渦巻く
有本京子と山田リーコはランチが届いても手をつけず、話を続けていた。
「さっき私が見たのは一月と風紀委員長だった。それは絶対に見間違いじゃない」
「休日の昼間になんだろう。校外活動? 付き合っている? それとも……二人は龍の血脈?」
「私も色々と考えたけど……」
「けど?」
京子の頭の中には、リーコが開いたパーティーで半グレと戦っていた一月蒼士の姿、夏休みに変な男たちの車に乗せられていたことがあった。
「やっぱり一月は龍の血脈なんかじゃないかも」
「どういうこと?」
京子はグラスを手に取ると水を飲み干した。
そして続けた。
「もしかしたら正義のヒーロー的なやつかも。龍の血脈が本当にいる存在としてさ、だったら何でまだ奴らが表に出てきてないの? 私は龍の血脈を阻止しようとしている秘密の組織があっても不思議じゃないと思う」
「つまり一月は龍の血脈と戦う組織に所属してるってこと?」
「そう、おかしいかな?」
以前、蒼士の殺害を依頼した男が何者かに殺され、さらには男の血が青かったという報道がリーコの頭を駆け巡った。
「確かに……。でも、一月製薬と血の青い子どもたちの関係性は?」
「それはやっぱり根拠のない噂じゃない?」
京子はようやく箸を手に取り、ランチのサラダを食べ始めた。
リーコも続いてランチに手をつけ始めた。
「それで思い出したんだけど、血の青い子どもってどうなったの?」
「お父さんに聞いた話だともう赤色に戻ってるんだって。結局何だったのか不明のままらしい」
「そうなんだ……。やっぱり私は、一月は正義のヒーローだと思う」
二人はランチを食べ終えると、食後のドリンクを待った。
「あ! そこにいるの一月と風紀委員長じゃない?」
京子とリーコはカフェの窓から、交差点で信号を待つ蒼士と神野七莉の姿を目撃した。
「本当だ……。どうする?」
「どうするって、後をつけるしかないでしょ」
京子とリーコは急いで会計を済まし、音を立てないように外へ出た。そして、蒼士と七莉が交差点を渡り、道路を挟んだ反対側の道を歩いているのを確認した。
「こっち側の道から追ってみよう」
京子の提案にリーコは黙って頷き、追跡を開始した。
蒼士と七莉は何かを話しながら歩いているようだが、当然何も聞こえない。ただ、二人の顔に笑顔がないことは見ることができた。
「うーん、付き合っているという雰囲気ではなさそうかも」
「やっぱりただの校外活動? ……あ、曲がった!」
京子と七莉は二人を見失わないよう、信号が変わりかけの横断歩道を急いで渡った。蒼士と七莉のわずか数メートル後ろまで迫っている。
「近すぎ?」
京子がリーコにそう問いかけた瞬間、蒼士が急に後ろを振り返った。
「「やばい!」」
京子とリーコはその場でしゃがんだ。幸いにも人通りは多く、人波が蒼士の視界を遮ってくれた。
しかし、それは二人にとっても同じだった。このままでは見失うと思い、一か八か立ち上がるとあと数歩で見えなくなりそうなところまで蒼士と七莉は進んでいた。
「ねえ、やっぱりやめる?」
「ここまできたら私は一人でも行く」
そう言ってリーコは再び歩き始めた。
京子も少ししてから追跡を再開した。
それからしばらく尾行を続けたが、蒼士と七莉は突然姿を消した。確かに姿を捉え続けていたはずなのだが、突然視界から消えてしまった。
「あれ? 見失った?」
「私も。いきなりいなくなった」
尾行に熱中していた京子とリーコは、気づけば人通りが少ない路地にいた。危険な風貌をした人がちらほらいる、夜しか営業をしていない飲み屋が並ぶ狭い道だった。
「ねえ、ここって危なくない?」
「やばそう。とりあえず出ていかなきゃ」
京子とリーコは危険な風貌の人たちとは目線が合わないよう、少し下を見て路地を進んだ。すれ違う時のタバコのにおいが鼻をついたが表情を変えることはできない。
「ねえ」
路地を進んでいると、お店とお店の間のさらに狭い通路から、派手な化粧をしてバンドTを着た女が二人の目の前に現れた。
京子とリーコは立ち止まるしかなかった。
「あんたが山田リーコ?」
女は京子を指差した。
「私だけど……?」
女はムスッとして「そう」とだけ呟いた。
「えっと……リーコの知り合い?」
「ううん。京子は?」
「私も知らない」
京子とリーコは少し後退りした。
「ちょっと待ってよ」
女はそう言うと素早い動きでリーコの腕を掴んだ。
「え……!? ちょっと離してよ!」
「離すわけないじゃん」
京子も協力して女の腕を剥がそうとしたが、女に蹴られて地面に尻餅をついてしまった。そして抵抗も虚しく、リーコはそのまま暗く狭い道へと引き摺り込まれてしまった。
京子は急いで立ち上がりお店とお店の間の道に入ったが、女とリーコの姿はすでになかった。そこには誰もいない、ただ薄暗く狭い道が続いているだけだった。
「え……? 嘘でしょ……」
少し離れて聞こえる喧騒が、自分が日常から隔離されてしまったことを感じさせた。当然リーコの行方を探すべきなのだが、どうしたらいいのか分からずにその場で固まるしかない京子であった。
***
蒼士は、傘をさしながら水たまりに反射したネオンの眩しい繁華街を歩いている。隣には誰もいない。
目的地の高級中華料理屋に着き名前を伝えると、「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」と丁寧な対応でもてなされた。
毎回、高校生の自分には似つかわしくない場所だと思いながら、薄暗い店内の廊下を進んでいく。
蒼士はいつもの個室に案内され、扉が開くと、そこにはすでに男が一人席に着いていた。
「お待たせしてすみません」
「いやいや、君を待つ価値なんてこれでも安すぎるくらいだよ」
蒼士は、低く心地よい男の声に対して微笑みながら席に着く。
そして男と目を合わせ、口を開いた。
「今夜は僕とあなただけです。さっそくですが話を始めましょうか、夜張さん」




