家族
とある日曜日の朝。
昨日までの天気予報は外れ、雲ひとつない快晴の空が広がっていた。
一月蒼士は目覚ましよりも先に、少しだけ開いたカーテンの隙間から差し込む光によって目を覚ました。目覚ましは保険で設定しているだけ。いつも朝日によってこの時間に目を覚ましている。
部屋の広さは10畳ほどで、子供部屋としてはかなり広い。
壁際にはベッド、部屋の中心には大きめのテーブルと椅子が置かれ、その上にはノートパソコンと何冊かのノートといくつかの文房具が無造作に広がっている。ベッドの反対側の壁には一面に本棚が設置され、本などで埋め尽くされている。
それから部屋のあちこちには観葉植物がいくつか配置されており、まるで一人暮らしをしているかのような部屋。
蒼士は、目覚めるとまず洗面所に向かい、顔を洗ってから歯を磨く。
そして次はリビングに向かい、コップ一杯の水を飲む。
水は一月製薬がとある山に密かに建てた採水、加工工場で製造されている。一般流通はしておらず、限られた者たちだけに販売されている。
その工場がある山は龍の血脈にゆかりのある場所で、龍の血脈にとってはより体に染み渡って健康効果があるという話だ。
リビングには料理の匂いが漂っている。
朝食にはいつもトーストを食べているのだが、この日はテーブルに白ご飯や味噌汁といった和食が並べられていた。
今日は父親が休みを取っている。
食卓に並んだ和食を見て、蒼士は理解した。
朝食前には必ず父親から与えられた薬を一錠飲む。
薬を飲むとしばらく体が怠いのだが、己の体を巡る血を赤くするためには仕方がない。
薬を飲み終わり、朝食を食べようと改めて席に着いたところで父親の一月幸成もリビングにやって来て食卓についた。
「母さんは今日は予定があってな。先に食べてもう外に出ている」
蒼士は何も返さなかった。
幸成は特に気にせず、箸を持つとまず最初によく漬けられたぬか漬けに手をつけた。
同じ咀嚼音をさせるのは嫌だと思った蒼士は、味噌汁を一口飲むとようやく口を開いた。
「全国ニュースになっているけど、今回はやりすぎじゃないの?」
幸成は食べかけの漬物を箸に持ったまま返答を始めた。
「やりすぎ? これは人間を龍化するための大きな一歩だ。少なくとも子どもたちの血液は青くなった。多少騒がれても仕方はない」
「でも、そのうち一月製薬との関係がバレるんじゃないの?」
「会社との関係性はすでにもみ消してある」
幸成は箸に残っていた漬物を口に運んだ。
「成功するといいね」
「ああ……。これからが本番ってところだ。ところで、もう実験は行ったのか?」
今度は蒼士の箸が止まる。
「うん、やっと実行できた。やっぱりこれには勇気が必要だったけど、血が赤ければ翠銀刀に斬られても平気」
「なるほどな。俺たちの血を青くする成分と、水銀刀に含まれる成分が何かしらの反応をしている可能性が高いな」
「もう病院で精密検査は嫌なんだけど。退屈だから、この実験を持って今飲んでる薬は成功ということでいいんじゃない?」
「ダメだ。事実、その薬は蒼士にしか有効じゃない。今回もしっかりと調べないと」
蒼士は味噌汁のお椀を置き、一呼吸置いた。
「もしかしてそれを聞くために今日は休日にした?」
「まさか。息子の顔を見たいのが親ってものさ」
蒼士は、また父親が嘘をついていると確信していた。
「そういえば最近面白いことが会って、高校で風紀委員会に入ったんだけど……」
「それが面白いこと?」
「そこにいたのが神野七莉という女子だった」
「つまり……それで?」
「もしかしたら霧雨の幹部の娘かもしれない」
「そうなのか……。それは良い関係を築けばさらに霧雨に入り込んでいけるかもしれないな」
それ以降、二人の間に会話はなかった。
テレビもつけず、お互いの咀嚼音が聞こえてくるだけの虚しい食卓。
これでは一人で食べているのも変わらない。いま交わした会話だって、別に電話でもメッセージでのやり取りでも何でもいいじゃないか。
外では爽やかな空気が漂っているというのに、朝に似つかわしくない朝食を終えると蒼士は自分の部屋に戻った。
そして服を着替えてから机の引き出しを開けると、数本ある翠銀刀から一本を手に取りポケットに仕舞い込んだ。
今日は現在行っている霧雨の任務について、調査をそろそろ終わらせたい。風凪高校に潜む龍の血脈を見つけ出して捕獲しろという任務。
生徒会副会長の有永スバルと、風紀委員会副委員長の佐々木豪。この二人が龍の血脈で間違いない。
休日になると、とある山奥の廃墟で二人で集まって何かをしているということまでは分かっている。
本人たちはうまく人間社会に溶け込んでいるつもりだろうが、あまりにも未熟であまりにも無防備だ。だからこうも簡単に身辺調査もできてしまう。
今日は二人を尾行して廃墟に忍び込み、何をしているのか確認しよう。そしてそれが、二人を龍の血脈だと結論づける最終判断材料になるだろう。
蒼士は鞄に財布とスマートフォンと家の鍵だけを入れると、部屋を出て玄関に向かった。廊下を歩く途中、以前母親の一月里緒奈から「同胞を始末することに苦しみはない?」と聞かれたことを思い出した。
蒼士は「ただ血が青いというのが同じだけで、意思が違えば同胞じゃない」と答えた。母親はそれを聞いて「そう、それならよかった」と微笑んだ。
この家に家族の愛情が詰まっているのか分からない。いや、他の龍の血脈の家にもそれがあるのかすら分からない。
ただ分かるのは、全員の血が青いということ。
だが、血液が青いくらいで騒いで、一体何になるんだ。
そういう意味では、自分は違う。
父親が研究した薬のおかげで、自分だけは血が赤い。
そう考えると、他の家よりは愛情があるのかもしれない。
父親からは人間に溶け込む資格を与えられ、母親からは微笑みを与えられる。
龍の血脈と霧雨を行き来しても、自分は心の底から龍の血脈だということを実感する蒼士であった。
そして玄関の扉を開け、霧雨としての一日を開始した。




