第一章 一:誰そ彼
「ねえ……! 一月は正義の味方なんでしょ!」
有本京子は一月蒼士に掴み掛かり、涙を流しながらそう訴えかけた。
「え……えっと、その、落ち着いて」
蒼士は京子の両肩に優しく手を置き、京子を宥めた。
「何があったの?」
今度は蒼士の隣にいた神野七莉が京子に問いかけた。場所は栄の人通りの少ない路地、さっきまで京子と一緒にいたはずの山田リーコの姿はなかった。
「リーコが突然消えたの! 怪しい女が突然現れて、どこかに連れて行かれちゃった!」
「誘拐ということ? それは……警察に連絡すべきよ」
「う……うん!」
京子はスマートフォンを鞄から取り出し、警察に通報をした。警察はすぐに来るということで、その場で待っていることにした三人。
「一月は正義の味方なんじゃないの?」
京子は少し落ち着くと、話を戻した。
「僕が正義の味方? ごめん、なんのこと?」
「だから、龍の血脈がいて、そいつらの悪事を裁く正義の味方なんじゃないの!?」
「え……えっと、ごめん、やっぱり話が見えてこない」
「だから! 一月は正義の味方で! リーコを助けてよ!」
やはり京子は錯乱している。リーコと話していたことと、実際に起きたことがパニック状態の頭の中でごちゃ混ぜになり、空想と現実の区別がつかなくなっていた。
「有本さん、まず僕は正義の味方でもないし、山田さんが攫われたとしても何もできないよ」
「そっか、そうだよね。リーコは一月を虐めてたんだから、別に助ける義理もないよね」
「それは……そうじゃなくて、僕だって助けられるのなら助けたいけど、そんな力はないよ」
「だって今まで……!」
京子は蒼士の隣にいた七莉を見て、その先の言葉に詰まった。
「だって今まで……?」
七莉が京子に聞く。京子が蒼士の顔を伺うと、蒼士は優しく微笑んでいた。その笑みの裏に潜む得体の知れなさに京子は恐怖を覚え、それ以上何も言えなかった。
「ごめん、私変だよね。パニックになっておかしくなってるのかも」
「何があったの? 僕たちはたまたま学園祭に向けた買い出しに来てたところ、偶然この状況」
「そうなんだ……。私たちは……その……ごめん! 二人を尾行してた」
「尾行?」
「うん。元々は京子とカフェでランチをしてただけなんだけど、たまたま一月と委員長が二人で歩いているのを見かけたから」
「それで、なぜ尾行なんかを?」
「いや……その……。二人は付き合ってるのかなって。気になって思わず尾行しちゃった」
「僕たちはただの校外活動というか、課外活動というか。それより、今は山田さんの安否の方が心配です」
三人のもとへ警察が到着した。事情聴取と現場検証が行われ、被害者が山田総合病院の院長の孫だと分かると警官たちは少し慌ただしくなった。
蒼士と七莉は実際に誘拐の場に居合わせたわけではなかったためすぐに解放され、京子は詳しい話をするために署まで同行することになった。
京子がパトカーに乗り去っていくのを見届ける蒼士と七莉。あちらこちらに立っていた野次馬たちは、パトカーが去っていくとすぐに分散した。
「一月君はどう思う?」
「もしかして例の二人に攫われた可能性があるかと」
「やっぱり? 私も怪しいと思う。山田総合病院の孫娘を誘拐して何をやらかすつもりなのか……」
「この件は調査報告に含めるべきだと思う?」
「そうですね……。今のところは痕跡すら見つかってませんし、可能性がある出来事としては報告すべきかもしれません」
「じゃあ私が報告しておくわ」
「お願いします」
蒼士と七莉はその場を後にして、調査を再開した。
路地を抜けて向かったのは久屋大通公園。まずは公園内のベンチに座り、スマートフォンに表示された火渡エクトと月詠ももの画像を時折確認しながら、行き交う人々と比べている。
しばらくすると蒼士が口を開いた。
「どう思いますか?」
「え?」
「今度は、有本さんの言っていた正義の味方というやつです」
「それ、霧雨というワードは出なかったけど龍の血脈を裁く正義の味方って言ってた」
「正義の味方かどうかはさておき、流れは大正解じゃないですか」
「そうね。何か話したの?」
「いえ、何も……。もしかしたら山田さんと二人で僕のことを探っていたのかもしれません」
「そうなの? というかその可能性に気づいていたの?」
「否定はしません。ですが、思い過ごしかと」
「可能性が少しでもあれば潰しておくべき」
「僕は甘いのかもしれません。有本さんは友達ですし、山田さんは……一応クラスメイトですから。ただ、霧雨というワードは出てないので勝手な推測の域は出ていないかと」
「そうね。下手に言い訳をするより放っておくのがいいのかも」
蒼士と七莉は再びスマートフォンに目を落とし、エクトとももの顔を再確認した。そしてまたすぐに、蒼士が口を開いた。
「風凪高校の風紀委員会としてはどう思いますか?」
「え? どういうこと?」
「山田さんのことです。同じ高校の生徒が誘拐されてしまいました」
「これは事件、高校生が首を突っ込むことじゃあない……と普通なら言うでしょうね」
「普通なら」
「さすが一月君。私たちは普通じゃない……。山田さんの行方を追いたいのは私も同じ」
