第五章 七:夢
夏休みのある日、霧雨から一月蒼士に指令が来た。
「明日、有永スバルと佐々木郷を捕えよ」
スバルたちの計画を調べたのは蒼士自身である。スバルと豪が廃墟で作戦会議を開くたびに盗み聞きを行っていたので、蒼士は彼らの作戦を知り尽くしている。
だから霧雨から指令が来るのも、蒼士にとっては分かりきっていたことだった。
ただ一つ、蒼士はどこでスバルと豪の計画が実行されるのかということは霧雨に報告していなかった。一貫して場所は不明であるという報告を続けてきた。
場所を分からないことにしてあるため、スバルのビジネスパートナーである椎名大吾と武田和樹に自分を誘拐させる必要がある。
そして、明日は有本京子と高山秋斗と遊ぶ約束をしている日でもある。
二人を遊びに誘い、蒼士はわざと龍の血脈二人の計画実行日と重ねたのである。そうすれば、佐々木郷に自分がその日何をしているかを高校生らしく伝えられると思って。
***
当日、計画通り蒼士の目の前に大吾と和樹は現れた。大吾は以前、高槻明里の家にやって来た首にドクロのタトゥーが入った男だった。
実際のところ蒼士にとってそんなことはどうでもよく、それよりも大吾と和樹のいい加減さに辟易するばかりだった。
まさか計画に関係のない京子も秋斗もいるときに来るとは。しかも能力も堂々と使っている。本当に二人は龍の血脈なのかと疑いたくなってしまうほどに。
この二人はこちら側に来ることはないだろう。歴史に転がる犠牲者となってもらうか。蒼士はそれだけ思うと、和樹の能力によって眠った。いや、和樹の能力によって眠ってやったのだ。
誘拐され車で運ばれている最中、あらかじめ設定しておいたアラームによって目を覚ますと、京子も秋斗も車に乗っていた。
このまま京子と秋斗までスバルと豪のところまで運ばれるのであれば、二人を守らざるをえなくなる。
そうなると、どうしたって霧雨であることがバレてしまう。すでに捕まっている高槻明里だけでもどうなるか分からないのに、特に京子だ。蒼士は京子が自分に探りを入れていることにはとっくに気づいていた。
おそらく山田リーコと繋がっている。夏休み前の期末テスト期間に遊んだ時しばらくはぐれて姿を消していたが、そのときに山田リーコと会っていたのは分かっている。そうやって経緯まで見透かしていた。
まさか二人も乗せてくるとは、また面倒なことになった。蒼士は、自分に誤算があったとすれば、大吾と和樹のレベルの低さを予想できなかったことだと反省をした。
龍の血脈とは思えない頭脳、能力すらまともにコントロールできていない。やはり、この二人はこちら側ではない。
そして、どうせまた眠らせてくるのだろうという蒼士の予想通り、和樹は京子と秋斗を眠らせた。蒼士は、今度は和樹の能力を防ぎ眠らなかった。
あとは簡単だった。大吾を先に始末し、和樹を脅して京子と秋斗を駅まで送らせる。そして、計画通り目的地まで運んでもらう。そこでこの二人とはさようなら。
さて、目的地まで着くと、蒼士は和樹も始末して一人で現場へと向かった。一人でそこに着くことが重要だった。そうすれば高槻明里を安全な場所に隔離してから、 スバルと豪はこちら側かどうかを実戦も含めて確かめることができる。
廃墟に入り二階へ上がると、そこにはもう一人、一番そこにいて欲しくない人物の声も廊下に漏れてきていた。
神野七莉がいる。
やはり神野七莉は霧雨だった。彼女も自分と同じ任務を受けており、彼女なりの方法でここを突き止めたのだろう。
これまでのやり取りからして、七莉にもお互いが霧雨であるということが知らされてないのは明らかだ。お互いを霧雨だとはっきりと認識するのは今日が初めてになる。
