第五章 四:同胞
一月蒼士はすぐに車から降ろされた。足に伝わる地面の感触は柔らかい土、耳には虫の声がうるさく、助けを求めるために叫んでも誰も来るはずもない場所。
男の「歩け」という声に従って蒼士は一歩、また一歩と足を進めた。そしてしばらく歩くと空気が変わり、建物内に入ったのがわかった。
男が扉を閉めると、外の音は聞こえなくなった。埃やカビの独特のにおいが鼻につく。蒼士の目隠しと口に巻かれたタオルが外されても視界は薄暗かったが、そこが廃墟であることはすぐに分かった。
「歩け」
男は再び蒼士に向かって命令をした。
「どこに?」
開口一番、蒼士は男を煽り始めた。
「は? おいおい、急にどうした?」
「だからどこに歩けと?」
突如として生意気になった蒼士の態度に、男は「口答えするんじゃねえ!」と思わず怒鳴った。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、やけに冷静すぎやしないかと疑問も感じ始めた。
「撃ってみては? 僕にそれは効かない」
蒼士はさらに追撃をした。
男はまだ蒼士に拳銃そのものは見せていない。だが、あれこれ考えるよりもまずは拳銃を突きつけることが最優先であるとポケットから拳銃を取り出して蒼士に銃口を向けた。
「さあ、はやく撃ってみて」
さっきまでとは変わり果てた、少しも怯えていない蒼士の様子に男はイラつき、思わず引き金を引いてしまった。
廃墟内に轟音が響く。
確実に蒼士は死んだと男は思ったが、すでに目の前からいなくなっていた。床を見ても蒼士は倒れていない。それと同時に、男の背中に小さく鋭い感触があたる。
「歩け」
今度は蒼士が男に命令をする。
男の背中にはナイフが突きつけれらていた。
しかし、男は動じることなくその場にとどまっている。
「へえ。意外と冷静なんですね」
「悪いがナイフごときではな」
「ナイフごときですか……」
ただ、拳銃を撃ったのにも関わらず蒼士は生きており、それどころか背後に回り込まれているという事実が、男をその場に縛り付けていた。
「さあ、僕を連れて行こうと思っていた場所まで案内してください」
男は蒼士に従い廃墟の二階まで進むと、六畳ほどの一室に入った。壁はコンクリートの剥き出しに、あとは壁際にボロボロになったソファだけが置かれているだけだった。
「ここで僕を拳銃で殺害する予定でしたか?」
「いいや……。拳銃なんていう人間のおもちゃは使わない」
「人間のおもちゃ……? そうですか。通じるかは分かりませんけど、今あなたの背中に触れている切先は翠銀刀」
男は全身から汗が吹き出した。
そしてすぐに、目にも止まらぬ速さで蒼士から距離をとって対峙した。
「その反応に、その身体能力。なんだ、龍の血脈じゃないですか」
「お前っ……! どういうことだ……!?」
蒼士は男の質問には答えず、不敵に笑みを浮かべるだけだった。
「お前は何なんだ!?」
「それはこっちの質問じゃないですか? 人を脅してこんなところまで誘拐したんだ。まずはあなたが教えるべきでしょう。さあ、お前どういうことだ?」
男は舌打ちをした。
そして、何も答えなかった。
「早く答えた方が身のためですよ? 今あなたが翠銀刀に刺されずに距離を置けたのは、僕の判断によるところですから」
刹那、男の頭をナイフが掠める。風切音と共に蒼士の手から放たれたナイフは、男の髪の毛を少しだけ掠め取ると、後ろの壁に突き刺さった。
男は視線だけ動かして壁に刺さったナイフを確認しようとしたが、緊張で体を動かせないため後ろを見ることができなかった。
「気になりますよね。でも、それはただのナイフ。本物はこっちです」
蒼士はポケットから本物の翠銀刀を取り出した。
蒼士が手に持った翠銀刀を見つめながら、男は話を始めた。
「俺は別に何もお前に恨みはないが、とある人物から殺しの依頼を受けただけ」
「つまりあなたは殺し屋だと?」
「まあそういうことになる」
「おおよそ予想通りか……。依頼人は山田リーコ。クラスメイトの一月蒼士を誰にもバレないように殺害し、行方不明に仕立て上げろとでも依頼されたのでは?」
男は何も言わなかった。
しかし、拳銃を持った右手がピクリと少しだけ動いた。
「いま拳銃を撃ちそうになりましたね。その反応、予想が当たっているんでしょう」
男は相変わらず何も言わない。
蒼士は、「試しに撃ってみては?」と両手を広げて挑発をした。
「は……!? どういうことだ?」
「僕も龍の血脈ですよ?」
「はぁ!? でもお前、翠銀刀って……! まさかそれは嘘か!?」
「残念ながらこれは本物です。霧雨を殺して奪ったわけでもなく、僕は正真正銘、本物の霧雨です」
「意味が分からない……。一体何なんだよお前!」
「これは冥土への土産話です。僕は龍の血脈であり、霧雨である。嘘偽りなく」
「どういうことなんだ! 嵌めたのか! 山田リーコと!」
「ああ、やっぱり山田リーコの依頼でしたか」
蒼士は一歩、足を進めた。
男も一歩、後退りをする。
「ですが、残念ながらそれも違います」
「意味が分からん!」
「あなたは僕に嵌められたんです。まあ龍の血脈だったというのは意外でしたが。せっかくだから戦ってみますか? 龍の血脈同士の喧嘩か、あるいは龍の血脈と霧雨の聖戦か」
男は拳銃を床に投げ捨てた。この空間では、床に転がるただのおもちゃ。この空間を支配しているのは、蒼士の手にある翠銀刀。
「この野郎……! 俺たちは同胞だろ」
「同胞……? いえ、ただ血が青いのが一緒なだけじゃないですか。現になぜ、人間から殺しの依頼なんて受けてるんですか?」
「……! うるせえ……!」
「山田総合病院には借りがある、ですか?」
「……!?」
「まあ、今回依頼をした娘の山田リーコは、龍の血脈のことなんて全く知らないでしょうけど」
「お前……! 一体どこまで……!」
「さあ? それを今日はもっと詳しく知りたいと思って」
男は床に胡座をかいた。
そして蒼士を睨むと、「殺せ」と一言だけ発した。
「なかなか根性ありますね。でもまだ全然話せてませんから」
蒼士は男の腕をつかみ無理やり立たせると、ソファに向かって投げ倒した。
男はソファに尻餅をついて座らされる形となった。
「はっ……! ここに座って落ち着いて話せってか?」
「そうです。でも、落ち着いて話せるかどうかはあなた次第」
そう言うと蒼士は、無情にも翠銀刀で男の腕を斬りつけた。
男の痛みに耐えかねた叫び声が、狭い部屋に響き渡る。




