第五章 八:序曲終焉
霧雨の召集があった。
いつも通り、場所はとあるスーパーマーケット。そこに秘密の集会所があるのはごく一部の人間しか知らない。
集会では次の任務が言い渡された。
新しい任務は、龍の血脈の火渡エクトと月詠ももの捕獲。ブルー・フル・ブラッドという龍の血脈による組織との関連性がある二人を捕らえよ。
そしてやはり、神野七莉は神野草剣の娘だった。これからは七莉と一緒に任務につくことが多くなりそうだと、一月蒼士は感じた。
召集から帰った蒼士は、部屋の景色が反射した黒い画面のテレビを見つめながらリビングのソファにもたれていた。
今日は家に誰もいない。
壁際に置かれた数匹の魚の入った水槽の、空気送るポンプの音が心地よい。
よりにもよって七莉と共同戦線。いや、霧雨同士だ。共同戦線ではなく、同志としていつ、いかなる時でも協力関係になるということ。
蒼士は、七莉の家に行った日を思い出した。
久しぶりに血の青くなった日。
久しぶりに恐怖で震えた日。
だが、彼女のおかげで薬の弱点が分かった。
嘔吐をすると薬の効果が消え、再び血は青くなる。
効果が消えた翌日にまた薬を飲めば、再び血は赤くなる。
吐いてはいけない。
苦いものを食べた時だけでなく、あらゆる場面で気をつけなければ。
蒼士は、もし薬を一日に二回飲んだらどうなるかを再確認するために、薬の説明書を棚から取り出し開いた。そして、紙に印刷されたコンピューターの無機質な文字を読む。
RBO120の重複服薬による副作用。軽症の場合、頭痛、眩暈、腹痛、筋肉痛のいずれか、またはいくつか。重症の場合、意識消失、不整脈、腎障害のいずれか、またはいくつか。
やはり、薬の効果が消えた際は家に引き篭もるのが良さそうだ。
蒼士は、思わぬ形で弱点の対策が取れたと七莉に感謝をした。
***
9月のある日曜日、蒼士と七莉は栄に来ていた。
栄に出没したエクトとももを調査せよとの命令が二人のもとに、当日の早朝にやって来たのだ。
蒼士と七莉は急いで支度をすると、地下鉄の栄駅で合流をして実地調査を開始した。そして、目撃場所周辺のエリアを歩いていると、誰かにつけられているのを蒼士は感じた。
「つけられています」
「そのようね。それも二人に。」
七莉も何者かの視線は感じていた。蒼士は誰なのか予想はついていたが、あくまでも知らないふりをした。
気配に気づいてから少し歩き、人通りの多い横断歩道を渡った時に蒼士はバッと突然振り返ってみた。すると、少し離れたところに有本京子と山田リーコの姿が一瞬見えた。
二人はどうやら急いでしゃがんだようだ。
「一瞬ですが見えました。有本さんと……山田さん」
「なぜその二人が? 山田さんはいま不登校のはずでしょ?」
「たぶん遊んでいてたまたま目撃されたのかと。それに山田さんは、有本さんと
は休日に会っているみたいですね」
「撒かないと」
「はい」
蒼士と七莉は少し早足で歩き続け、人通りが少ない路地に入った。それから、路地に入ってすぐのところにあった準備中の居酒屋に入った。
居酒屋の中で静かに息を潜めながら、二人は少しだけ空けておいたドアの隙間から京子とリーコが過ぎ去ったのを確認した。
「撒きました」
「ちょっと話さない?」
店内は狭く薄暗く、店員もいない。七莉の提案で、蒼士と七莉はカウンターに並んだ椅子に座って話を始めた。
「いっそ付き合っているということにする?」と七莉。
蒼士は七莉の意外な言葉に一瞬、口をつぐんだ。
「それはやめておいたほうが」
「なぜ? そっちの方が二人で活動しやすいでしょ?」
「それはそうなんですけど……。その、学校内で噂になったら囃し立てられますよ」
「そう? 付き合っていることの何が悪いのか分からない」
「まあそうなんですけど、なんせこの僕ですから」
「だからそれがなんで?」