蒼士は足を進める前に急いでスマートフォンを取り出し、夜張誠一にメッセージを送った。
「本日の計画は中止、至急帰宅」
今日はもう、霧雨としての行動しか取ることができない。
「すみません、有永さん、佐々木さん」
蒼士は小さくそう呟き、足を進めた。
***
蒼士は、有永スバルと佐々木郷の捕獲任務から帰宅した。
時刻はすでに深夜の1時を回っている。
すぐに自分の部屋に向かうと、パソコンをいの一番に開き報告書を記入して送信をした。
するとすぐに、霧雨からメッセージが届いた。
「任務完了。次回の招集を待て」
捕獲された龍の血脈は、霧雨の所有する施設に送られる。今回もスバルと郷はそこに送られ他のである。
それがどこにあるのか、そこで何をされるのかは限られた人しか知らない。蒼士も、どこかに収容されるということしか知らなかった。
テーブルの上に置いたスマートフォンに再び通知が来た。蒼士はスマートフォンを手に取り、通知が来た銀行のアプリを開いて口座を確認した。
そこにはすでに、今回の任務の報酬である一億円が振り込まれていた。
蒼士はあくびをしながらスマートフォンの画面を閉じ、お風呂に向かった。お風呂を出たあとは髪を乾かし、歯を磨き、自分の部屋に戻るとすぐにベッドに入った。
電気を消し、暗闇に目が慣れた頃、真上には白い天井。
思考を映し出しには十分な白さだった。
今日の戦いを思い描く。
有永スバルと佐々木郷がこちら側に来るポテンシャルがある。殺し屋として人間から依頼を受けていたいつかの男より、遥かに評価できる。
まだ精神的にも経験的にも未熟ではあるが、能力の鍛錬は怠っていない。そして何よりも行動力がある。これからさらに鍛えて経験を積んでいけば、必ず世界を動かせる存在になるだろう。
まだ彼らは終わっていない。
蒼士はそこで考えるのをやめ、眠りにつこうとした。
眠りに入るほんの少し前、七莉の屈託のない笑みが思い浮かんだ。
白い花びらの百合に、暁の星。
蒼士はそのまま眠りについた。
そして、こんな夢を見た。
乾いた土に、パキリとした皮膚の植物が生えている砂混じりの荒野に立つ蒼士。強い陽射しが降り注いでいる。傍には、はるか遠くの地平線に臨む山々まで続く一直線の道。
道の反対側には、一輪の百合の花を持った女性が一人。真っ黒な長い髪に真っ黒な瞳の白いワンピースを着ている。
発色の良い真っ赤な唇は、優しく微笑んでいる。
蒼士はその女を見つめていた。できればこんな荒野ではなく、畳の敷かれた和室で彼女の枕元に座って出会いたかった。
蒼士は相変わらず女をただ見つめている。
女も相変わらず微笑み続けている。
二人の間に流れる温かな空気を裂くように、一台の大きな車が道を走った。車に遮られ、一瞬、蒼士の視界から女が消える。
車が通り過ぎたあと、そこには女の代わりに神野七莉がいた。手に百合の花はない。代わりに、空はまだ薄暗い暁となり、星々が輝いている。
七莉は風凪高校の制服を着て、無表情。
蒼士は肩を叩かれた。
いつの間にか隣には、母の一月里緒奈が立っていた。
里緒奈の瞳は真っ黒だったが、美しい星々が映っているほどに瞳は透き通っている。ただ、彼女も無表情。
蒼士が里緒奈の瞳に釘付けになっていると、顔にポツリと水が一滴当たる。蒼士はそれを指先で拭った。すると、指先には青の薄い広がり。
さらにポツポツと水が降り注ぐ。水の粒は数を増やしていくばかり。いや、これは水ではない。雨である。それも青い雨。
雨はあたり一帯に降り注ぎ、三人とも雨に打たれている。しばらくすると里緒奈は煙のように消えた。
そして、蒼士は七莉の方を見た。
七莉は屈託のない笑みを浮かべていた。




