、エクトは迂闊にリーコへ近づけないでいた。女とはいえど、ももは龍の血脈。それを吹っ飛ばすほどの力を持っているのであれば自分もやられる可能性があると考える他ないのである。
「この部屋も燃え盛ってきたな。どうだ熱いか?」
リーコはエクトの問いに答えなかった。しかし、実際にリーコは全身から汗が吹き出していた。
「この炎は、人間の扱うような火とは全く違うもの。その左腕、それだけの火傷でもかなり痛いはずだ」
「だから何? さっきから全然当たってないけど」
リーコはエクトに向かって駆け出した。そして、腹部めがけてパンチを打ったがエクトに弾き飛ばされてしまった。
「弱っちいな。当てられなければ意味がない。お前さ……こっちから向かっていかないと何もできないのか」
リーコはすぐに起き上がると、エクトと距離をおいた。
「おいおい、逃げてたら何もできないぞ?」
「それはあなたたちじゃないの?」
「あ? 何だと?」
「こんなにも恐ろしい力があるのに、今まで世界を支配できなかったのは理由があるんでしょ?」
エクトは何も言わなかった。
「ほら当たり」
「俺は何も言ってないぞ?」
「正義の味方がいるんでしょ」
「どうだか。正義の味方だといいな。さあ無駄話は終わりだ」
エクトはリーコを中心に円状に火柱をつくった。リーコは火柱に囲まれてどこからも逃げることができない。
「このまま灼け死ぬんだな」
「ふざけんなよ……!」
「まあ別に俺はお前に恨みもないが、これも俺たちのためだ」
「自分勝手すぎるだろ!」
「すまない。俺たちのために死んでくれ」
「ふざけんな! お前が死ね!」
その瞬間、リーコの体から青い電撃がエクトに向かって走っていった。エクトは電撃を浴びると視界が狭まり、畳に膝と手をついてしまった。
「なっ……!? これが能力なのか……? じゃあ……なぜ……あんなにも避けて……」
薄れゆく意識、最後に見たのは火柱に囲まれる山田リーコ。エクトは目を閉じるとその場にドサリと倒れ込んだ。
火渡エクトは絶命した。
リーコの周りの火柱が消える。一気に熱さが無くなったと思えば、廃屋に広がっていた炎も全て消えていた。
息を切らしながらエクトを見下ろすリーコ。ピクリとも動かないエクトを見てリーコは右手の震えが止まらなくなってしまった。
「もしかして……死んだ……? 私が殺したってこと……?」
リーコは左手で右手を抑えたが、震えは止まらなかった。そして、やがて左手も震え出した。リーコは、震える両手をただ見ているしかなかった。
「な……なによこれ……」
リーコが顔を上げると、部屋の入り口には気絶から目を覚ましたももが立っていた。そして、エクトの死体を見て目から光を失っていた。
「あんたがやったの……!?」
リーコはなにも答えない。
「ねえ……! これあんたがやったの!!??」
ももが怒号を飛ばすとエクトはむくりと起き上がった。その立ち姿に生気はなく、手は下に垂れ下がり、膝も曲がっていた。
「なんで私の能力がお兄ちゃんに効いてんだよ! なんで死んでんだよ!!」
ももはその場で号泣し始めた。
側から見れば義兄を殺された哀れな妹。しかし、リーコには少しも理解できない涙だった。人を殺そうとしておいて、散々いじめておいて、自分勝手なわがままな涙。
いつの間にかリーコの両手の震えは止まっていた。次はこの女を殺さないといけないのか。そう思うと、悲しさよりも後の面倒さの方がよっぽど重要なことだった。
「私って本当に最低だよね」
リーコがももに話しかける。
「ひっく……。なんなんだよ……お前は……」
ももは未だ泣き止んでいない。
「ねえあんたさ、私を殺そうと思ってるわけ?」
「そんなの……当たり前だろ……ひっく」
「ねえもうやめてくれない? ここから逃がしてくれるならもうやらないからさ」
「ああ!? 意味ねえんだよ! お兄ちゃんを殺しておいて! 私がやらずにだれがやるんだよお!」
ももはブチギレて泣き止み、叫んだ。
「僕がやろうか」
その時、リーコとももの間に突然一人の青年が現れ、そう言い放った。
「……!? 誰……!?」
第三者の突然の出現に驚いているももと反対側にいるリーコは、知っている人物の登場に目を見開き畳に尻餅をついてしまった。
「ひ……一月……!?」
「お久しぶりです。山田さん」
そこにいたのは、一月蒼士だった。
そして、蒼士はすでに翠銀刀を手にしていた。
「な……なな……なんでこんなところに……? ってか、なに持ってんの!?」
「あはは。そんなに動揺しないでくださいよ」
蒼士は操り人形のようにフラフラと立っているエクトに近づくと、翠銀刀で彼の胸を刺した。
「どうか安らかに……」
ももの能力の効果は解除され、エクトは胸から青い血を流しながらドシンと仰向けでそのまま後ろへ倒れてしまった。
ももは「ひっ……!」とだけ声をあげ、翠銀刀を前にして恐怖で固まってしまい動けないでいた。