「そういう時期なんです。後から考えればなんてことのないことも、今は恥ずかしかったりして揶揄いの対象になるんです。しかも僕たちは同じ風紀委員会ですから、それがさらに面白いんですよ。そうなると変に注目されて、逆に活動がしづらくなるかもしれません」
「私は揶揄われても構わないけど?」
依然として引かない七莉。
蒼士は、何としてでも夢十夜への誘いを断らなければならなかった。
「僕も揶揄われること自体は気にしませんけど……」
「けど?」
「その……僕は山田さんのことが好きなんです」
「ええ……!? 本当に好きだったの?」
「そうです。あの時言ったことは本当です」
「ごめんなさい。任務上の嘘だと思ってた」
「仕方ありませんよ。何が嘘で何が本当か、疑い出したらきりがありませんから」
「山田さんが龍の血脈じゃなくてよかった」
「本当に」
「まあ、二人に見られたことは放っておけば……。でも、山田さんが好きなら、彼女にも見られているのは良くないのでは?」
「大丈夫です。後日、どうせ聞かれるでしょうから有本さんに説明しましょう。今度の学園祭に向けた買い出しだって」
その時、厨房から「あのー、すみません」という声が聞こえてきた。蒼士と七莉は一斉に声の主を見る。
「まだ準備中なんですけど……」
居酒屋のTシャツを着た若い男が申し訳なさそうにしている。七莉が「あ、すみません。そろそろ行きます」と言って、会釈をして二人はお店を後にした。
蒼士と七莉がお店を出てからすぐ、今度は裏口から人が入ってきた。それは、気絶した山田リーコと、リーコを肩に組んで運んできた派手な化粧の地雷ファッションの女だった。
「どう? タイミングはバッチリ?」
「ああ、本当に来たぞ」
「どういうことなんだろう」
「俺にも分からない。しかも男の方は山田リーコがどうとか言ってた。それで、それが山田リーコ?」
「うん。ムカつくほど可愛い女」
「はは、お前は化粧が派手すぎるんだよ」
「はあ!? ぶっ殺すよ!」
「やめとけ。俺には敵わないだろ」
「それより、こいつを一旦置かせて」
女はテーブル席の長椅子に、山田リーコを雑に寝かせた。
そして、自分も反対側の長椅子に座った。
「おいおい!夜張さんからは丁寧に扱えって言われてるだろ!?」
「ふん。ちょっとぐらいいいでしょ」
「ダメだ!この仕事を完璧にこなせば、俺たちはブルー・フル・ブラッドに入れるんだぞ!?」
「お兄ちゃんは神経質すぎるんだよ」
「とにかく指令に従え。完璧にこなせば俺たちは、次世代の龍の血脈になれるんだ」
廃業した居酒屋にいるのは、火渡エクトと月詠もも。ブルー・フル・ブラッドの一員である夜張誠一からの指令のもと、廃業した居酒屋にて、いるはずのない店員になりすまし計画を遂行していた。
二人に遂行が課された計画は、山田リーコの誘拐。長椅子に寝かされた山田リーコは、しばらく目覚める様子もなさそうだ。
「それよりお前も居酒屋の服に着替えろよ」
「えー、ダサいからやだ」
「ブルー・フル・ブラッドに入れなかったら許さない」
「ふん。私は別にどっちでもいいんだから」
「お前はボスに会うのが夢じゃないのかよ」
「……! そうよ! お兄ちゃんなんかとは違って、めちゃくちゃカッコいんだから!」
「会ったこともないのによくそんなことが分かるな」
「夜張さんも言ってたんだから」
「まったく……」
エクトは厨房から出ると、念のため入り口のドアに鍵をかけた。あとは誠一の到着を待つだけだった。
そして、その居酒屋から少し行ったところで、蒼士と七莉は呆然と立ち尽くす京子と遭遇していた。
「あ、これは……」
蒼士と七莉の姿を見てようやく我にかえる京子。
「有本さん……?」
蒼士が声をかける。
「一月に、委員長……。どうしよう、リーコが攫われちゃった……」
京子の目には涙がにじんでいた。
少し離れて聞こえる喧騒、女が出てきた薄暗い狭間から吹いてくる生暖かい風。まるで、非日常への誘い。




