目撃
一月蒼士は、次の風紀委員書記を誰にするか既に決めていた。蒼士の中で次の書記を頼めるのは、同じクラスの風紀委員である有本京子しかいなかった。
断られる確率が高そうだと思っていたが、京子は蒼士のお願いを聞いた時に少し考えただけで、すぐに「書記をやる」という返事をくれた。
実際、京子にとって書記という役割はそれほど魅力的なものではなかった。彼女は、蒼士に近づくために書記を引き受けた。
京子は、風紀委員書記になれば蒼士に接する時間が増え、山田リーコと共同で行っている探りをさらに深めることができると考えたのだ。
蒼士が京子に書記をお願いした日の放課後、さっそく二人で風紀委員室へと向かった。
「というわけで、僕からは有本さんを書記に推薦します」
「そう。じゃあ私からも推薦状を書かなきゃ」
風紀委員長の神野七莉は京子に対して何を言うまでもなく、推薦状を書き始めた。
京子は七莉の冷めた態度が苦手だった。
「え……えっと、私なんかで大丈夫?」
「大丈夫。きっとできるって信じてるから」
京子は七莉の意外にも大雑把な返事に少し戸惑った。そして、自分が思うほど冷たい人ではないのかもしれないと感じ始めた。
「それに、一月君が推してるんだから。自信をもって」
「はい!」
それから京子は、七莉に連れられて生徒会長の高槻明里のところへ挨拶に向かった。京子自身で特に何をするわけでもなく、あっという間に風紀委員書記となった。
そして京子が風紀委員書記になってから数日が経ち、ようやく風紀委員会の活動にも馴染み始めた。
ちょうど、風紀委員会は10月の学園祭に向けた準備で忙しくなってきたところだった。
「一月君、みんなのスケジュールと配置はもうできた?」
蒼士は委員会用のパソコンと睨めっこをしながら、カタカタとタイピングを急いでいる。
「あと1分くらいでできます」
「ありがとう。それが終わったら今日はもう帰宅ということで」
「了解です」
蒼士はスケジュール表を完成させるとプリンターで印刷し、七莉に渡した。
「うん、バッチリ」
「よかった……」
京子は二人のやりとりに違和感を覚えていた。
決しておかしくない普通のやり取りに見えても二人の雰囲気や距離感、声色などを間近で見聞きすれば、二人は自分が思っているよりも仲が良いのではないかと思うほかなかった。
「どうしたの? 私に何か?」
「あ……! いえ、その、二人って私が思ったより仲が良くてびっくりかも」
「そう? 羨ましい?」
七莉はクスリと笑って笑みを浮かべた。京子は七莉の不意打ちに胸の高まりを抑えることができなかった。
それから委員会活動を終えて帰路についた京子は、歩きながら考え込んでいた。夏休みに遭遇した誘拐のような出来事、あの日のことはいまだに夢に見るくらいには記憶にこびりついてる。
しかし、まるで何事もなかったかのように一緒にいる蒼士には、やはりあの日に言われたことが頭をよぎり聞くことができない。
京子は同じく誘拐された高山秋斗に確認したが、彼も自分と同じ体験をしており、夢ではないことは確かだと確信している。
「それにしてもあの二人、仲が良すぎるんだよな……」
京子は、地下鉄の電車の中で思わずそう呟いてしまった。恥ずかしそうに周りを見回すと誰も自分の方を向いておらず、誰にも聞かれてなかったことに安堵した。
二人の関係性はどうなのだろうか。
委員会上のやり取りだけではない何かがある。
もしかしたら元から知っていた? いや、それはありえない。
単純に友達なだけ? それだとつまらない。
もしかしたら付き合っているのか? それだと面白いし、不自然でもない。
京子は、今度は頭の中で「うん、これだ!」と呟き、蒼士と七莉は恋人同士かもしれないという可能性を信じることにした。
しかし、あの七莉のいる手前、そんなことを堂々と確認することはできない。活動に馴染んできたといえ、京子にとって七莉は畏怖の対象から外れていなかった。
リーコと一緒になって行っている蒼士の調査は、未だ進展を見せていない。
***
9月のある日曜日、京子は栄に来ていた。
大通りの交差点を渡っていると、反対方向から蒼士と七莉が一緒に歩いてくるのが見えた。京子は咄嗟にバレない距離まで移動した。
別にバレても問題はないのだが、なぜか考えるよりも前に体が動いた。そして二人とすれ違うと京子は踵を返し、後を追った。
今日は休日、二人とも私服で一緒にいる。間違いなく二人には何かある、やっぱり予想通り付き合っているのかもしれない。
大通りを渡り、蒼士と七莉はお店の並ぶ道を歩いていた。京子はコソコソと、お店の影に隠れながら後をつけた。
そして、再び信号で止まった。京子はここぞとばかりにスマートフォンを取り出し、二人の姿をカメラで撮影した。
その瞬間、蒼士も七莉も京子の方へ振り返った気がした。京子は慌てて自分のすぐ隣にあったお店に逃げ込んだ。
店員の「いらっしゃいませ」という声で京子は我に帰った。アパレルショップの店内には、エアコンで冷やされた空気が行き渡っている。
手に汗をかき、その汗で手が冷やされ、京子の手は冷たくなっていた。スマートフォンを鞄にしまうと、服を見ているふりをしながら入口を何回も確認し、蒼士と七莉が入ってこないかだけに神経を注いでいた。
「京子」
京子は後ろから声をかけられた。神経を研ぎ澄ましていただけに、その声は胸の鼓動にまで大きく響いた。
京子が振り向くと、そこにはリーコがいた。
「あーびっくりした……」
「どうしたの?」
「ちょっと色々あってね」
京子はリーコと会うと少し安心し、息を整えた。
「集合時間まで時間があったから、このお店見てたんだけど、京子もここの服好きなの?」
「あ……ううん、私は本当にたまたま偶然って感じ」
京子はリーコと会うために栄に来ていた。
蒼士について情報交換をするために。
「集合時間より少し早いけど、お店いく?」
「そうしよっか」
京子とリーコはアパレルショップを出ると、予約をしていたカフェに向かった。