「もう決まってますね。どうします? 一緒に行くか、まずは別々で探すか」
「まずは別々で。もしどちらかが見つけたらすぐに連絡を」
蒼士と七莉はベンチから立ち上がるとそのまま何も言わず、お互いに別方向へ歩き始めた。二人は再び都会の喧騒に紛れ、霧雨の粒のように散っていった。
***
ところどころに穴の空いている腐敗の進んでいる畳の上に、ドサリと、リーコは寝かされた。
朽ち果てた土壁と、風景画の描かれた破けた襖で囲まれた空間。棚には日本人形が数体、他には動物の置物や壺などが散乱している。
黄昏時の日差しが切ない。秋は夕暮れと言っても、朽ち果てた空間では宙に舞う埃と諸行無常の余韻を増幅させるだけの光。
とある山中の廃村にある廃屋にエクトとももは、リーコを運び込んだ。
「本当にこんなところにボスが来るの?」
「夜張さんに送ってもらっただろ? 信じて待つしかねーな」
「幽霊とか出そうで怖いんだけど」
「俺たちは龍の血脈だぞ? 幽霊なんか怖がってどうするんだよ?」
「だって幽霊って触れないんでしょ。いくら私たちが強いからって触れなかったら怖いでしょ」
二人が話していなければ、とても静かな空間。少し遠くから虫の声は聞こえども、静寂の本質は損なわれていない。
「ほら、この人形とかみてよ」
ももは棚に置かれていた髪の長い日本人形を掴んでエクトに見せた。
「それがどうした?」
「怖い話とかに出てきそうじゃん! 勝手に動いたり、髪が伸びたり」
「だからどうした?」
「怖いじゃん!」
「いや、ただ勝手に動いたり髪が伸びたりしてるだけだろ?」
「そうだけど……! 幽霊からの警告かもしれないよ?」
「つまりそれ自体が怖いんじゃなくて、なぜ動いたか、伸びたかを考えて怖くなってるんだな」
「そういうこと」
「いいのか? そんな日本人形を雑に掴んで。狙われるかもしれないぞ?」
「狙われるってどういうこと?」
「さあな」
ももは「やめてよ!」と大声で、日本人形を投げ捨てた。
「おいおい。怖いのか怖くないのか分からないじゃん」
「だから怖いんだって」
「まあそう怖がらなくても。いいか? 幽霊が俺たちに警告をする必要があると思うか?」
「どういうこと?」
「わざわざ警告しなくても、いきなりやればいいじゃないか」
「確かに……!」
「所詮は日本人形を少し動かしたり、髪を伸ばしたりする程度しかできないってことだ」
その時、二人は後ろからゴトリという音を聞いた。
急いで振り返る二人。
そこには、寝返りをうって目を覚まし、起きあがろうとしているリーコの姿があった。「……っ! 痛ったあい……」とぺたんとその場に座る。
「えっ……!? 何ここ!? 誰!?」
リーコはキョロキョロとあたりを見回し、エクトとももを見て座ったまま後ろに飛び跳ねた。ドンと体が土壁に当たった。
「いたっ!」
「目覚めたか」
リーコの目の前にやって来るエクト。
リーコは背の高いエクトに見下ろされ、圧迫感を覚えた。
「だ……誰!? あ! お前は……!」
リーコはエクトの後方に立っているももに気づいた。
「おはよー! いい夢見れた?」
「は!? 意味分かんない! ってか何なのよ!」
「うるっさいわね!」
ももはリーコの頬をピシャリと手のひらでうった。
「痛い……!」
顔をしかめるリーコを見て、ももは笑った。エクトは「おい! やめろ!」とももを叱った。そしてこのタイミングで、エクトのスマートフォンに電話がかかってきた。
エクトが部屋から出ると、ももはリーコに顔をズイッと近づけて「ふーん、いい匂いじゃん」と言った。立て続けに「バカラのルージュ?」と質問をする。
「それがどうかしたの?」
「質問で返すな」
「質問に答えたらここから帰してくれるの?」
「そんなわけないじゃん」
ももは日本人形を手に取るとリーコの目の前に置いた。
「は? 何それ。キモいからやめてよ」
「やだ。質問に答えなかったらこの人形があんたを殺すよ」
「は? まじでキモすぎ」
「いい加減にしろよ」
日本人形がカタカタと小刻みに、左右に動き出す。
そして、口角が上がり邪悪な笑みを浮かべた。
「ひっ……!」
「わかった? さあ質問に答えて」
「そ……そうよ! バカラのルージュをつけてる。何で分かるの?」
「だから質問をするな!」
ももは日本人形を蹴り上げた。人形は宙を舞い、棚に当たった。そして、棚に置いてあった他の日本人形たちと一緒に畳に転がっていった。
「ちょっと……! 丁寧に扱いなさいよ」
リーコはようやく立ち上がると、自分の目の前に置かれていた日本人形を手に取った。埃を払い、ぎゅっと優しく手のひらで包み込む。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
リーコは日本人形にひたすら謝り続けた。
「あははは! 頭おかしくなったの?」
リーコはももを無視した。
「何か言ったらどう!?」
今度は、ももがリーコを蹴り倒そうとしたところで、エクトが電話を終えて部屋に戻ってきた。
「夜張さんから新しい指令が来た」
「どんな指令?」
エクトは、一瞬間をあけて答えた。
「山田リーコを殺せと」