「ちょちょちょ……ちょっと……! なにしてんのよ!」
リーコは、蒼士が手に持ったナイフで死体とはいえエクトをあまりにもあっけなく刺したことに驚き、尻餅をついたまま後退りをした。
「なにをしているかって……。それは山田さんもじゃないですか。この人殺したの山田さんでしょう?」
「ち……違う……! 私じゃない! 違うんだって!」
「そうかな……? だってそこで固まっている女は殺すわけないですから」
蒼士は一歩、リーコに近づいた。
「この女は月詠もも。龍の血脈であり、そこに転がっている火渡エクトとは幼い頃から一緒に暮らしていた。エクトのことを兄のように慕っていたのに……」
蒼士の頬に涙が伝う。
「なんで泣いてんの……?」
「悲しいですね。兄を殺され、こんなところで霧雨に出会ってしまうんですから」
「きり……さめ……?」
「そうです。自然現象の霧に雨。この二文字で霧雨」
「……? いやいや霧雨ぐらい知ってるって。室内なのに霧雨なんてあるわけないし、さっきまで燃えてたんですけど!」
「その霧雨じゃありませんよ。日本の裏に蔓延る龍の血脈を狩る組織の名称です」
リーコの頭にカフェでの有本京子との会話を思い出した。「一月は正義のヒーローだと思う」、それが京子の導き出した答え。
「つまり、一月は……その霧雨ってこと?」
「ええ、僕は霧雨です」
蒼士がそう言うと、後ろでガタンと音がした。
振り返ってみれば、ももの姿がなかった。
「逃げたか……」
「追わなくていいの!?」
「まあ……二兎追うものは一兎も得ずって言うじゃないですか」
「どういうこと……?」
「山田さん、あなたは龍の血脈でしょう?」
リーコは自分についた自分の青い血液を見た。
「これ……青い血……それがどうしたっていうの!?」
「龍の血脈は大抵、やられ際にその類のセリフを言います」
「は!? なに訳のわかんないこと言ってんの!?」
「ただ生まれてきただけで、ただ血が青いというだけで何が悪いんだよ。これ、誰の言葉か知っていますか?」
「知るわけない」
「これは元副会長の有永さんの言葉です」
「え……。は……? え……?」
リーコはあまりの衝撃に言葉を失ってしまった。夏休み中に起きた有永スバルと佐々木豪の死亡事故。それは事故ではなく、スバルと豪は龍の血脈であり、蒼士に始末をされたということに。
「僕は霧雨ですから。青い血である、ただそれだけで狩りをしないといけないんです」
リーコは理解した。
蒼士は自分をあの刃物で切り付けるか刺そうとしていると。
「ちょっと待ってよ! 私は龍の血脈じゃないって!」
「受け入れ難いでしょうね。さっきまで普通の人間だったはずなのに、突然自分から青い血液が出てきて、突然そこに転がる男も殺せるほどの力を手に入れたのですから」
「いったいどういうことなの!?」
蒼士はポケットからBFB05の薬の箱を取り出すと、リーコの前に投げた。そして、リーコはその箱を手に取った。
「……! これ……!」
「そうです。よく見知った薬だと思います」
「これがなんなの?」
「僕も詳しいことは分かりませんが、それ、人間を龍の血脈にする実験薬ですよ」
「は……!? 意味がわからない。私は精神薬だって処方されて……!」
「山田さんは実験対象だったってことですよ」
「私が……!?」
リーコはただ目の前の現実に、薬の箱を見つめることしかできなかった。
「さて、僕は霧雨。本来であれば龍の血脈を狩らなければいけない」
「私を殺すってこと?」
「いいえ。基本的に未成年の龍の血脈は捕獲することになってます。でも、死んだ方がマシかもしれません」
「どういうこと?」
「捕獲というのは日本のどこかにある龍の血脈の施設に送られるということ。そこでは何が行われるのかなんて想像もしたくありません」
「……っ!」
「あとこれ」
蒼士は手に持った翠銀刀を振った。
「これは翠銀刀という対龍の血脈用のナイフです。これで斬られたら想像を絶する痛みに気絶するんですよ」
「やめてよ……私たちクラスメイトでしょ!」
「クラスメイト……? 僕を散々いじめて、今さらクラスメイト面ですか」
「私は……私は違う! 何もしてないでしょ!」
「確かに山田さんは何もしていない……。でも、あの血の青かった男のように裏で命令をしていたのはもうバレていますよ?」
リーコは、やはり殺害を依頼した男は蒼士に殺されたということを確信した。
「あの男が龍の血脈であるということは僕も予想をしていませんでしたけど」
「助けてよ……! ねえ、お願いだから!」
「戦えばいいじゃないですか。火渡エクトを殺したように」
リーコはエクトを殺した自分の体から放たれた青い電撃のことを思い出した。しかしあの時は感情が昂っていたため無意識に出た能力。今はもう、どうすれば能力を発動することができるのか分からなかった。




