集会
一月蒼士は地下鉄の車道駅を降りて少し歩いたところにあるスーパーの入り口まで来ていた。入り口の自動扉を進むと、果物と生花の混ざった爽やかな香りが鼻をくすぐってくる。
蒼士は入店してすぐリンゴをひとつ手に取るとサービスカウンターに向かった。そして、サービスカウンターにいた従業員に「このリンゴ、切ってもらえますか?」と聞いた。
従業員は蒼士からリンゴを受け取るとサービスカウンターから出て、「こちらへどうぞ」と店内を通り抜け、蒼士をバックヤードの備品庫まで案内した。
蒼士は従業員にお礼を言うと、備品庫に入った。整然と消耗品などが置かれた備品庫の奥には、さらに扉がある。
蒼士はその扉の冷たい取手に手をかけると、一呼吸おいてから取手を回して扉を開けた。そこには備品庫よりも広い空間が広がっていたが、消耗品はおろか何一つものが置かれていなかった。
「こんばんは、一月君」
既に神野七莉がいた。白い半袖のTシャツに、少しルーズな白いパンツ、差し色に緑の入った黒いスニーカーを身にまとっている。
「こんばんは、今日は制服じゃないんですね」
「私だって普通の服くらい着るよ」
「とても似合ってて素敵です」
「それはどうも」
七莉はくすりと笑った。
蒼士は雑談を続けようと思ったが、すぐにまた部屋の扉が開いた。部屋に入ってきたのは、中年の男性と20代後半の女性だった。
蒼士と七莉は部屋に入ってきた二人の姿を見て姿勢を整えた。中年の男性は神野草剣、20代後半の女性は夢見野ローガ。二人とも霧雨の重鎮である。
「二人とも揃っているな。こっちは夢見野ローガ、二人に会うのは今日が初めてだろう」
ローガは抑揚のない声で「はじめまして」と呟いた。
蒼士と七莉も挨拶を返したが、それ以上ローガは何も言わずに二人のことをじっと見つめた。蒼士と七莉は、話をこちらから切り出して良いのか分からずに戸惑っている。
そんな二人のことなど気にせずローガは七莉の目の前まで近づき、ずいと顔に顔を近づけた。ローガは何も言わずにただ七莉の顔を見つめるだけだった。
七莉は、ローガの透き通った海のような瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えた。
「あ……あの、なんでしょうか?」
七莉が耐えきれずに口を開くと、ローガは小さく頷いた。そして、「目がそっくり……」と呟き七莉から離れた。
「とても可愛い娘さんですね」
ローガの褒め言葉に草剣は少し照れくさそうに頷いた。
それを聞いた蒼士は、少し驚くのと同時にやはりそうだったかと腑に落ちた。
「苗字が一緒だからもしかしてと思ってましたよ」
「七莉は俺の娘だ。まあ今後も仲良くしてもらえるとありがたい」
蒼士は以前に七莉から聞いた、「私の両親は私が小さい頃に事故で亡くなって、それ以来遠い親戚に育てられてきたの」という言葉もやはり嘘だったのかと確信した。
七莉は蒼士がそのことを頭に思い浮かべていることを察して、蒼士に謝った。
「ごめんなさい一月君。前に言った両親がいないって話、嘘だったの」
「やっぱりそうですよね。まあ事情が事情ですから」
「でも……母はいない。私がまだ幼かったころ龍の血脈に殺されてしまって……」
七莉の言葉に蒼士の心臓が跳ねた。
蒼士は言葉に詰まり、草剣は黙って俯くほかなかった。
「あの……こんなタイミングで申し訳ないのですがそろそろ本題に入ってもいいでしょうか」
気まずい沈黙を破ったのはローガだった。
「そうだな。ローガ、説明を頼む」
「はい。今日は二人に就いてほしい新しい任務について説明します」
蒼士と七莉は、再び姿勢を正した。
「最近の調査で、風凪高校付近のエリアに龍の血脈が二名潜伏していることが分かりました。その血脈を狩るという任務です。今回も捕獲してください」
ローガは淡々と説明を続ける。
「一人は火渡エクト、もう一人は月詠ももという名前で、二人とも20代前半のCランクの血脈です」
その存在が明らかになっている龍の血脈もおり、強さや危険度でランクづけがされている。ランクはE〜Aランクが基本で、その上の規格外はSランクとされている。
現在霧雨の収容施設にとらわれている有永スバルと佐々木豪は、ランクをつけるのであればEランク。龍の血脈の中でも最下層の強さということである。
「そして、最近勢力を拡大し始めている龍の血脈による組織を二人はもう知っていますか?」
蒼士も七莉も首を横に振った。
「ブルー・フル・ブラッド。それがその組織の名前です。名前は判明していますが、首謀者や構成員の全貌、目的などは不明で現在調査を進めています」
「もしかして火渡エクトと月詠ももは、そのブルー・フル・ブラッドに関わりがあると?」
「さすがですね一月君、その可能性が高いと見ています。少し前、ブルー・フル・ブラッドによって霧雨が一人殺害されました。その犯人はAランクの龍の血脈で、現場に自分の名前と、ブルー・フル・ブラッドのメンバーであるというメッセージを残していました」
「それは……挑発のよう気もします」
「確かにそうかもしれませんが、私たちだって黙っているわけにはいきません。そのAランクの名前は夜張誠一、彼と火渡エクトと月詠ももが一緒にいたという目撃情報も入っています」
「つまり、まずは火渡エクトと月詠ももから追っていくというわけですか」
「その通り、まずはCランクの危険度の低い任務を二人に任せます。その後、Sランクは私と草剣さんで追いますから」
これは霧雨にとって重要な任務である。
これまで仲間内で徒党を組むことのなかった龍の血脈たちが団結し始めているかもしれない。そうなれば隠しきれない大きな戦いに発展する可能性もある。
「なぜ私たちがそんな重要な任務を……?」
七莉が思わず質問をする。
「一月と七莉、お前たちには大きな期待がかかっている。二人とも史上最年少で霧雨へ入隊をしているんだ。お前たちは今後の霧雨を左右する存在だと俺は信じている」
草剣の思いがけない言葉に、蒼士と七莉はプレッシャーを感じながらも気を引き締めた。




