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第五章 九:BFB

 一月蒼士(ひとつきそうじ)は自分の部屋のベッドに腰かけ、手に持った薬の箱を眺めていた。手のひらほどのサイズの薬の箱には、BFB05という名前が大きく印刷されている。


 蒼士がこの薬を入手したことは誰も知らない。


 世に出回っていない薬。山田リーコが高校一年生の夏から、新しい精神安定剤として処方されて飲んでいる薬。この世で彼女だけが飲んでいる薬。父親同士、良からぬ企みを成功させるための薬。


 蒼士は、父の一月幸成(ひとつきゆきなり)が秘密裏に実験を行っていることを知っていた。リーコの父の山田海斗(やまだかいと)が幸成と手を組み、実の娘を実験台にしているのだ。


 BFB05は人間を龍の血脈にするための薬。この情報は父親同士二人しか知らないはずだが、蒼士は父のパソコンをハッキングして情報を入手していた。


 この実験が成功すれば、人間が龍の血脈になるという歴史の転換点がやって来る。ただ子どもの血が青くなるというだけではない。


 実験計画の名前は、人類龍化計画。大層な名前をつけたところで二人でこそこそとやっているだけなら、こちらもこっそり協力しよう。


 蒼士は薬の箱を棚に片付けた。そして、本棚に差し込んである手帳を取り出してスケジュールを確認し始めた。


 今は高校二年生の夏休み、そろそろ薬を飲みはじめて一年が経つころだ。パーティーで絡んできた男も、リーコに雇われた哀れな龍の血脈も何も知らなかった。


 リーコの血液がまだ赤いのというのは間違いなさそうだ。だが、薬が効いていないのか、何か条件が加われば効果が現れるのかは分かっていない。


 次はこちらから仕掛けてみよう。もしかしたら、外部からの強い刺激が覚醒につながるかもしれない。


 蒼士はそう決めると、夜張誠一(よばりせいいち)を会食に呼び出した。


 会食の日はあいにくの雨だったが、何も問題はない。蒼士は会食の場所に指定した栄の高級中華料理屋に到着すると、いつも通り店内の奥の個室に案内された。


 そこには、すでに夜張誠一がいた。


「お待たせしてすみません」

「いやいや、君を待つ価値なんてこれでも安すぎるくらいだよ」


 蒼士は、低く心地よい男の声に対して微笑みながら席に着く。

 そして男と目を合わせ、口を開いた。


「今夜は僕とあなただけです。さっそくですが話を始めましょうか、夜張さん」

「ふむ。それで、今日はどんな計画を?」

「山田リーコという僕のクラスメイトを誘拐します」

「なぜ?」

「彼女は龍の血脈にとって歴史の転換点になる可能性を秘めているからです」

「どういうことだ? 君がそこまで言うのには訳があるんだろう?」

「もちろんです。でも、それはまだ僕だけの秘密ということで」


 女性ウエイター二人が前菜を運んで来た。蒼士と誠一それぞれの目の前に、コトリと静かにお皿が置かれる。


 女性ウエイターが去った後、二人はまだ前菜には手をつけず、話を続けた。


「君はいつも秘密が多い。だが、いつもうまくことが運んでいる。今回も君を信じても?」

「もちろん。今日は僕の奢りです。存分に楽しんでください」

「今日もだろう。全く、大人を揶揄うんじゃない」


 蒼士と誠一は、静かに笑い合った。

 そしてようやく、蒼士の「食べましょうか」という一声で料理に手をつけ始めた。


「それで、どうやって山田リーコの誘拐を?」

「ブルー・フル・ブラッドに入りたい龍の血脈にテストと称して誘拐させます。二人がいいですね。ただ、入れるかどうかは分かりません。よっぽど優秀なら入ってもらいますが……」


 蒼士は前菜をたいらげ、続けた。


「まず二人に誘拐させる場所や方法はこちらで指定します。夜張さんには、誘拐させた後にさらに別の場所までその龍の血脈二人と山田リーコを運んでもらいます。運んだらあとは二人に任せて、夜張さんは帰宅してください。しばらくしたら僕がそこに向かいます」

「して、決行日はもう決まっているのかい?」

「まだです。夏休み明けになると思いますが、決まったら連絡しますね」

「了解。こちらは八月中にリクルーターと一緒に候補を手配しておくよ」

「頼みます」


 本題を終えると、雑談も含めながら情報交換を行い、料理を堪能した二人は解散をした。二時間くらいだろうか、それでも外に出れば雨はまだ降っていた。


 蒼士は駅に向かって歩いている途中、水たまりに反射するネオンがさらにまぶしく見えた。地下鉄は湿り気を帯び、さまざまな感情の交じった空気がまとわりついてくる。


 家に帰った蒼士は、真っ暗な部屋のリビングをつけ、真っ先にテレビをつけた。荒唐無稽なニュースの中から有益な情報を探す。


 だが、何もない。

 蒼士はニュースを見ながら考え事を始めた。


 ブルー・フル・ブラッドを立ち上げてから一年が経過した。

 山田リーコがBFB05を投与され始めたのと同じ時期。


 同じクラスメイトの山田リーコが実験台になったのは、蒼士も予想できなかった偶然。これは僕にとっても山田リーコにとっても運命であると、蒼士は感じている。


 BFB05という薬の名前は、ブルー・フル・ブラッド05という正式名称の略称。だから、組織の名前はブルー・フル・ブラッドにしてやった。


 心の姫君、山田リーコ。

 リーコも、有永(ありなが)スバルも佐々木郷(ささきごう)も、いずれはこちら側に来る。

 

 さあ始めよう、ブルー・フル・ブラッドという嘘偽りだらけの、龍の血脈のための物語を。


**第一部完**

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