高校生
神野七莉が意識を失った佐々木豪を担いで部屋に戻ってきた。そして、豪を椅子に座らせると近くにあったロープで縛りつけた。
部屋に置かれた椅子には、有永スバルと豪がこうべを垂れて座っている。
生暖かい風が部屋を駆け抜け無造作に生えた植物を揺らす。植物はお互いに擦れあい、ぱちぱちと拍手のような音が鳴っている。
「皮肉なもの。この椅子は二人が用意したものでしょう?それなのに自分たちが並べられることになるなんて」
七莉そう言いながらスマートフォンを取り出し、霧雨の回収班に連絡を入れた。
廃墟の部屋にはスバルと豪、山の麓に停められた車の中には椎名大吾と武田和樹。一晩でこれだけの竜の血脈を狩ることができたのは、大きな功績となる。
「じゃあ念のため確認を」
そう言って、一月蒼士は服の右腕の袖を肩までめくった。二の腕の上の方に龍と刀がモチーフとなったタトゥーが彫られている。
七莉は少し目を見開き、彼女も制服の袖をめくって右の二の腕を露わにした。肌色のシールを剥がすと、そこには蒼士と同じタトゥーが刻まれていた。
「すごい偶然ね。タトゥーを彫る場所は自分で指定したでしょう?」
「もちろん。まさか同じ場所に入れてあるとは……。だからどうだっていうわけではないですけどね」
二人は肩の力が抜け、くすくすと笑い合った。
霧雨の隊員には、霧雨であることを証明するためのタトゥーが刻まれる。タトゥーには不思議な力が宿り、霧雨に認められた者以外が真似をして体に刻むと死に至る。
「色々と話したいことはお互いあると思いますが、まずは高槻さんの保護をしましょう」
蒼士は、部屋の出入り口から不安そうに二人の様子を伺う高槻明里のことを一瞥した。
「それは私も同意」
七莉は明里のもとまで行き、手をとり再び蒼士のところまで戻ってきた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……かな……」
明里は落ち着きを取り戻していた。
「怪我もなさそうで一安心しました。もし今日のことがショックで精神的にダメそうなら、記憶を消すことのできる病院を紹介しますよ」
人の記憶を消すという非人道的とも思える行いを平然と勧める蒼士に、明里は少しゾッとした。
「そのへんも大丈夫だと思う……。飲み込むのには時間がかかりそうだけど」
「いつでも言ってください。それと、今日のことは絶対に内緒にしてください」
「う……うん。もし誰かに話したら……?」
「その時は今の生活、あるいは命の保障すらできないかもしれません」
明里は目の前で起きたことを考えると、蒼士の返答は嘘ではないと確信できた。
そして、スバルと豪から助けてくれたとはいえ、蒼士と七莉に対して今まで通りに接することができるか不安を覚えた。
「二人はもしかして高校生のふりをしているだけ?」
「それは違いますよ。年齢的にも高校生で、風凪高校にちゃんと在籍しています」
「私も同じです。それと、風紀委員長であることにも嘘偽りはないです」
「よかった……。それを聞いて少し安心」
実際に、高校生でありながら霧雨に入隊している者は指で数えるほどしかいない。それが風凪高校に二名も在籍しているのは、かなり特殊な状況でもある。
「それから、スバル君と佐々木君はどうなるの?」
「詳しくは言えませんが、まず殺されることはありません」
「よかった。酷いことをされたとはいえ、風凪高校で過ごしてきた日々のことを考えると悲しくもあるのかな」
「高槻さんは優しいですね」
明里にはまだ、スバルのことが好きな気持ちが少しだけ残っていた。それは本心なのか、学校での姿が本当のスバルであって欲しいという明里の希望から来るものなのか、本人でさえ分からなかった。
「ねえ……。その……スバル君と佐々木君って、やっぱりSNSで最近よく見かける龍のけ……」
「待ってください」
明里の言葉を七莉がさえぎった。
「生徒会長、それ以上は何も言わないでください。あくまでもSNSの中で陰謀論として楽しんでおくということで」
明里は七莉の真剣な目つきに、それ以上何も言うことができなくなってしまった。
時刻はすでに日をまたいでいる。明里は七莉と一緒に山の麓まで下山し、七莉が手配してくれたタクシーで家まで帰った。
明里はタクシーが出発した時すぐに後ろを振り向いたが、七莉の姿はもう見えなかった。何事もなかったかのように静かな暗闇がそこにあるだけだった。
***
事件から数日後、蒼士と七莉がお互いの正体を知ってから初めての風紀委員会活動に日がやってきた。
廃墟は、二人が回収されたあと霧雨によって爆破された。
ニュースでは、廃墟で遊んでいた高校生二人が爆破事故に巻き込まれて死亡したという報道が大々的にされている。
蒼士が高校にやって来た時、報道陣が高校の周りに待機しており、校内の雰囲気もいつもより騒々しく感じられた。
風紀委員室には、蒼士と七莉だけがいる。
豪はもう、そこにはいない。
「一月君、霧雨であるという正体を隠すのは当然として、なぜわざわざ弱いふりをしているの?」
七莉は、風紀委員室に到着して席に着くとすぐに蒼士へ尋ねた。
「まあいいじゃないですか」
「それじゃあ済まされなくて。私がいじめをなくすために呼び出したときに語ったことは全て嘘だったということ?」
「どうでしょうね」
蒼士は、はぐらかしながら続ける。
「ただ僕がこの高校でそうやって過ごしてきた結果、色々と知りたいことは調査できてますし、現に今ここにこうして僕はいるじゃないですか」
七莉は書類の準備をしていた手を止めた。
あの時、山田リーコのことが好きだと言っていたのはおそらく嘘だろう。わざと虐められたというのは本当だが、その理由は霧雨としてリーコに近づきたかったからということだろう。七莉はそう考えを巡らせていた。
「一月君のやり方を否定するわけではないけど、どうしてそんなふうでいられるのかが分からない」
「僕には僕にあったやり方がありますから」
何が本当で何が嘘か分からない。
どこまでが蒼士の性格なのか分からない。
わざと弱いふりをしている理由は、まだ他に何かあるのかもしれない。全て計算が張り巡らされているのかと思うと、蒼士に恐怖すら覚える七莉であった。




