第五章 二:サーキュムスタンス
月の色は銀色。まさか翠銀刀が月の石によってつくられてはいるまい。月は、龍の血脈たちの集う廃墟を不気味に照らした。
荒れた廃墟の一室で、有永スバルと佐々木豪はネズミが一匹忍び込んでいるとも知らず、意気揚々と何かを話している。
一月蒼士は、二人のいる部屋の入り口からそう遠くない廊下の一角にて、響き渡っている二人の声を聞いていた。
「いい計画になってきた」
「ああ」
「僕が高槻明里を殺し、豪が神野七莉を殺す」
「二人が死んだら俺たちはそれぞれ風紀委員長と生徒会長に繰り上げってことになるかもな」
「そうかもね。まあ、それはどちらでも……。とにかく、人間への楽しい復讐になりそうだ」
蒼士は、その後もしばらく続いた会話の一部始終を録音し終えると廃墟を後にした。
やはりスバルと豪は龍の血脈ということで間違いない。
それにしても陳腐な話だった。それは復讐じゃなくて、自分たちの鬱憤を晴らそうとしているだけじゃないか。
しかし、そんなことはどうでもいい。風凪高校の誰が死のうが興味はない。肝心なのは二人に伸び代があるかどうかだ。
龍の血脈の世界をそれほど知らないが、自分とほとんど同じ年齢。いや、世界を知らないのが逆に扱いやすいのかもしれない。
家に戻った蒼士は霧雨の本部に向けて調査報告書を記入し、それをメールに添付して送信した。
報告書には、スバルと豪が龍の血脈であると確定したことを記入した。蒼士自身が二人をどうしていきたいかという本当のところは、決して表に出さない。
毎日必ず一通、特殊なセキュリティが張り巡らされた回線を利用して報告書やメールを送らなければならない。
時刻は21時を過ぎた頃、リビングに向かうと母親の一月里緒奈がいた。
父親の一月幸成はすでに眠りについていた。
蒼士は里緒奈と特に会話をすることなく、お風呂に向かった。
脱衣所には空調がついており、いつの時期でも快適に着替えることができる。お風呂の湯船は十和田石の四角。床にはタイルが敷かれ、大きめの窓には緑の木々が臨んでいる。
一人で湯に浸かってもまだ三人くらい入ったところで湯船はいっぱいにならない。換気扇の音が上で鳴っている隔離された空間。
蒼士は先にシャワーを浴びて体を清め、湯船に浸かり、暗闇の中で風に揺れる木々を見つめながら考え事をしていた。
ここ最近蒼士が一番気にしている存在といえば、山田リーコ。彼女は果たしてどうなんだろうか。
ゴールデンウィークに開催されるパーティーに誘われた。今後の成り行き次第では大きく方針を変える必要がある。
リーコにパーティーへ誘われたのはおそらくそこで自分を痛めつけるか、大恥をかかせるかしようとしているのだろうと蒼士は考えている。
ともかくはっきりさせたいのは、リーコの血液が青い可能性があるのかどうか。とにかくそれ次第で動き方が変わる。
一番手っ取り早いのはリーコを少し傷つけて血の色を確認することだが、心の姫君に対してそのような粗相はとてもじゃないけどできない。
きっとリーコのことだ、自分の手では何もせず、誰かを使って仕掛けてくるに違いない。学校以外の場所となれば半グレとかそのあたりを使ってくれるとありがたい。
蒼士はすでにリーコのまわりの調査も行なっていた。
だがこれは霧雨の任務ではない。
霧雨も知らないこと、山田リーコの血が青い可能性がある。
もちろん調査報告書は作らない、これは蒼士とリーコの問題。
「そろそろ出るか……」
蒼士はお風呂を出ると、リビングでストレッチを行なってから眠りについた。
***
リーコに誘われたパーティーから帰った蒼士は、いの一番に自分の部屋に行きベッドに腰掛けた。
めんどくさいことになった。同じくパーティーに誘われていたクラスメイトの有本京子と高山秋斗も半グレに絡まれてしまうとは。
ゴールデンウィークが明けて高校に再び登校した時、何かが起こる可能性が高い。蒼士は思考を張り巡らせた。
きっとあの二人とリーコの間には亀裂が入るだろう。そして、自分に何か詫びようとしてくるかもしれない。そうなるとリーコはさらに怒るだろう。
「めんどくさくはないか……」
その後どうなるかだ。きっとまた、自分の手では何もせず、誰かを使って何かを仕掛けてくるに違いない。
この状況は思った以上に使えるかもしれない。今回のパーティーでは半グレを利用した。次は本職あたり、裏社会の人間を使ってくるはずだ。
蒼士はベッドから立ち上がるとお風呂に向かった。
今日もまたここで考えた方がいい。
蒼士は湯船に浸かると、再び思考を巡らせた。
とにかく今後の方向性を変えないといけないのは決定的だ。半グレはリーコの血が青いのかどうか全く知らなかったが、可能性は少しも変わっていない。
次に襲ってくる輩は殺害しようか。
そしてリーコの出方を見るのもいいかもしれない。
いや、リーコの血はまだ赤い可能性の方が高い。
試せることは少しでも多く試さなければ。
次のアクションが起こってから方針を考えるのも遅くはない。
薔薇の香りが漂ってくる湯船の水面は少しも揺れていない。今日は風がないのか、窓の外の木々も静か。
蒼士が湯船から立ち上がると水面は大きく揺れ、お湯が少量、湯船の外にこぼれた。少しだけ勾配になっている床の隅にお湯はのまれ、さらに排水溝にのまれていく。
その水の行方は誰も知らない。




